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第五章 変動

 さて、イーリスと僕の奇妙な師弟関係が始まってから、早二か月。もちろん、僕は彼女に何も教えていない。いや、教えることができない。今日も、イーリスは早々にアサギさんのところへ行ってしまい、僕は一人で店にいる。ミークも買い物で外出中。

 ずっと独り暮らしであったはずなのに、今こうして一人になってみると、どことなく寂しい。なんだかんだで、僕はイーリスとミークと共に過ごすこの生活を気に入っていた。

 今日も今日とて客は少ない。開店直後に三人ほどが来ただけで、その後は閑古鳥である。僕は届いていた手紙をカウンターに置き、およそ仕事中らしからぬ姿勢で開封していく。

 一通はランツェからのものだった。彼は相変わらず律儀に毎週手紙をくれる。本当に病で臥せっているのだろうか?

 もう一通、シアスから。図書館に置いてある大きな時計が壊れているので、急ぎではないが修理してほしいとのことだった。

 ちなみにその時計は一か月前から止まっていたらしい。もちろんその時点で壊れていたはずなのだが、シアスはそのへんに無頓着なところがあり、しばしばほったらかす。おおかた、ほったらかしていたが時計を見るたびに動いていない針によってストレスを与えられ続け、それが限界に達したから直してくれ、といったところだろうか。

 二通の手紙に加えてもう一枚紙が入っていたが、いつも通り『今こそ魔法使いが再び世界の覇権を握る時が来た!』と書かれたビラであった。よくもまあ懲りずにこんなビラを配って回れるものである。その根気強さはランツェに勝るとも劣らないかもしれない。そういえば実際のところこれは誰が配っているのだろうか。

 そんな些事で頭を埋めていたが、さすがの僕も時間の無駄だと感じた。ちょうどその時、ミークが買い物を終えて帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり」

「誰もいないのね」

 う。いきなりそう来たか。

 僕は少し抵抗してみることにした。

「いや、客もはけたから、シアスのところへ行こうかと思ってね」

 ミークは驚き三割呆れ二割の表情になった。残りの五割は可愛いだけ。

「お店をほったらかして出ていくの?」

「何を言う。これは店の仕事さ。時計をほったらかしていた哀れな少女を助けるために行くんだから」

 そう言って僕は手紙をミークに突き付けた。ミークは手紙をさっと読むと、うん、とひとつ頷いた。

「了解。いってらっしゃいませ」

 メイドらしい背筋の伸びた正しい姿勢から、一切の淀みも濁りもない礼で僕を送り出してくれた。

 なんだか怪しい態度でもあるが、とにかく僕はシアスのところへ向かったのだった。


 急ぎではないと書いていたにもかかわらず、僕が自分の店の営業時間中にわざわざやって来たためか、シアスもまた五割呆れた顔をした。残りの五割は言わずもがな彼女のデフォルト仏頂面である。

「まあいいわ。とにかくお願いします」

「承知!」

 と、意気込んではみたものの、実際修理はすぐに終わった。なんのことはない故障だ。

 それだけのことで友人から代金を取るのも馬鹿らしいので、代わりに僕は紅茶を一杯貰うことにした。シアスの紅茶は、実は非常に美味しいのである。


 さて、僕は紅茶を頂いたついでに、シアスと世間話に興じた。無口なシアスだが、話のネタ自体は腐るほど持ち合わせているので、なんとかして聞き出すことさえできれば話していて非常に楽しい相手である。

