嫉妬の塊
レイノルズが「なんのことだ」と切り返せば、続けて言う。
「レイノルズを助けたいの。とても苦しそうだから」
苦しいとも。気持ちを込めて話すことができないのだから。常に冷静でいなければならないし、親しくありたいと願えば願うほど距離を保つ必要がある。婚約破棄を申し出たときのように、突拍子もない言葉が飛び出る可能性を危惧すれば、予防措置として近づかない方がいい。
……寂しくはあるけれど。
ライジーアの両親のことを考える。自分の息子のように接してくれた、優しい人たち。いつか義理の母とも父とも呼べると疑いなく信じていられた、二年前のあの日までは。
最悪の形で裏切ることになってしまい、本当に申し訳なく思う。
レイノルズはライジーアを見つめた。
……もう一度、私を好きになって。
それが唯一の願い。
悲しいことに、言葉にはできないけれど。
「……君にできることなど、ない」
ほら、やっぱり。
はち切れそうな恋情を押し殺したため、拒絶の表現が抑えられただけで上出来だ。
それきりライジーアは黙り込み、レイノルズは彼女がなにを思っているのか気が気でなく、自分を律することに集中した。
できるだけ心を遠くに置いて、結婚するかどうか訊いてみる。
彼女の返答次第では、紳士でいられなくなりそうな自分が恐ろしい。
……お願いだから、既に相手が決まっている、なんて言わないでくれ。
祈るような気持ちで返答を待っていると、ライジーアはとぼけた表情で「相手が見つかればすると思う」と言った。
内心、安堵の溜め息を吐く。少なくとも、現時点では相手がいないようだ。助かった。
ライジーアも少なからず元婚約者の状況が気になるのか、レイノルズに同じ質問をしてきた。
レイノルズは愁いを帯びた声で、うらぶれた心をさらけ出す。
「私が結婚できたら奇跡だね」
しかし、ただ婚姻を結ぶだけではだめなのだ。相思相愛の相手でなければ。
……つまり、君じゃないと。
空しくも「私が結婚なんて、奇跡でも起きない限り無理だろうな」と限りなく本音に近い台詞が流れ出る。
現状打破するための話し合いをしたかったのに、蓋を開けてみれば、やはり問題はライジーアの心次第、ということが判明する。
レイノルズはがっくりと気落ちして、ライジーアを部屋に送り届けた。
そして翌日から、試練の日々が始まった。
昼食時、野菜と炙りベーコンのサンドイッチとオニオンスープを食べて、デザートを持ってこようとしたレイノルズはライジーアに止められた。
「たまにはわたしにやらせて」
強弁にそう言い張り、レイノルズを席に座らせて、一階の厨房へ降りていく。
一旦は迫力負けしたものの、なかなか戻ってこないので心配になり、様子を見に行ってみると、ライジーアが男の側仕えとおしゃべりしているのを目撃した。
彼は以前、湯浴み用の湯を運ぶぐらい自分がやると、仕事を自ら買って出た感心な側仕えだ。
なかなか会話が弾んでいるようで、ライジーアは楽しそうだ。
彼も興が乗ったのか、身振り手振りが大きくなり、ライジーアを笑わせることに成功する。
「今のお話し、とても面白かったわ」
「そ、そうっすか? だ、だったら、もっと話しますよ。お、お嬢さんのためなら、喜んで!」
ライジーアのこぼれるような可愛らしい笑顔を見て、彼は嬉しそうに笑い、レイノルズはぶち切れた。
上着のポケットに忍ばせていた飴玉を握りしめ、明確な殺意を込めて投げる。
飴は狙い通りライジーアと彼の真ん中を過ぎって、壁に当たって砕け、二人の注意を引く。
「……飴?」
不思議そうに首を横に傾げるライジーアの傍に立ち、レイノルズはいつにもまして冷ややかな視線を男の側仕えに向けた。威圧を込めて睨んでやる。飴を投げたかと訊かれたが、すっとぼけてやった。殺傷能力の高い短剣を用いなかったことを褒めてもらいたい。
また次の日は、毒味の件を訊かれた。
「わたしの食事の毒味は全部、レイノルズがしてるって本当?」
当然だろう。君に万一のことがあっては大変だ。
だが呪縛のせいで台詞は捻くれる。もう諦めたが。
アズウィンが常駐しているため、毒殺を警戒し、食事はもっとも気を遣われる。これまでのところ毒が混入されたことは一度もないが、用心しておくに越したことはない。
それなのに「これ、変な味がする」とライジーアが呟いたので、レイノルズは「吐け!」と怒鳴り、すぐさま水差しを掴んで彼女に大量の水を飲ませた。
後から、単に言い間違っただけ、と教えられたものの、本当に寿命が縮む思いがしたのだ。
夕食後、湯浴み用のお湯を張った盥をライジーアの部屋に運び込む。そしていつも通り、見張りに立つ。ライジーアが一番無防備になる時間帯だ。油断なく警戒し、近づく者は排除しなければ。
そんな風に威嚇の空気を纏って壁に凭れ、腕を組む。
突然、無造作に扉が開く。これまでなかった事態にレイノルズは驚き、硬直した。
中からライジーアがひょいと顔を覗かせて、口を開く。
「そこでなにしてるの?」
言えない。
「……暇を潰している」
もっとましな言い訳はないのか!?
「誰も覗かないと思うよ?」
でも心配なんだ。
「……だから、私は暇を潰しているだけだと言ってるだろ」
くそっ。情けない。そんな陳腐な弁解しかできないのか!?
非常に恥ずかしい思いをしたレイノルズだが、それでも番犬よろしく扉番を務めた。
その翌日は、ライジーアがかつてない行動に出た。
積極的に会議出席者や側仕え、使用人の男だけに声をかけまくる。それも、レイノルズが給仕や用事でちょっと席を外した隙に。
レイノルズはアズウィンに救援を求めて(というかむりやり手伝わせ)徹底的に邪魔をした。
眼を離すとすぐにどこかへ行ってしまうので、レイノルズはライジーアの後をぴったりとついて回る羽目になる。
あまりに露骨な態度でレイノルズが引き離しにかかるため、ライジーアが疑問をぶつけてくる。
「なんで他の男の人と話しちゃだめなの?」
君に惚れる男を増やしたくないし、君が惹かれるのも阻止したいから。
「だめとは言ってない」
本音を漏らせば、言いたいが。
「じゃあ、いいの?」
よくない。
「いいとも言ってない」
耐え難い。
神経が磨り減るほど。
嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
思わず、手近な物を次々と破壊してしまうぐらいには(主にペンとか、ペンとか、ペンとか)我慢の限界が近い。
レイノルズはへそを曲げて「君が他の男の傍にいるのは嫌なんだ」と愚痴る。
「……君が他の男の傍にいようと、私は全然平気だ」
たとえ真逆の台詞に変換されても、言わずにいられない。
レイノルズは精一杯の熱い想いを込めてライジーアを凝視した。
残された時間は少ない。




