SHADOW FORCE#6
敵は人型ロボット二機とヘリ、こちらは対空車両と数名の歩兵――どちらが狩られる側かこれからわかるだろう。罠に飛び込んで来るがいい、クソったれども。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―アーチャー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
ブラジル陸軍
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
二〇三〇年二月二七日、午前十時三〇分(現地時間)︰コロンビア、ボゴタ市街南端
作業中にも何度か死体が視界に入った。
決してその死相や痛ましい傷を見ぬよう努めていたが、しかし何かが炸裂した衝撃で千切れた手足や瓦礫の下から滲み出る血、悍ましい形相で仰向けに死んでいる若い女性、己の子供らしき者を庇って共に銃弾で貫かれた男性の無念などがマウスの頭にこびり付いた。
こうなっては消すのが難しい。
実際のところ、とマウスは自己に疑問を提起した。
自分にも冷え切った関係の妻と娘がいる、しかし二人がもしこうして無惨に死んで朽ちてゆくとしたら、己はその時どうなってしまうのか――彼は深い絶望を想像しようとしたが、しかし何も想像できなかった。
そのせいで余計に、例えどのような間柄になろうと実の子供への愛ないしは執着があるはずの父親という立場でありながら、何も浮かばない己とは一体何なのかと恐怖した。彼は頭を横に振って雑念を捨てた。
ところで現実の死体とは映画やビデオゲームのそれ程に綺麗ではない――それらフィクションのグロテスクさにある種の美を感じる者も世の中にはいるものだが、実際の死体はあそこまで鮮やかな色合いではなく、血や内臓や露出した皮下は黒ずみ、死体全体も彩度が低かった。
更には埃、埃、どこを見ても埃。ここで行なわれた破壊が死体をも埃塗れにしていた。そしてそれらが血液などと癒着すればそれが更に死体を地味な色合いにする。
そのせいでむしろ、何もかもがどこまでも生々しかった。
彼はいつも民間人の死体を実際に見ると割り切れない気分になった。
割り切れないままでそれはさて置き任務を遂行できるためにこの仕事を続けられるのだが、しかし慣れたわけではないし今後も慣れる事はない――それはまさに警官が何度やっても犠牲者遺族へと訃報を伝えに行く事に慣れないのと同じであった。
通りは車道も歩道も無差別に瓦礫やクレーターで乱れ、炎上したりガラスが割れたりした車両が道を狭くし、そして死体の密度はかなり高かった。
もしかすればこの周辺は徹底的な殺戮に曝されたのかも知れず、かくも狭い道ではどうしても死体を意識しないわけにはいかなかった。
それでもマウスはすべき事をせねばならなかった。ブロックとブロックの間にあるこの通りの小さな区切りの入り口から少しした場所に対戦車地雷を隠蔽して設置し、逆側でロッキーが同じ事をしていた。
所定の位置に着いたビディオジョーゴからの偵察報告を聞きつつ、エックス‐レイの分隊長は無差別妨害が通信までは妨害しない事に感謝した。ドゥーロに聞いたが今のところここを監視できている衛星は無いらしい。
ビディオジョーゴがクローク機能を用いた偵察や監視が得意である事はマウスも知っていたが、彼はアナログのアイアンサイトや銃身下部のランチャー備え付けのサイトを使って敵の現在の距離を測定し、更にはその計算式に待ち伏せ地点までの距離も加えて到達時間を計算してくれた。
『最高の気分だな』とブラジル人は自嘲気味に呟いた。まだ午前中なのにやたらと暗くなり始めた曇天の下で、敵のヘリが睨みを利かせているのが見えた。
彼はマウスから指定されたビルの屋上へと登ったが、このビルはベランダや屋上に植物が多いため、ビディオジョーゴもマウスがこのビルを指定した事には反対しなかった。
クロークは完全に見えなくなるわけでもなく、よく目を凝らせば角度や光の加減で薄っすらと風景の歪みが見える事も多いが、色々な物が周囲に存在していればそれらが輪郭が目立つのを和らげてくれる。
彼は屋上のへりに植えられた西洋木蔦と名前も知らない小さな木々の間から監視しており、背後には別の植物があってそれらは風で揺れていた。
しかしそれでも発覚する可能性は無いとは言えないから、サイト類で敵との距離を監視するにしても慎重にそれらを動かさねばならなかった。
腕を動かすだけでも、それどころか指を動かすだけでも数百ヤード向こうを飛ぶ死の鳥に見られている気がして――それは彼にとって皮肉抜きでスリルがあって楽しかった。
ヘリはこの近辺だと飛び抜けて大きなビルが無いため、可能な限り低空を飛んで射線を遮ろうとしていた。
やがてヘリは待ち伏せ地点から数ブロック北で待機し、そして空では遥か向こうにも無関係な敵影が見えたものの、戦両機二機が空には見えなかった。
だがそれらが地上を移動している音は聞こえる。そろそろゲームの時間だ、コンティニュー困難な楽しくて最低に下劣なゲームが。
少なくともビディオジョーゴにとってこのような空模様の下で死ぬのは願い下げであったから、その権利はこれから襲い来る正体不明の敵に気前よく譲ってやるつもりであった。