 今日の話題は、ラジオ。

「で、そこに置いてあるラジオって、シアスが聴いてるところ見たことないんだけど、使えるの?」

「失礼ね。ちゃんと使えるわよ。ほら」

 シアスはラジオのスイッチを入れた。少々の雑音交じりに、軽快な音楽が聞こえてくる。

「おお、本当だ。でもそれなら使えばいいのに」

「嫌よ。本を読む邪魔になるわ。こういうのは必要な時だけ使うのよ」

 そう言って、シアスはラジオを切ろうと手を伸ばした。

 その時だった。

 シアスがラジオに触れる直前、急に音楽がピタリと鳴りやんだ。

「ん?」

 僕とシアスは同時に身を乗り出し、ラジオに集中する。

 すると、再び雑音交じりの音がラジオから流れだした。

 だが、それは音楽などではなかった。

 ラジオから流れてきたのは、高い声だった。

『……聞こえているか?』

 ひどく小さな声で、雑音も混ざっているため聞き取るのが精一杯だったが、確かに声はそう告げた。

 口調は強かったが、声色からして声の主は、少女。

「なに、これ?」

 シアスが首を傾げる。もちろん、僕にだってそんなことはわからない。

 そう思っていると、ラジオが続けた。

『いいか、我々は魔法使い連合。我々は戦艦サンダルフォンを支配下に置いた。用件だけ言う。アングリフ・シェッファーを解放しろ。さもなくば我々は国家に対して宣戦布告を行なう。明朝五時までに良い返事がなければ、エルガロード地方一帯が吹き飛ぶと思え』

 唐突に音声が切れた。もう、わずかなノイズ混じりの音楽しか聞こえない。

「今のって……」

 シアスが珍しく仏頂面成分ゼロの表情で、ラジオに手を伸ばす。無論、ラジオをいじくり回してももう何も異様な文言は聞こえてこない。

「やっぱり、今の……」

 シアスの言いたいことは僕にも十分に伝わった。

「今のは、多分そうだろう」

 シアスは黙った。もう、答えを確認するまでもなかった。

「今のは多分、過激派魔法使いによる犯行声明だ」


「戦艦サンダルフォンといえば、この春に就役したばかりの最新鋭艦じゃないか」

「そうね」

 ラジオで犯行声明を聞いた後、僕とシアスは現状の把握に努めた。犯人の言うアングリフとやらが誰なのかはわからないが、ともするとこの辺り一帯が吹き飛ばされてしまうと聞いては心持ち穏やかでなくなる。

 一刻も早くミークたちと共に脱出すべきであるかとも考えたが、シアスは首を横に振った。

「待って、この事件、もしかしたら私たちも鍵となっているかもしれないわよ」

「どういうこと?」

「まず、魔法使いの戦争なんてどうってことないのはわかるわよね?」

「うん」

 普通は、魔法使いによるテロリストが起こったところで、実のところ大して問題はないのである。それは魔法使いの戦い方を考えることで証明できる。

 魔法攻撃というのは自分で魔力を出すので弾切れという概念が基本的に無く、剣や槍のような体力勝負でもないので疲れも溜まりにくい。さらには補助的に杖やカードを使用しなければ何の装備もいらない。それらの点では非常に便利なのだが、魔法で戦うことの最大の弱点は、魔法を発動させるまでに時間が掛かることである。

 短い呪文詠唱でも一秒は掛かってしまう。剣や弓で戦っていた時代ならそれでも良かったのだが、今の軍隊は銃を使っている。どう頑張ってもスピードで劣ってしまうのだ。

 さらに、魔法使いが相手と密接して戦っている場合は、銃どころかナイフなどの近接武器、あるいはそれこそ体術での反撃になす術もないのだ。

 逆に距離を置くと、銃は普通に使えるが炎系や水系などの魔法攻撃は距離による威力減衰が激しいため、長距離でも魔法使いが不利となる。

 そういった理由から、もともと隙の大きい上に長距離での撃ち合いも無意味なのが魔法使いのテロであり、魔法使いが多少暴れたところで、どんなボケ軍人でもすぐに鎮圧できるのだ。

 昔はもちろんそうではなかった。十メートルくらいの距離で相手を視認しながらの戦いであれば、魔法使いは強力な攻撃を行うことができ、なおかつ防御もしやすい。もし魔法使い同士であれば、お互いに少し間合いを取って相手の攻撃を防御魔法で防ぐなり反対魔法で打ち消すなりしながら相手にダメージを与えていくのが、昔から伝わる一般的な魔法使いの戦い方である。かつては一般人が魔法使いに敵うことはなかったため、国の戦争はイコール魔法使いの戦争とまで言われるほど、魔法使いは戦場に駆り出され続けていたのである。

