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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
本編
20/33

月下の告白と晴れやかな解放

「……どういうことだ? スウィンからなにを聞いた」


 レイノルズの疑念に満ちた低い声に、憤りが混じる。怒りの矛先がスウィンに向けられる前に、ライジーアは強い語調で言った。


「レイノルズのこと。わたしが知りたくて、お願いしてむりやり聞き出したの。だからスウィンを責めないで」


 ライジーアがスウィンを庇うと、レイノルズは不愉快そうに頬をひくつかせたが、罵倒したい衝動を抑え込むように口を噤む。


 ……ああ、またそんな顔して。


 言いたいことも言えずに、感情を殺しているレイノルズ。やるせない気持ちを抱えて無言で耐えている。もう何度こんな顔を見ただろう。

 ライジーアはレイノルズを痛々しい眼で見つめて言った。


「わたし、ずっと不思議だったの。突然の婚約破棄も、レイノルズの変わりようも……。あんなに優しかったのに、急に意地悪ばかり言うようになった。大嫌いなんてひどく振っておきながら、いつもいつもわたしを見てた。(ここ)に来てからは、嫌味は口にしても、毎日親身に接してくれた。わたしが過ごしやすいように気遣って、細かいところまで面倒みて……ずっと守ってくれていた」

「君の勘違いだろう。私は嫌々世話をしていただけだし、私が君を守る義務などない」


 突き放した言葉を淡々とぶつけてくるレイノルズを、ライジーアはクスッと笑う。


「今のレイノルズの台詞を翻訳すると、『君が気にすることじゃない。私は君の世話ができて嬉しかったし、君を守るのは私の務めだよ』ってところでしょ? 違う?」


 レイノルズは大きく眼を見開く。まるで心を読まれたかのように、ひどく驚いた顔だ。

 ライジーアはその表情を見て確信を持つ。


「……やっぱりそうなんだね。レイノルズの言葉は、曲解して受け取るのが正しいみたい」


 レイノルズがビクリと身体を震わせて反応する。


「例えば、レイノルズが『嘘』って言ったら『本当』のことだし、『面倒』は『心配』で『全然平気』は『嫌だからやめてくれ』。『そうだ』は『違う』、『重い』は『重くない』、『吐くな』は『吐け』。こんな風にね、わたしがレイノルズに言われたことをひっくり返してみたら、顔の表情や行動とぴったり一致するんだよ」


 レイノルズはうろたえているようで、眼を泳がせ、しきりに口を開けたり閉じたりしている。

 ライジーアはレイノルズの動転した様子に、ますます確信を深めて続ける。


「レイノルズの態度がおかしくなったのって、二年前だよね。わたしと婚約破棄したときにはもう変だった……苛めたり侮辱したりするくせに、いつも近くにいて助けてくれる。ちぐはぐな言動が理解できなくて、苦しかったよ。たくさん泣いた。なんで冷たくなったの? どうして変わっちゃったの? って考えてはレイノルズのこと、怒って、責めてたんだ。――レイノルズも苦しんでるなんて、少しも考えなかった。思いもしなかったの、わたしには言えない事情があるなんて」


 レイノルズの顔色が変わった。まさか、という眼でスウィンを見て、ライジーアを見る。

 ライジーアは肯定の意味で、ニコッと笑う。そうして、ほんの少しずつ、後ろに下がる。


「……スウィンから『災厄』の話を聞いたよ。レイノルズがおかしくなったのは『災厄』が原因で、わたしと婚約破棄したのも他に好きな人ができたわけじゃなくて、『災厄』のせいなんでしょ? あの日も本当は『災厄』の件を話し合いに来たんじゃないの?」

「違う!」


 レイノルズの叫びが胸に刺さる。ライジーアは悲しくなって、クシャリと顔を歪めた。


「『そうだ』だね。わたしね、あのときレイノルズの言ったこと、全部覚えてるよ。自分が言ったことも全部覚えてる。どんなに悲しかったか、胸の痛みも、覚えてる。だけどレイノルズは、わたし以上に辛かったんだよね。ごめんね、『大嫌い』なんて言わせちゃって。『大嫌い』なんて言って。――わたしが本当の気持ちを打ち明けていれば、二年間も無駄に苦しまなくて済んだのに」


 涙を必死に堪えながらライジーアは喋り続け、じりじりと下がっていく。


「でも、もう大丈夫だよ。わたし、『災厄』がなにかわかったんだ。助けるよ。今度こそ、レイノルズのこと助けてあげる」

「……なにをするつもりだ」

「『災厄』がなにか言い当てて、その影響下にあるレイノルズを丸ごと引き受けるよ」

「……は?」


 ライジーアは意味がわからない、と疑問符を飛ばすレイノルズから眼を逸らさずに後ずさりし、終着に立つ。縁だ。ここから先は後がない。ほんの少し均衡(バランス)を崩せば落ちて死ぬ。

 そしてライジーアと距離が開いたことに、レイノルズはようやく気づいたようだ。

 ライジーアは奇妙なことに、恐怖を感じなかった。感覚が麻痺していたのかもしれない。緊張しすぎていて、一周回ってプチッと吹っ切れた感じだ。

 頭の中は静かで、身体は熱い。胸の鼓動がすごく大きく鳴っている。

 仄かな月の光に浮かぶレイノルズが綺麗で、ライジーアは自然と微笑んでいた。


「――『災厄』は感情と真逆の言葉を強制するもの。感情を抑えることで強制力も抑えられて、感情を殺せば思うまま喋ることもできそう。って、レイノルズを見てて思ったの。どうかな、当たり?」

