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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
解答編
25/33

ありがたい計らい

 緊縛の塔で開かれる秘密会議の書記として参加し、拘束期間も残り二週間となったところで、ようやく病に倒れた書記の補充要員が来ると知らせがあった。


 迎えに出てみれば、そこに立っていたのはライジーアで、レイノルズは驚いた。

 久しぶりに会うライジーアに胸が騒ぐ。感情を制御するよう常日頃気をつけているのに、彼女を一目見ただけで、こんなにも恋しく、簡単に心が揺れる。

 一八歳になったライジーアは、いっそう女性らしくなっていた。


 ……地味で目立たない格好も、慎ましやかで好ましいな。


 単純に、会えて嬉しい、と思いつつ、塔での労働はか弱い彼女には過酷すぎる、と心配になる。

 レイノルズは「ここでの仕事は大変だよ。大丈夫?」と伝えようとしたのに、言葉は曲がり、あたかも場違いだと言わんばかりに「帰れよ」と告げてしまった。

 

 ライジーアはムッとし、任命書があると言って引かず、そこへ女装したアズウィンが乱入する。

 正直、助かった。このまま焦って喋れば、ライジーアを不愉快にさせるばかりだ。

 レイノルズがホッとしたのも束の間、図々しくもアズウィンはライジーアの手に触れ、貴婦人への挨拶のキスを落とした。腹が立ったので、手刀(チョップ)を食らわす。自慢の肌がどーのこーのと騒いでいたが、責任は取ってやると脅すとライジーアにべたつくのをやめたので、よしとする。


 アズウィンはレイノルズに代わってライジーアを連れ、塔の案内役を買って出てくれた。

 だが石の階段は滑る恐れがあるとはいえ、手を握るのはどうだろう。アリか? アリなのか?


 ……くそっ。妬ける。


 レイノルズは背後から殺気を飛ばしてやったが、アズウィンは素知らぬふりをしている。

 アズウィンの話を聞くライジーアの横顔にうっかり見惚れていると、荷物を運んだ礼はともかく、様付で呼ばれて愕然とした。


 ……他人行儀すぎやしないか?


 少し落ち込む。だが顔は怖かったようで、アズウィンにどつかれ、揶揄される。どうにか「アレ」の追及を避けることはできたが、悪ノリがすぎるだろう。清廉なライジーアには耳に入れたくない下劣な冗談だ。それはともかく、会話についていけず、慌てるライジーアは可愛かった。


 あとは任せた、という目配せをして「邪魔者は消える」と言いアズウィンが部屋を出ていく。

 二人きりになったのはずいぶん久しぶりのことだ。本当は成人した未婚の女性と、それも恋人でも婚約者でもない女性と部屋に二人きり、という状況はお互いの名誉のためによくはないのだが、王子(アズ)殿下(ウィン)の計らいだ。下手を打たなければいいだろう。


 ……会いたかった、なんて言ったら、どう思われるかな。


 しかしそう思って口を利けば「会いたくなかったのに」と言葉が飛び出るに違いないので、我慢する。落ち着け、と弾む心を抑え込む。少しくらいライジーアの手が触れたからといって、なんだ。細い指に指輪が似合いそうだ、とか考えるな。浮かれるな。平常心だ、平常心。


 厳しい表情を作って必死に感情を宥めようと努力しているレイノルズをどう見たのか、ライジーアは浮かない顔で一歩下がった。咄嗟に追い縋り、とうとう扉を背に追い詰める。


 ……お願いだ、逃げないで。


 左腕を伸ばし、トン、と扉につく。ライジーアを怖がらせるようなことはなにもしないよ、と伝えたくともうまく言えないでいると、彼女から痛恨の一言を浴びる。


「レイノルズが好きでもない女の子に手を出すとは思えないもの」


 だから「怖くなんて、ないわ」と虚勢を張られ、レイノルズは打ちのめされた気分だった。


 ……好きだよ。ずっと変わらず、私は君が好きだ。


 それなのに、こんなことを言わせてしまう。

 おまけに気づかなければ傷つかないものを、「レイ」ではなく「レイノルズ」と呼ばれた。これでは彼女のことも「ライジーア」と呼ぶしかない。昔馴染みの愛称で呼べないことに、地味に落胆する。

 更に口を開けば否定もできずに、ますます滅入る。ライジーアの瞳も悲しげで、慰めたいのに慰められない、この逆転の呪縛が心底恨めしい、と思った。


 それから仕事の概要を説明することになったが、その前に、アズウィンに近づかないよう、釘を刺しておく。


 アズウィンは、絶対に本人の前では口にするつもりはないが、人間的に魅力的ないい男だ。身分を驕らず、情に厚く、責任感が強い。それでいて気安く、軽口を叩きながら親身になれる。

 特に、自分のために本気で怒り、手を尽くして『災厄』についての情報を掻き集めてくれた誠意には、生涯の忠誠と友情をもって報いようと決めている。


 そんなアズウィンにライジーアが近づいたら、その気がなくともコロッと参るかもしれない。


 ……それは困る。


 レイノルズは焦って、焦るあまり、焦ったせいで、子供じみた要求をしてしまう。

 アズウィンの元に行きかけたライジーアの手を掴まえ、「君の世話は私がする。文句あるか」と言い切った。彼女は不満そうに「たくさんある」と抗議してきたが、なんとか説得する。


