終章
「あっ、ゴメン! 銃を狙ったつもりだったんだけど、私ったら射撃なんてしたことなかったから狙いを外しちゃったわ。あははははははは!」
鐘楼に甲高い声が響いた。
「まったく馬鹿じゃないの? 何よ幸福って! あはは可笑しいったら!」
少女は仰け反るようにして笑っている。左手で腹を抱えながら……そして右腕は伸ばされたまま、その手に拳銃を握って。
「でもさー、この調子だと本当に当てかねないじゃないの! そんなのダメよ、困るわ困るわ」
「こ、困るって……?」
困惑する市長が、今それどころではないであろうことを気にし始めた。
その隣で、とすんと物音。ショックで気絶した小柄な体躯は鐘楼の床へと倒れ込んでいたのだった。
「だって、このまま当てられたら商売あがったりだわ」
僕は視界が歪んだ。涙ではない、混乱だった。
「さあて、どうしましょうか? 結局自分で撃っちゃったわけだし、ここは誰かに押し付けるしかないわね。というわけで目撃者は一人を除いて消さないと!」
二発目の銃声。
「うっ……」
市長が横腹を押さえて倒れた。真横からの発砲だ。避けられるはずもない。
少女は無表情で、動けない市長の脳天にもう一発撃ち込んだ。
さらに間髪入れず、四発目の銃声がこだまする。
気絶して床に伏していたシアス・ナレッジの頭を撃ち抜くのは、自分の頭を撃つより容易かっただろう。
鐘楼の床に、血が、広がっていく。
「さて」
拳銃を手に、イーリス・マーリンは近付いてきた。
「どう? 恋人も友人も殺された気分は?」
僕は答えられない。イーリスの顔を見ることもできない。
「そこのボイン女がミークに防御魔法を張ってたみたいだけど、お生憎様。私はそういう面倒な奴を殺す魔法を使うために、わざわざこんなギンギラギンの髪になったっていうのに」
イーリスの言葉は僕の頭に入って来ない。僕はただ、僕の手の中で、徐々に熱を失って重い塊と化していく、ミークの遺体を、その後頭部に空いた弾痕を優しく撫で、見開かれた目を閉ざして……
「死体はいいから話を聞きなさい」
イーリスが僕の前髪を掴み、口付けが出来そうなほどに顔を近付けて言った。コーヒーの香りがする吐息に、拳銃から放たれる硝煙の臭いが混ざる。銃口は、僕のこめかみにあった。
「いい? この惨劇は、全部あなたのせいなの。わかった?」
そう言ってイーリスは僕から手を放し、拳銃も僕の前に放った。そして二秒ほど天を仰ぐと、鐘楼を駆け下りていった。そして涙声で叫ぶ。
「助けてください! お師匠様が! お師匠様が急に……」
嘘泣きを聞きつけ、アサギさんが駆け上がって来る。ジュエルもその後にいるのだろう。
すると足元の拳銃が、突然カタリと動き出した。
「どうした?」
鐘楼の階段を登り切ったアサギさんの心臓に、足元の拳銃はぴたりと照準を合わせていた。
「な、何だ! 何が起こった?」
ミークの遺体をみとめたアサギさんが叫ぶと同時に、足元から鈍い銃声。
「きゃああああっ!」
足元の拳銃はまたひとりでに向きを変え、叫ぶジュエルの眉間へもう一発。
アサギさんはその場に崩れ落ち、ジュエルは階段を転げ落ちていった。
鐘楼には、僕一人。
「…………」
目の前には、五人の死。
僕はもう動かないミークの頭を少しぎゅっと抱くと、ゆっくりと床へ遺体を下ろした。足元の拳銃はもう動かない。見れば、もう弾が残っていない。
「ふむ……」
僕は拳銃を蹴り飛ばすと、椅子に座った。
「何故だろう……今すごく落ち着いた気分だよ、ミーク」
ゆっくりと、狙撃銃を構える。
スコープ越しに、見えた。戦艦サンダルフォンだ。
「馬鹿なイーリス……ミークを殺しても、僕を殺さずに鐘楼を離れたら、僕が撃つに決まっているだろうに……まあ、後方部隊の伝令兵しか軍隊経験のない僕が、まさか狙撃訓練で歴代二位とは思わないか」
独り言つ。
そして僕は、引鉄を引き切った。
イーリスが呼んだ警官が到着した時、僕は六発目を戦艦へ向けて撃ち込んだ後だった。
その後イーリスがどうなったのか、僕は知らない。ただ、戦艦サンダルフォンはエルガロードの沖合三万メートルで沈没し、僕は今こうして、死の壁の前に立たされている。