 ところが、銃の登場により世情は一転。魔法使いは戦争において全くの役立たずとなってしまったのである。

「そう、普通なら魔法使いが暴れたところで問題にはならない。でも……」

 しかし、魔法使いの戦いには例外がある。それが、念入りに結界が設置された場合だ。

 魔法とは全体的に発動が遅いもので、特に上位魔法になればなるほどそれは顕著になる。非常に長い詠唱をしたりしなければならないし、自身の魔力を大量に消費するからだ。

そのため普通の戦闘では隙が大きすぎて強大な魔法は組みにくいのだが、あらかじめ周囲に魔法陣を設置したりしてその場自体を自分の魔法を使う空間に作り上げていく方法を取れば、任意に全ての魔力を開放して爆発的な力を得ることができる。要するに魔法の“仕込み”だ。

 魔法陣によって仕込まれた魔力は、だいたい防御と遮断、いわゆる結界となったり、決め技となるような超大技に回されることが多い。

 仕込みに使用される魔法陣を事前に発見するのは容易ではなく、特に強力な魔法使いは魔法陣の秘匿にも力を入れるため、普通の人間はもちろん、ある程度上位の魔法使いでさえ魔法陣の真上に立ってもそれを認識することは難しくなる。当然だが、それさえも見破るシアスのような超強力な魔法使いや、あるいはダウジングのようなものを用いれば仕込まれた魔力を認識し、解除することも不可能ではない。

 ゆえに、いくら見つかりにくいといっても人が多い街中、ましてや魔法都市であるエルガロードなぞに設置すると見つかってしまう恐れがある。設置自体にも当然時間が掛かるし、その間人目にもついてしまう。

 そこで、普通は人気のないところで魔法陣の設置が行われる。したがって街中で魔法爆発などということはまずない。仮に街中へ魔法陣を設置できたとしても、設置の範囲が大きくなければ仕込める魔力が小さすぎて、苦労して設置した割に力不足で、たいして意味を成さない。

 だが、今回は違う。

「今回の相手は船。誰もいない海上で念入りに魔法陣設置がなされ、臨海部ならどこにでも移動できるわ。しかも軍艦、それも全長二百メートルを超える最新鋭の大型戦艦。そんな巨艦に設置された魔法陣の数は計り知れないわ。おまけに船自体を沈めようにも不沈性を追求した最新の軍艦だから簡単じゃないし、それがさらに結界によって防御力が向上した今となっては、もはや完全な不沈艦と言っていいでしょうね」

 シアスは目を閉じていた。

 テロリストによって不沈艦と化したその船が今、エルガロードへ向かってきている。奴らはエルガロードで、何かを起こそうとしている。

「そうまでして……なんでメートヒエンでなくてエルガロードを目標としているんだ? そいつらの目的は?」

 ラジオの前に座るシアスに問い掛ける。すでにナレッジ魔法図書館の外の裏路地は騒がしくなりつつあったが、シアスは手に持ったカップに口を付け、紅茶を一口飲むという余裕っぷりであった。

「おそらく、アングリフ・シェッファーというのはメートヒエンで収監されている組織の幹部の名前よ。そいつの釈放が目的なの」

「なるほど、だからその幹部の人間も負傷する恐れがあるメートヒエンではなく、第二の都市であるここエルガロードを……」

「そう。あと、今は重要人物がいるから、人質の価値も上がる。それもあるからこっちを狙っているんじゃないかと思う」

「重要人物?」

 エルガロードの重要人物といえば、市長や大使以外に思いつくのは……

「まず、私」

 そうだろう。シアスは我が国最高の魔法使いだし、政府にも協力的で法律はきちんと守っている。当然、彼女はテロリストに対して積極的な反撃を厭わないだろう。奴らにとってみれば最大の脅威であるが、シアスを人質に取ってしまえば国も反撃しづらくなるという最大の味方になるというわけだ。