「……さあな」

「その顔だといい線いってる、のかな? でも、ただ言い当てるだけじゃだめみたいだね」


 ……やっぱりここは身体を張って愛を叫ぶしかなさそうだなあ。


 後ろ手を組んだ拍子に、少しふらつく。直後、レイノルズが引き攣った顔で喚く。


「っ。この、バカ! 死にたいなら、勝手に動くといい」

「『危険だから、動くんじゃない』かな」


 レイノルズの眼は不安と恐怖に染まっていた。いつライジーアが転落してもおかしくない状況に身動きが取れなくなっているようだ。

 ライジーアはそんなレイノルズへ呼びかけ、語りかける。


「あのね、数日前、わたしに結婚するのかって訊いたの、覚えてる?」


 唐突な質問に面食らったのか、レイノルズは眼を泳がせて答える。


「……今更なんだ。そんな愚問、後に回せ」

「あ、今は本音だね。でも愚問じゃないよ。大切な質問なんだから。だけどレイノルズも覚えてるみたいだから先に進めようっと。あのときわたし、『相手が見つかればする』って答えたけど、よく考えたら嫌みたい。相手が他の人じゃ、だめみたい。レイノルズじゃないと、無理みたい」


 レイノルズの眼がライジーアを映し、信じられないものを見るように見開かれる。

 ライジーアは安堵した。どうやら、ちゃんと気持ちが届いているみたいだ。


「好きなの」


 精一杯の想いを込めて告げる。


「レイのことが大好き。世界で一番大切。口が悪くてもいいよ。言葉が裏返しでも大丈夫。レイが優しいこと、ちゃんとわたし知ってるから。だから、わたしと結婚してください」


 レイノルズが放心したように呟く。


「……ジア」


 ライジーアは懐かしい呼び名に嬉しくなって笑う。笑いながら、考えてきた台詞を口にする。


「まるごと引き受けるって、言ったでしょ? わたしは本気だよ。『災厄を排除するための解決方法は、ごく単純で古典的』って、スウィンが教えてくれた。考えたけど、一つしか思い浮かばないの。『災厄』ごとレイをわたしの愛情で包むこと。この気持ちが本物だって」


 ライジーアはゆっくりと両腕を持ち上げた。水平になるように、腕を広げる。


「――命を懸けて、好きって証明するよ」

「ジア!!」

「レイがわたしを好きで、わたしと結婚してくれるなら、飛ばない。レイがわたしのことを好きでもなんでもないなら、飛ぶけど、止めないで」


 レイノルズの選択がどちらでも、愛情と心を捧げるわけだから、『災厄』は失せると思う。

 数秒が永遠に思えるほど長く感じられた。

 流れる沈黙がいつ破られるのかと待っていたそのとき、突然、強風が吹く。


「わ」


 ライジーアは均衡(バランス)を崩した。身体が後ろに傾いで、ふ、と足裏が浮く。


 ――落ちる。


 と思った瞬間、「ライジーア!!」と悲鳴が上がって、宙を泳いだ両腕が掴まれ、手加減なしの勢いで前方にぐいと引っ張られた。そのままばったり倒れ込む。

 恐る恐る眼を開けると、ライジーアはレイノルズとスウィンの二人を下敷きにしていた。


「あの、二人共、大丈夫……?」


 後頭部をぶつけたのか、スウィンが涙目で頭を(さす)りながら「ライジーア、君ね」と口火を切ろうとしたところ、レイノルズがスウィンからライジーアをひったくるように胸に抱きしめた。

 そして無事を確かめると、死ぬほどホッとしたという顔で、そのままライジーアの唇を奪う。

 その瞬間、ライジーアは目撃した。レイノルズの身体から黒い影がずるりと這い出たかと思うと、ビュッと飛び、月面に弧を描きつつ彼方に消えた。


 ……あれが『災厄』? 


 どこに行くのかな、とライジーアがまともに物を考えられたのはここまでで、レイノルズの温かな唇に唇を塞がれていると気づいたら、頭が真っ白になった。


「……ジア。私のジア……」


 レイノルズはただ触れるだけのキスを何度も何度もライジーアの額や瞼、頬に落とした。途切れることなく続く優しい口づけに、ライジーアは眼を回す。

 くったりするライジーアの頭を肩口にのせて抱き寄せながら、レイノルズが嘆願する。


「……君を失うかと思った。頼むから、もう二度と私のためにこんな真似をしないでくれ」


 ここで、空気を読まないスウィンが口出しした。


「まったくだね。こら、ライジーア。なんであんな無茶をしたの。誰が『命を懸けろ』なんて言ったのかなー!?」


 怒るスウィンがちょっと怖かったので、ライジーアはレイノルズにひっつきながら言い訳する。


「だ、だって、『単純で古典的でわたしができること』って考えたら、身体を張って愛を叫ぶことぐらいだなあ、って思ったんだけど……ち、違った?」


 スウィンは石床をバンと叩きながら説教口調で言った。


「全然違う。もう解決したから言うけどね、『単純で古典的』って言ったら、普通は愛のこもったキスだから! 『災厄を物ともせず、相思相愛の相手とキスすること』が『災厄』を排除するための唯一の解決方法だよ。途中までは順調だったから安心して見ていれば、最後の最後で命を盾にするなんて、まったく……私の寿命が縮まったよ。まあ、終わり良ければ総て良し、だけど」


 スウィンは晴れ晴れと笑い、レイノルズの背中をポン、と叩いた。


「おめでとう。やっと『災厄』から解放されたな」


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