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SHADOW FORCE#5

 ボゴタを舞台に正体不明の敵部隊を迎撃せねばならなくなったエックス−レイ。敵の数的有利に対して防衛構築で対抗せねばならなかった。

登場人物

アメリカ陸軍

―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。

―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。

―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。

―アーチャー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。


ブラジル陸軍

―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。

―ドゥーロ…同上、通信とサポート担当。



二〇三〇年二月二七日、午前十時二六分(現地時間)︰コロンビア、ボゴタ市街南端


 コロンビア人がコロンビアの首都を攻撃する――この国の辿った悲惨な歴史を振り返ればそれはさして不思議ではない、とテレビの向こうの専門家、それも仕事が終われば家族と一緒に夕食を食べながら『ああやだ、あの国は怖いね』と談笑できるような人々は言うであろう。

 そうした発言自体は、酷い話ではあるがごく普通の事であるから特筆すべき批判事項ではない。無論批判事項ではあるが。

 しかし何より不思議なのは、右翼系の団体が何故自国の首都を攻撃するのか、という一点に尽きる。左翼系ゲリラとの闘争を目的として設立されたそれらの元構成員が何を誤って己らの国の壮麗な都市に激烈な攻撃を仕掛け、その市民を虐殺するのか。

 無差別かつ組織の目的ともそぐわないそれは明らかに、かつて左翼やそのシンパを狙って殺戮を繰り返した右翼系の准軍事組織(パラミリターレス)の典型と矛盾している。

 それともたまたま元准軍事組織(パラミリターレス)出身者が今回の攻撃に参加していただけで、他のテロリストは右翼系の団体とは無関係なのか?

 ドゥーロを通してアメリカ及びブラジルの両指揮官に届けられたそれらの謎を、他の死体ないしは生け捕りにしたテロリストの顔写真を撮る事で解く事ができるシャドウ・フォースのエックス‐レイ分隊はしかし、現在忙しくてそれどころではなく、装備しているデバイスへのモニター妨害を除去しない限りは新規に写真や動画を撮る事も不可能であった。

 ビディオジョーゴのみはバイザー式のHUDではなく眼球に埋め込んだインプラントにHUDを表示していたが、彼の場合はバイザーを外す事ができないため、ざあっと乱れる画面表示から逃れる事ができなくて鬱陶しそうにしていたが、ともかく彼はアーマーのグラップル機能と磁石によって既にビルをかなり登っていた。

『エックス‐レイ、まだ聞こえるか?』

 ドゥーロだ。

「ああ、大丈夫だ」防衛構築中のマウスが答えた。

『コロンビア陸軍があと五分で到着する、それまで持ち堪えてくれ!』

 五分、まるで地獄に思えた。どうやら敵の何かしらの妨害工作によってボゴタが今まで蹂躙されるのを許したらしかった。敵の目的は下っ端であるエックス‐レイにもさっぱりであったが、もちろん上層部にも理解できなかった。

 通信が切れると、マウスは現状をさっと確認した。敵影はまだ見えなかったが、依然としてヘリの接近している音と戦両機の飛行音は聴こえた――つまりまだ戦両機は空中にいて、配置に着いていない可能性がある。

 ビディオジョーゴのアーマーはクローク機能を搭載しており、他のメンバーよりもステルス性には優れていた。

 熱探知を防ぐため体温やアーマー自体の発熱や諸々の排熱を短時間だが閉じ込めておけるタンクも背面に搭載しており、これは装着者が焼け死ぬ事を防ぐために一定時間で自動的に排熱が始まるので、永続的なステルスを約束するわけではない。

 対レーダー波のステルス性も考慮されていたが、これは人体の構造上の問題から航空機のステルス技術程徹底して己の存在をレーダーから消そうと躍起になっているわけではない。

 偵察ドローンの類はそれを操作する画面やそれの送信する映像が現在閲覧できないために使用できず、羽虫サイズの超小型飛行ドローンと歩行タイプの小型ドローン、そして四枚翼(クワッド・ローター)の攻撃型ドローンを携行しているマウスはこの時点ではそれらに関する技能を発揮できなかった。