「次に、イーリスさん」

 それも頷ける。奴らにしてみればイーリスがエルガロードにいたことは偶然の幸運だったのかもしれないが、魔法特殊部隊御用達のメーカーであるブルーマーリンの娘が人質になれば、当主であるランツェが反撃の姿勢に協力しにくくなる。イーリスを生還させようとすることはテロリストの要求を飲むことにも繋がり、ブルーマーリンの立場が悪くなる可能性がある。そうなると国や軍とブルーマーリンの関係に亀裂が入り、テロリストにとっての脅威である魔法特殊部隊への優秀な武器の供給体制が揺らぐ事態も想定できる。

 テロリストにとっての実益を考慮すれば少々回りくどいが、イーリスが格好の人質であるのは間違いないことだ。

「そして、貴方」

 なるほど、この僕も……って、僕?

「ん? 僕が重要人物?」

「そう」

 相変わらず全く慌てる素振りを見せないシアス。嘘をついている感じでもない。

「はは、何を言ってるんだシアス。僕は一介の仲介道具屋だよ? とてもじゃないがシアスやイーリスと同じくらいに人質としての価値があるとは思えないよ」

「そうね」

 あ、そうなのか。

 しかしながら、シアスは僕を振り返って小さく微笑んだ。

「でも、貴方が築き上げた人脈は貴方が思う以上に立派なものよ。それに、貴方がいなかったら大勢の人が収入を失うことになるわ」

「む……」

 僕によって、僕の店によって生活の足を確保している人たち。

 自分で店を構えたり、大規模に生産を行えない魔法使いたち。

 たとえば、ジュエル・ナズュール。

 ジュエルの作る銀のアイテムが世に出回らなくなったら、どうなるだろう。

 当然、ジュエルは収入がなくなり、困るだろう。

 そして、ジュエルの作品を愛する人たちも、悲しむだろう。

「そうか……」

 僕は、規模としては小さいながらも、精巧で優れた技術を持つ人たちの間では、意外と重要な存在だったのだ。

「……誇っていいよね?」

「ええ」

「ありがとう」

「私に礼を言う必要はないわ。それより、ここだと情報が少ないから、早いところ市庁舎へ行きましょう。私たちは人質なんだから逃げても無駄だろうし、逆にできるだけ長くここにとどまることで市民が避難する時間を稼げるわ」

 シアスはそう言って僕を急かすように椅子から立ち上がった。何の関係もないが、いつも座って本を読んでいるシアスが立ち上がるのは結構珍しい光景である。

 そこへ、バタンという大きな音と共に、外の光が図書館へ流れ込んできた。シアスがいつも読書をしているくせにやたら暗いこの図書館なので、外の光が眩しすぎる。

「お師匠様! ここにいたんですか! 大変なことが起こりましたよ!」

 図書館に飛び込んできたのはイーリスだった。その後ろにミークが続く。

「早く脱出しないと! もうすぐこの街は火の海です!」

 僕にしがみつき、長い銀髪を揺らしながらイーリスが真剣な声で言う。

「イーリス、大丈夫だよ。この街は緊急時にはシアスが魔法防壁を展開することになってるからね」

 これは本当である。非常時にも動じない、というか動きたがらないシアスが市庁舎へ向かおうとするのも、防壁展開のための指示を受けやすいからというのもあるのだろう。

 イーリスもそれを聞いて少し安心したようで、声に落ち着きを取り戻した。

「そ、そうなんですか。では、もうすでに防壁が?」

「いいえ、今から市庁舎へ行って、防壁展開命令を受けないと。私といえども独断で防壁を張ることになっちゃうから推奨されないわ」

「じゃ、じゃあ早く市庁舎へ行きましょう!」

 イーリスが再び慌てだしたので僕ら五人はナレッジ魔法図書館を出て、街の中心部へ向かう。

 図書館の前は通りが少なく静かな裏路地であるのはいつものこと。しかし今は、慌てふためく人々の声があちこちから響いてきていた。




 ナレッジ魔法図書館から市庁舎までは歩いても五分と掛からない。

 市庁舎ではすでに対策室が立ち上げられており、ちょうどこれからシアスを迎えに行くところだったらしい。入り口に車が停まっていたが、運転席の男はシアスの姿を認めると、大慌てで車を降りてシアスを市庁舎へ導き入れた。しかしながら、こちらは歩いて来たというのにまだ車を出せていないとは、全くお役所仕事は融通が利かないものである。

