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第四章 連動

「さて、次はアサギ・オカザキという人のところだ。この人は商業地区に住んでいるよ」

 つまり店から行くとすればナレッジ魔法図書館より近かったのだが、午前中のアサギさんは作業場からほとんど出てこないので、先にシアスのところを回って昼食時を狙うこととしたのである。ちなみに、今度はミークも知らない人物である。

 そして、正午の鐘が鳴るのとほぼ同時に、僕ら一行はアサギさんの自宅兼作業場に到着した。質素な作りの普通の家で、作業場が玄関に向かって右、アサギさんの自宅部分が左だ。

 その自宅部分の方は建物の外見とは異なり、畳敷きの東洋風な内装となっている。この畳の香りがまた良いもので、月に一回ほどのペースで開かれるアサギさんのお茶会はいつも参加人数枠いっぱいなんだとか。

 僕が先頭に立って呼び鈴を鳴らす。

「誰かな?」

 中から澄んだ男の声がした。その声の美しさたるや、聴くだけで人を緊張させてしまう。たいして歳の変わらない僕がさん付けで彼を呼ぶ理由もそこにある。

 イーリスは声を聴いてびくりとして居住まいを正し、ミークですらぴくんっと反応した。ただし彼女の場合、居住まいは最初から整っている。

「アサギさん、ルイーネです」

 こちらも負けずと声に力を込める。だが結果は、ただ声が引き攣っただけだった。

「ああ、レイか。だから私のことは呼び捨てでよいと言っているだろう」

 綺麗な声で僕の精神をオーバーキルしながら、アサギさんが出てきた。

 その瞬間、イーリスとミークは今度こそ派手に反応した。

 アサギ・オカザキ。その名の通り東洋の出身であり、身なりもまた東洋のものである。純白の着物、緋色の羽織。長身痩躯に、そして凛々しい顔と黒くて長い髪を流したその姿は、まさに美麗としか言いようがない。男性であるのが信じられない。

 玄関に出てきたアサギさんは、ミークとイーリスに気付いた。

「おや? レイがジュエル殿ではない女性を連れているとは珍しい。ジュエル殿はどうした? 恋人ではないのか?」

 その時、イーリスとミークに電撃走る。

「違いますってば」

 僕は慌てて反論する。たしかに僕とジュエルはしばしば一緒にここを訪れるが、それは製作依頼や配達のためであって、しかもジュエルはその用事をだいたい僕の店への納品のついでに済ませることが多く、僕も二度手間にならないように一緒にアサギさんの家へ行く用事を済ませているに過ぎない。

 が、アサギさんは納得しない。

「しかし、ジュエル殿はかなりの確率で帰り際に『さ、レイにゃんご飯食べに行こう!』と言っているようだが?」

 再び、イーリスとミークに電流走る。

「いや、まあ、たしかにそうなんですけど……」

 僕は否定できない。

 一応説明しておくと、ジュエルはあまり工房から出ないので、たまの外出時にはだいたい外食をする。僕はそのお供をしやすいだけなのである。

 それを巷ではデートと言うのかもしれないが、別に僕とジュエルは何ら恋人らしいことはしていない。

「まあ、冗談はいいとして」

 と、アサギさんが話題を流してくれた。おかげでイーリスとミークもとりあえず落ち着いてくれたが、これは後で走った電気を放出されるだろうな……

「今日はいかなる用事かな?」

 アサギさんに説明をし、イーリスとミークが自己紹介をした。

 一通り話すと、アサギさんはすぐに笑顔で頷いた。

「是非もなしだ。私とて、かのブルーマーリンと親交が持てるとは願ってもない幸。喜んで、イーリス殿の修行をお手伝いしよう」

「あ、ありがとうございますっ!」

 イーリスが銀髪を揺らしながら大きくお辞儀をした。


 この後もいくつか職人のところを回ったが、ブルーマーリンとの良関係というのが美味しかったのか、イーリスが必要とすることがあれば協力すると申し出てくれた。

 と言ってもまだ陽は高い。せっかくなので、僕らは海の方まで散策をすることにした。

エルガロードは漁業が盛んなので、漁港の近くでは様々な魚が売られている。日々の食卓を維持する程度の魚を買えるくらいの金しかないが、見るだけならタダである。

「わあ、これ何ですか?」

 イーリスがはしゃぐ。彼女の故郷であるメートヒエンは産業よりも交通の要衝であり、周辺の小さな漁村を除けば漁港はない。特にブルーマーリンの店がある一帯から一番近い海辺にあるのは、たしか旅客港だったはずだ。

 イーリスがこれだけの魚を一度に見たことがないのもわかる。生臭いと思わなかったのかは疑問であるが。

「お師匠様! これ美味しそうですよ!」

 イーリスが木箱に入った魚を指差す。

「お、いいね、今晩のおかずにしようか」

「私が調理しますわ」

「はい……」

 結局、この日以降ミークは僕に全く料理をさせてくれなくなってしまった。

 さて、魚を買って漁港の桟橋付近をうろついていると、見覚えのある紙が柱に貼られていた。

『今こそ魔法使いは再び世界の覇権を握るべきである!』

「懲りないものだ」

 そう思っていると、イーリスもビラを覗き込んできた。

「あ、魔法使い復権運動ですね。あっちでも結構ありましたよ」

 『あっち』とは首都メートヒエンのことだろう。

「全く、魔法使えなくても生きていけるってのにね」

 僕は至極真っ当なことを言ったつもりだったが、イーリスは少し暗い顔をした。

「でも……私は結構関係があります。ブルーマーリンは魔法に関係した道具を取り扱っていますし、魔法が使えない人と魔法とを繋ぐことでできたお店です。魔法という概念がなくなってしまったら、むしろただの小さな道具屋にしかなりません。大々的な魔法使いの復権までは必要ないですけど、こうやってちょくちょく存在を示しておかないとちょっとまずいかもです」