一機が歩行で接近して来た。先程分隊に撃破されたものと同じ、CV‐4A4であった。コロンビア軍の第三世代主力戦両機であり、これは二度目の暴力の時代の際に運用と改良とが一気に行われた。
基礎設計は間違っていなかったが独創的だの先進的だのの技術を盛り込もうとして、結局量産という面では失敗に終わり僅か二五両しか生産されなかった先代のCV‐3をベースにし、無難で手堅く、なおかつコロンビアの地政学上本当に必要な要素を取り揃えた機体であった。
ブラジルはともかく国境を接する他の国々とのやや微妙な関係や内戦に対応するため、ジャングルや高地での運用を見据えて先代以上の軽量化が図られ、そしてゲリラ戦術への苦戦から対人性能や対トラップ性能も改良が進んだ。
そしてそのような名機をたかだかどこの馬の骨とも知れぬ殺戮者達が使用しているのだ。
蜚蠊じみた妙なカラーリング、所属がわかるようなマーク無し、武装は胴の前面と両肩にそれぞれ搭載された標準装備の対人攻撃システム――通常の7.62ミリ機銃と多目的ランチャーの組み合わせ――の他に、右腕には近距離戦で敵とそのシールドを即座に無力化するためのフラックキャノン、左手には機関砲が搭載されていた。
戦両機すなわちBVは人型の巨人ではあるものの、人間のような手は存在せず、腕関節の先端は武装との接続口になっている。
以前は日本とアメリカが共同で人間のようにある程度複雑な関節を備えた戦両機用の多目的用途な『手』を開発する試みもあったが、結局のところ強度や保持力を始めあらゆる問題が解決できず頓挫した。
その一方でロシアと中国はこの試みから使えそうなコンセプトを抽出し、少し大きめの物資コンテナにBVの腕部接続口と規格を合わせた接続口を備え付けて前線で非常用の運搬にも使えるようにした。
さて、フラックキャノンとは早い話が巨大ロボット用のショットガンであった。歩兵用のショットガンが持つ多目的ランチャーとしての側面は持たず、一部例外を除けば世界的にもフラックキャノンは散弾専用として使用されていた。
シールドを可能な限り早く叩き割るために通常または炸裂式の強力な破壊力を持つ散弾をばら撒き、シールドの許容ダメージ量に手早く限界を迎えさせる兵器である。
シールド技術は人類にとってまだ完全に理解できていない部分があり、ケイレンを名乗る銀河文明の遺産であるそれは物理的な実体装甲とはダメージを受けた際の勝手が異なっていた。
なんであれこのような散弾砲はシールド減衰効果が高い事は間違い無かった。
特に主力戦車並の大口径砲――電磁加速で砲弾を発射するレール砲の大口径版も含めて――を搭載できない戦両機にとっては敵兵器のシールドを無力化するための有効的な手段の一つであるが、散弾のそれぞれが拡散する関係で距離が離れると近距離程の威力は発揮できない。
そのため散弾の拡散度を機体側のコンピューターで調整する必要もあり、目標までの距離をコンピューターが自動計算し修正してくれるようになっている。
適正距離を超えると散弾が拡散せず親弾ごと発射され、それの射程は大体二〇〇メートルに及ぶが、弾速は遅めなので拡散しない分散弾の紛れ当たりも狙えない。
とは言えどうせ射程限界近くであれば散弾状に発射したところで紛れ当たりが発生しても散弾全体の八分の一かそれ以下が運動エネルギーを大幅に喪失した状態で命中する程度であろうから、大したダメージにはならないが。
機関砲は25ミリのタイプで、RPM(一分間ごとの連射速度)は機関砲としては遅めだが威力はその分高い。
この機体が使用するフラックキャノンのRPMは機関砲とは逆に、フラックキャノンとしては速い部類である。威力控え目の散弾を連射して制圧するタイプであり、数値で言えば三〇〇発を一分間に発射できる速度という事になる。
コロンビア軍がカサドールの名を与えたこの第三世代BVを駆るパイロットは慎重に通りの状況を窺った。敵影無し、しかし破壊と殺戮で通りは散らかり放題。
通りから少し入った所が瓦礫や車の残骸で散らかり簡単に通れるのは真ん中付近のみ。当然BVであれば浮遊して通り越せるしホバー移動も可能だが、結局そのパイロットはそうしなかった。
やがて通りの反対側入り口にもこれと同じ機体が現れたが、こちらは停止したままで通りに全く入ろうとしない。
ヘリのローター音は先程より接近、恐らく何かあれば即応できる位置かと思われたが、対空砲火を恐れてそこまで接近はしていないらしかった。
CV‐4A4はいかにも何か埋まっていそうな真ん中へと機関砲を向けた。身長一六フィートを超える巨人が立ち止まり、手動で照準を合わせた。
己の身長の一.五倍程度の距離にあるその地点に向けられた砲身が凄まじい音を立てて咆哮し、そこから飛び出したほとんど砲弾じみた死の銃弾がその地点のアスファルトを爆裂させ、タールの悪臭が立ち込め、少し遅れてからそこにあった地雷が大きな音を立てて爆発した。
爆発は大きく、威力もあった。地雷の排除に満足したのか、CV‐4A4カサドールはその巨体を再び動かし、巨人のようにゆっくりと歩き始めた。
警戒しているのか歩行速度は遅いが、先程吹き飛ばした瓦礫などに塞がれていない道の真ん中を通り過ぎ、そしてその向こうの散乱したエリアへと侵入した――そこから少し歩いたところで再び爆発が起き、今回は機体が完全に巻き込まれた。
「鼻クソどもを始末してやれ!」
マウスの怒号と共に迎撃が始まった。