 僕ら一行は、運転席の男に案内されて市庁舎の中を急いだ。

「ナレッジさん! 防壁展開命令が下りました。書類はこちらです。至急物理魔法防壁レベル四を展開してください!」

 通された対策室に入って掛けられた第一声はそれであった。シアスは無言で頷くと、目を閉じて意識を集中させた。

 一瞬の後、なんとなく気圧が変わったような感触がして防壁が展開されたことが実感できる。防壁用の魔法陣は街じゅうに仕込んであるとはいえ、このスピードで展開できるとはさすがシアスである。

 対策室の面々も、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 なおどうでも良いが、レベル四以外のレベルの防壁が張られたのを僕は見たことがない。

 一から三も見たことがなければ、五以上もない。

 たぶん、四しかないんだと思う。

 初老の対策室長……つまりは市長が口を開いた。

「ありがとうございます。では、対策を練りましょう」

「そうですね、まず犯人グループのことから詳しく聞かせてください」

 シアスは部屋の中に設けられた大きな机に向かい、広げられた地図を見ながら防壁展開命令を伝えた市長から話を聞いている。

「犯人はおそらく、アングリフ・シェッファーの一人娘のヨハンナ・シェッファーでしょう。父親とは絶縁し、一人で魔法研究に没頭しているものとばかり思っていましたが、まさかこんなことを企んでいたとは……」

 対策室で長い話が続く間、僕らは何かできることはないかと考えていた。

 まず、この街から僕ら『人質』が全員脱出すれば、犯行グループの計画はおじゃんではないかと考えた。

 しかしそれは無理だ。相手は臨海部ならどこにでも移動できる上、戦艦の主砲ならば海から離れた内地への艦砲射撃も多少は行なえる。僕らがどこへ逃げても少なからず砲弾が飛んでくるものと思って差し支えないだろう。むしろ近隣の都市への被害が拡大してしまうし、そもそも無人となったエルガロードを乗っ取られてしまう。

 次に、できるだけ防御を固め、敵の攻撃をやり過ごす作戦。

 幸いエルガロードでは防壁を展開することは容易だし、現に今シアスによって展開された。しかし、これだと相手の火力が尽きるのとシアスがダウンするのとどっちが早いかの消耗戦になる。しかも、仮にも相手は魔法使いなのだから、もし相手が超火力の一撃を叩き込んできたら、さすがのシアスといえど守りきれるかどうかの保証はない。おまけに、エルガロードの街は守れても、やはり目標を変更されて近隣の地域に被害が出てしまう。あまり賢明ではなさそうだ。

 そして三つ目が、こちらから先手を打って攻撃し、敵を無力化してしまうというもの。

 幸い今はまだ奴らの船は遠いし、政府との交渉中の段階でもある。もし奴らが戦艦サンダルフォンの射程距離内にエルガロードを捉えたとしても、すぐには手を出してこないはずである。交渉中であるにもかかわらず奴らが下手に攻撃を仕掛ければ、交渉決裂で組織幹部は即刻処刑されるに違いないし、国も穏便な解決手段を捨てて総力を挙げての対テロリスト戦争状態に入る。テロリストからすれば目的は果たせなくなるし、さらに無勢の戦争に突入するなどということはできるだけ回避したいはずだ。

 つまり、その間にこちらから攻撃してテロリストを無力化してしまえば、テロリスト以外は誰も傷つかない。おそらくこれが最良の方法だろうという考えがまとまった。

 しかし、問題はその手段である。

 敵は当然自衛にも力を注いでいるだろうし、こちらからちらほら軍艦や航空機を出してもとても太刀打ちできる相手ではない。相手と同じく戦艦に魔方陣を設置して対抗する手もあるが、魔方陣設置や戦艦の回航に時間が掛かる上に、敵は最新鋭の戦艦であるのに対し、こちらが用意できるのは旧式戦艦しかない。そもそも、そんな目立つ行動を起こした時点でエルガロードへ向けての攻撃が実行されるかもしれない。