「ああ、なるほど」

 思えば、僕も修理屋であると同時に魔法を使った道具の委託販売をやっているのだ。その委託販売が消滅してしまったら結構な痛手になる。それでも僕はまだ小物修理があるが、ルイーネ堂に委託してくれている職人たちはもはやどうしようもなくなってしまう。

「うん、そう考えると楽観はできないね。しかしこれらの運動のせいで、最近は魔法を半ば悪徳宗教扱いする人が増えてきたという側面もある。中には過激派もいるそうだしね」

「そのために、私たちブルーマーリンは対魔法使い用の武器も作ってるんですよ」

 イーリスは得意げに言った。

「魔法使い復権運動の参加者には、少なくない数の過激派グループが存在します。実際、小規模なテロリズムもときどき起こっているんです」

「テロが?」

 そういえば数年前はよくそんな話もあった。幸い最近は途絶えているが。

 そこで、イーリスは声のトーンを落とし、秘密の話でもするかのように僕に顔を近付けてきた。アヤメの香りがする吐息が、僕の顔に掛かる。

「実は、ミークが私の専属メイドになっているのも、軍の命令で私の護衛をしているっていうのが真実なんですよ」

「え?」

 これには驚いた。てっきりミークは軍を退いてマーリン家に就職したのだと思っていたからだ。

 目を丸くする僕に対し、イーリスが慌てて付け加えた。

「あ、もちろんミークは一般人として生活しているので、軍での扱いは予備役となっています。でも、現役の頃は対魔法テロ部隊のエリート狙撃手としてかなりの功績を挙げていましたし、今も武装を許可されていますので事実上は現役と同じです」

 つまり、まだミークは軍人。しかも、相当な戦功がある。

 ミークは近くにいた漁師と話していた。美貌故に話しかけられたらしいが、一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかを想像すると、幼馴染といえども空恐ろしいものがあった。

 イーリスはなおも話し続ける。

「私たちが最初にお師匠様のお店に行ったときにミークが担いでいた長い袋があるじゃないですか。あれ、中身は本物の狙撃銃ですよ」

「そうか……」

 実際、僕もそうなのではないかとは思っていたが、触れたくないので触れなかったのだった。

 不意に、イーリスは僕から顔を背けた。その目には翳が差している。

「私はブルーマーリンの娘です。テロを起こすような過激派の魔法使い復権運動参加者からすれば、驚異的な武器を軍へ流している組織の一員です。しかも私はこんな子供ですから、いつ誘拐されたりするかわかりません。ミークがいてくれるので今のところは何も起きていませんが、いつ何時私が標的になるかわかりません」

 イーリスは再び僕に向き直った。真剣な眼差しで。

「お師匠様……」

「……うん」

「もしも、私の身に何かが起こって……ブルーマーリンが終わるようなことがあったら……そのときは、お師匠様がブルーマーリンの技を受け継いでください」

「……は?」

 話が突飛すぎてよくわからなくなった。

「お願いです。父はもう長くはありませんし、私に何かがあれば兄や妹もただでは済まされません。ブルーマーリンの血は途絶えても、ブルーマーリンが磨き上げた技だけは、失われてほしくないんです」

「いや、イーリス、一体何を……」

 僕はブルーマーリンの技術を知らないし、その技術を受け継ぐだけの技量を持ち合わせていない。ジュエルやアサギさんならまだわかるが、僕ではどうしようもない。

 しかし、イーリスはさらに真剣な表情で詰め寄ってきた。

「今日一日、お師匠様と一緒に挨拶回りをしてわかったんです。お師匠様の人脈は伊達ではありません」

「いや……そんなはずは」

 イーリスは僕の言葉を遮った。

「もしブルーマーリンが滅ぶようなことになったら、その技術は誰かの独占ではなく、広く伝えていってほしいのです。技術については祖父がまとめ、父が洗練した書物として私とローゼが譲り受けました。私の荷物の中に入っていますし、開くための鍵をここに持っています」

 イーリスは少し前屈みになって胸元に手をやった。首から提げていたネックレスの先についていたのは、小さな金色の鍵だった。

「お師匠様、私にもしものことがあったら……これを……」

 イーリスの声はいつの間にやら大きくなっていた。

 そして、一際大きな声でこう言った。

「私の胸から外して、私の全てを紐解いてください!」

 後ろでミークと漁師が一斉にこちらを振り向く音がした。イーリスはあっと一声口にし、今しがたの自分の言葉と声の大きさを思い出して、白い頬を真紅に染めていった。

ミークが使用している狙撃銃は日本製。軍制式の狙撃銃は扱いにくく命中精度にも難があったため使用していない。銃床からはふんわりやわらかホットミルクの香りがする。

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