 その後、仕事内容を訊かれたので「議題は国家基本法の改正だ」と伝えると、ライジーアは固まった。 そんな強張った顔も可愛いくて、気を引き締めるのが大変だった。

 レイノルズとしては、至極冷静に、「君が来てくれて心強いよ。一緒に頑張ろう」と言ったつもりが、またしても、「私は君を頼るつもりはない。だから適当にやってくれれば、それでいい」などと心にもない台詞がつらつらと流れ出る。


 ……ああ、もう!


 いっそ、頭を抱えて叫べたら、と思う。いずれにしろ、解決にはならないし、いっそう変な眼で見られること請け合いだが。

 しかしそこで負けん気に火が点くあたり、さすがはライジーアだ。勝気な彼女もすごく可愛い。


 ライジーアには夕食まで自由時間だと告げ、レイノルズはアズウィンの部屋に押しかけた。

 アズウィンは側仕え二人に仕事を割り振りながら、入室してきたレイノルズを見ると、ニヤッと人の悪い笑みを浮かべて言った。


「首尾はどう? 少しは関係改善に繋がる一歩を踏み出せたかい?」

「ああ、上手くいったとも」


 この二年で、アズウィンはレイノルズの言葉の真偽をかなり的確に読めるようになっていた。

 その声の調子から、アズウィンはレイノルズの失態を察したらしい。


「うわ、失敗したのか。レイ、なにやったの。いや、なに言ったの?」

「……ジアを怒らせた」

「悪化してるし! 呆れるね、まったく。いつもの平常心はどこにいったのさ」

「ジアの前だと絶不調だな。……また嫌われた気がする」

「せっかく二人きりにしてあげたのに、裏目に出るとか。最悪だね」


 ばっさり切られて、レイノルズは溜め息を吐く。本当のことだが他人に言われると無性に腹が立つのはなぜだろう。

 レイノルズは不満顔のまま壁に身体を預け、アズウィンに疑惑をぶつける。


「それより、ジアが来ることを知っていて、知らせなかったな?」


 だがアズウィンは明後日の方角を眺めてとぼけ、もっともらしい口述を並べる。


「私はただ、レイが参加する会議に書記の空きがあれば、彼女を推薦すると陛下に進言しただけだよ。彼女が速記者として優秀なのは資格取得の時点で明らかで、更に実地経験も積んでいる。伯爵家の信用面においては申し分ないし、会議には相応しい人材だよ」

「と、女王陛下を説得したわけだな。それで目的は?」

「えー。言うの? 余計なお世話だって叱られそうなんだけど。いや、大層なことを考えていたわけじゃないよ? ただ世間の目のない場所で合法的に、穏便に、二人が会う方法はないかなと思っただけなんだ。……社交シーズン開始まで、もう時間がないから。一度だけでもじっくり話し合う機会を設けてあげたくて。だけど了承も得ず、勝手だったな。ごめん、謝るよ」


 申し訳なさそうに詫びるアズウィンを手で制して、レイノルズは波立つ感情を抑え込んだ後に言った。


「……謝らなくていい。むしろ、私が感謝しなければならないだろう」


 おそらく、『前任者が病で倒れた』という建前の名目で彼女を抜擢し、「二週間だけ」と伯爵を説得して、ライジーアには女王陛下の依頼とだけ告げ、他は一切伏せて承諾を得たに違いない。


「女王陛下にまで手間を取らせて……臣下として申し訳ないな」


 項垂うなだれるレイノルズを元気づけようとしたのか、アズウィンが軽い口調で発破をかけてくる。


「そう思うなら、なんとかこの期間内にライジーア嬢を口説き落とせよ。私も援護するからさ」


 アズウィンは応援のつもりかもしれないが、レイノルズはきっぱりと断った。


「援護は遠慮する。必要以上に近づくな。ジアと二人きりになるな。彼女の部屋に一人で入るのもだめだ。それと、ジアの世話はすべて私が面倒みる。側仕えも、使用人も、護衛も必要ない」

「ええ? それはさすがに無理があると思うよ」

「……」


 喋るのが面倒なときに見せる、氷点下の作り笑顔を浮かべると、アズウィンは「止めても無駄か」と諦めて肩を竦める。わかった、という具合に手を振り、退出を促す。


監督官(わたし)の目に余る行いはしないように。それから忠告するまでもないが、仕事の手抜きは許されない。私にライジーア嬢を呼んで失敗だった、なんて苦情を言わせないでくれよ?」


 レイノルズは、フッと笑みを浮かべた。


「愚問だな」

「『ありがとう』と受け取っておく」


 そしてレイノルズはライジーアの信頼回復に向けて動き出す。

 世話役という肩書きを大義名分に掲げ、甲斐甲斐しく彼女に尽くす日々が始まった。


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