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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
本編
17/33

後ろから不意打ちと唐突な質問

 レイノルズだけが部屋に居残り、沈黙が落ちると、途端に落ち着かなくなる。

 ライジーアが二人きりを意識してソワソワしていると、レイノルズは少し冷静さを取り戻したのか、険悪な空気を和らげて言った。


「……外の空気を吸いにいこう。おいで」


 手に角灯(ランタン)を持ったレイノルズの後を、ライジーアは素直についていく。

 五階の空き部屋に入り、鉄製の壁掛け(フック)角灯(ランタン)をぶら下げると、レイノルズは掛け金を外して、窓を開けた。清涼な空気が一陣の風となって舞い込む。


 ライジーアはレイノルズに手招かれて、窓辺に寄った。冷たい風が火照った肌に心地いい。気づかなかったけど、いっぺんに色々聞かされたせいで、ちょっと興奮状態にあったようだ。

 しばらく風にあたっていると、寒くなった。ライジーアが思わず肩を丸めたところ、衣擦れの音がして、レイノルズに声をかけられる。

 肩越しに振り返れば、レイノルズは脱いだ上着を差し出していた。


「風邪をひかれても面倒だ。着ろよ」

「でも、わたしが上着を借りたら、寒くない?」

「寒い」


 だったら窓を閉めよう、と言いかけたところ、先手を取るように、レイノルズは自分の上着を強引にライジーアへ羽織らせて、そっと彼女の後ろに立った。


「だが……こうすれば、少しはましだ」


 ライジーアの背後から覆いかぶさるように、レイノルズは窓枠に両手をかけて佇む。絶妙に近いが、触れてはいないギリギリの距離。もし今誰かが部屋に入ってきたら、レイノルズがライジーアを後ろから抱きしめているように見えるだろう。


 ……えええええ!? な、なんでこの体勢!?


 不意打ちで、ドキドキする。危うく、心臓が口から飛び出るところだった。少し動けばくっつきそうで、すごく緊張する。骨ばった長い指とか、硬そうな腕とか、無駄に眼がいく。男の人なんだって意識したら、血が逆流しそうになった。もう今だけ石になるしかない。

 ライジーアは「わたしは石、わたしは石」と心の裡でブツブツ唱えながら、また上着を借りちゃったな、と申し訳なく思う。その上着にはほんわり温もりが残っていて、レイノルズの匂いもした。ちょっと嗅ぐと、漂う香りは爽やかで、嫌味がない。


 ……香水をつけているとは思えないから、石鹸の匂いかなぁ。


 そんなことを考えていたら、無性に恥ずかしくなった。黙っているのも気詰まりになってくる。注意を他に逸らそうと夜空を眺め、月を探すが、あいにく雲に隠れているようで見えない。

 心臓の動悸は速くなるばかりだし、レイノルズの呼吸音すら気になって、ライジーアは内心とても焦りまくりながら、「なんでもいいからなにか話題!」と回転のよくない脳を叱咤する。


「そそそそそ、そういえば! 朝、なんでスウィンのこと好きって言ったの?」

「……それを今聞くか?」

「だって気になるよ。わたしが『恋人なんだよね?』って訊いたとき、すぐに否定してくれれば変な誤解なんてしなかったのに。それとも、冗談のつもりだった?」


 それはそれで嫌だな、と思う。

 ライジーアの知るレイノルズは、人を傷つけるような冗談を言ったりしない。

 ややあって、レイノルズが重い口を開く。


「……私は君に、冗談しか言わない。なにもかも、嘘だ。だから、私の言葉を信じるな」


 言っていることはひどいのに、地を這う声は辛そうだ。

 ライジーアは身を捩って、レイノルズを見上げた。

 目前にあるレイノルズの顔は、迷子のように頼りなげな表情を浮かべていて、暗い瞳は葛藤を滲ませ、苦しんでいる。

 だがライジーアが手を伸ばして触れようとすると、接触を避けるようにレイノルズは身を引いた。無言で首を横に振り、詫びるように眼を伏せる。きつく結ばれた唇が痛々しい。

 ライジーアはレイノルズの後ろめたそうな態度を見て、本音じゃない、と直感した。


 ……『災厄』がレイノルズを苛んでいるんだ。


 無性に、腹が立った。


 ……『災厄』だかなんだか知らないけど、なんの権利があってレイノルズを苦しめるの。


 ライジーアは肩から羽織った上着の前をギュッと握りながら、レイノルズに迫った。


「わたしになにか、できることはない?」


 とりあえず、単刀直入に訊いてみる。

 レイノルズは正面から詰問されるのは予想外だったのか、ちょっと驚いたようだ。そのため答えるまで一瞬の間が空く。


「なんのことだ」


 とぼけても遅いよ、と見透かしながらライジーアはグイグイいく。


「レイノルズを助けたいの。とても苦しそうだから」


 ライジーアが強気で前に出ると、レイノルズが遠慮気味に一歩下がる。


「……君にできることなど、ない」

「苦しい、っていうのは否定しないんだね」


 嫌な点を突いたのか、レイノルズは端整な顔を僅かに歪めた。

 ライジーアは考える。

 スウィンには『レイと話して』とけしかけられたものの、レイノルズの口は固そうだ。協力の申し出もあっさりお断りされてしまった。


 ……どうしたらいいのかな。


 スウィン曰く、『災厄』を退ける解決方法は、ごく単純で古典的。


 ……わたしができることで、単純で古典的な方法って、なに?


 ライジーアはレイノルズをじっと見つめた。


 ――答えはたぶん、レイノルズ本人が持っている。


 あと四日で正解を突き止めよう、とライジーアはひそかに決意する。

 やる気と闘志を燃やし始めたライジーアを眺めて、レイノルズは億劫そうに口を開く。


「君に訊きたい」


 静寂にポトリと落ちたレイノルズの声は、いやに響いた。

 ライジーアはドキッとしながら、問い返す。


「な、なに?」


 目の前のレイノルズは、いつになく歯切れが悪い。迷ったそぶりを見せてから言う。


「この会議が終わったら、社交シーズンだ。……君は今年一八歳だが、結婚、するのか?」


 唐突な話題転換に、ライジーアはキョトンとした。一瞬思考が飛ぶ。


「え? えっと、え、結婚?」

「そうだよ。……するの?」

「あ、相手が見つかれば、する、と思う……」


 ライジーアは伯爵家の一人娘だ。家督相続のことを考えれば、婿を取るか、養子を迎えるか、嫁にいって生まれた子供を実家に養子に出すか、いずれにしろ身の振り方はきちんと考えなければならない。

 そしてそれは、レイノルズも同じ。


「レ、レイノルズは、どうするの? 結婚……するの?」


 誰と? とは恐ろしくて訊けない。まだそれを聞く覚悟がない。勇気もない。

 だがその心配は杞憂だった。

 レイノルズはフッと自嘲気味に笑い、絶望を宿した眼をして、吐き捨てるように言った。


「……私が結婚なんて、奇跡でも起きない限り無理だろうな」


 悲しい声に胸を突かれる。

 それきりレイノルズは押し黙り、窓を閉めて角灯(ランタン)(フック)から外すと、気の利いたことがなにも言えずにめっきり落ち込むライジーアを部屋まで送ってくれた。


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