「相手に気付かれることなく、相手を無力化する……」

 シアスについて行って市庁舎に入っていた僕たちの中で、イーリスがひたすら頭を捻りながら呟いた。

「うーん、ミークみたいに狙撃出来たりする相手だったら良いんだけどなあ」

それを聞き逃さなかったのは、誰あろうシアス・ナレッジだった。

「狙撃……?」

 ピーンという音がシアスの方から聞こえた気がした。途端に彼女はこちらを振り向いて、にやっと小さく口角を上げた。

 シアスが笑みを浮かべる姿など、初めて見た。

「その手があったわ」

「どの手だい?」

「ミーク・ドルイット予備役中尉、親衛軍少将シアス・ナレッジが命じます。敵艦の魔力中枢を狙撃し、敵艦を無力化しなさい」

 笑みを崩さないままのシアスは、ミークに向かってそう言った。

「……えっ?」

 突然の言葉に、ミークは呆気にとられた顔で立ち尽くした。

「な、そんな馬鹿な」

「レイ・ルイーネ!」

「は、はい?」

 シアスがいきなり僕をフルネームで呼ぶとは思いもよらなかったことで、驚愕に満ちた顔で返事をしてしまった。

「あなたが築き上げた人脈を総動員する時よ」

 さっきの話が思い出された。

「というと?」

 一拍おいて、シアスは言った。

「ミークの狙撃銃を直ちに改造して。銃身の強度と威力、命中精度を魔力でもって大幅に上昇させる。目標射程は三万メートル。その距離で敵艦のシールドを撃ち破ってなお十分な破壊力を有するように、銃を改造して弾丸を新造すること」

「そんな無茶な!」

 たかが一つの銃に、大砲を大幅に上回るスペックを要求してきたシアスは一体何を考えているのか。確かに歩兵による狙撃ならば戦艦や砲台と違って相手に気付かれずに無力化できるし、魔法によって火力を大幅に上げることもできるだろうが、いくらなんでも今回はケタが違いすぎる。

 僕の反論にシアスは頷きながらも、言葉を続けた。

「無茶なのはわかってる。でもやるしかないの。砲台を使えば奴らも気付くだろうし、なんとしても小口径の弾丸で撃ち抜くしかない。そのためには、あなたの築き上げた人脈が必要なの」

「いや、でも物理的に可能かどうか……」

 しかし、こんな無謀な作戦に、果たして僕の人脈は動いてくれるのだろうか?

 僕がシアスへの返答に詰まった瞬間、イーリスの声がした。

「……できますよ」

「……え?」

「お師匠様なら、できます。そう思うんです、私」

 イーリスは、僕よりも随分と低い身長ながらも、真っ直ぐに僕の目を見据えて力強く言った。

 なんとも……元気の出る応援だ。

「わかった。やろう」

 となると、一刻も早く行動を起こさなければならない。

「銃身の強化はアサギさんとイーリスを中心に街の金属加工技術者を集めよう。弾丸はジュエルに作ってもらう。素材は対魔法となると銀が一番だ。同時にシアスの魔法を組み合わせて弾丸の火力を増強……いや、増強なんてもんじゃない。弾丸一発でこの国を……いいや、もう全世界さえ滅ぼすつもりでやってくれ」

「了解しました!」

 イーリスは力強く頷くと、すぐさま市庁舎を飛び出してアサギさんの工房へ向かった。シアスは対策室の面々に様々な準備を要請する。狙撃位置の確保と、街にスパイがいる可能性を考慮した陽動、政府に対してはテロリストと交渉して時間を稼いでもらう依頼、そしてもし失敗した場合に備えての市民の避難準備だった。僕はシアスを市庁舎に残し、ジュエルをはじめとする街の職人たちに連絡を取り始めた。

戦艦サンダルフォンは排水量三九九〇〇トン、全長二三四メートル、最大船速二七ノット。四一サンチ砲十門を備える当時最新鋭の超弩級高速戦艦。神戸で建造された。

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