 無差別妨害の影響で銃器のサイト類も不調であり、彼らはサイトを横にずらして――妨害技術からの教訓によって電子式のサイトには非常時として、銃本体を斜め横にずらして使用するためのアイアンサイトが使えるよう改良された――アナログ時代に戻り、しかし敵もまた様々な恩恵を捨てて空中を移動している事を思えば、そこまで不利ではないように思えた。

 ロッキーは伸縮展開式のEMPランチャーを担いでおり、これはハードキル・システムにも有効で、最低でも一分以上は沈黙させられる――そもそものEMP弾頭が迎撃されなければ、ではあるが。

 車両にいるアーチャーはトラップに長けており、彼から二個ずつの対戦車地雷を受け取った車外のマウスとロッキーとで、アーチャーから指示された所定の位置にそれを設置しに行った――時間が無い、急がなければ。

 些細な手順ミスさえ時間の大きな浪費に思え、彼らは緊張感と共に己がすべき事を進めた。

 敵は待ってはくれないので、可能であればこちらの準備が終わらぬ間にラッシュを仕掛けようと考えるはずだが、あるいはこちらの出方を警戒してもう少々慎重に来るかも知れなかった。

 分かっているのは現在のところ敵が計四、ヘリが二機とBVが二両であった。そしてこちらは対空車両が一両、笑うなという方が無理であろうが、それでも分隊は防衛を固めた。


 分隊が現在いる東西の通りは瓦礫や残骸で散らかり、火災で見通しも悪く、両側の建物にも損壊が見られた。カジェと呼ばれる通りが東西――もしくは斜め気味――に横切る都市南方面の区画で、縦のものはカレーラと呼ばれた。

 分隊が先日訪れたボリビアの首都ラ・パスよりも更に巨大なこの都市では一体今現在どこまでの犠牲者が出ているのかわからず、しかし先程降下時に見た限りではこの莫迦げた広さを誇る壮麗な都市はそれぞれの地区が全体的に攻撃を受けているように思われた。

 そしてそうした攻撃への対応が明らかに国家の本来想定しているシナリオよりも遅いと思われ、正体不明のテロリスト達が我が物顔でそこらにいた。

 この区画は既に死体しか見えず、民間人は殺されたかどこかに避難してそこで息を顰めているものと考えられた。


 バナナ農園での労働者虐殺事件や世界恐慌、そうした諸々の事件の影響で保守党の長きに渡る君臨にも遂に終焉が訪れた。

 しかし自由党のエンリケ・オラヤ・エレーラが大統領に就任するとこれを巡って保守党の支持者達が蜂起し、続くアルフォンソ・ロペス・プマレーホとエドゥアルド・サントス・モンテーホとアルベルト・ジェラス・カマルーゴの政権下においてもコロンビア全国にじんわりと忍び寄る不穏な空気を払拭できなかった。

 長らくこの国を蝕んだ、国家の統一理念不在が解決されぬまま、二度目の世界大戦を迎え、そしてそれを通過した頃の事。

 連邦主義か中央集権主義か、政教分離か教会保護か――それらを巡る自由党と保守党の対立、自由党内部抗争、そして二党が寡占するという一点においては一致する両党の奇妙な関係。

 多くの犠牲者を出す内戦を経験し、アメリカにパナマをもぎ取られ、共産主義の出現はユナイテッド・フルーツ社への労働争議と弾圧という結果を見た。

 世界恐慌にとどめを刺された保守党は内部対立に追われ、かと言って代わって政権を担った自由党の苦闘もこの国に巣食う病を根絶するには惜しくも至らず、どんよりとした鉛色の空のような混沌が全国を覆った。

 政治的内戦や土地争いによって困窮した民衆に立ち込める絶望が晴れぬ第二次世界大戦終戦直後、コロンビアに悲劇の英雄ホルヘ・エルエセール・ガイタンが登場する。

 四六年の大統領選では落選した自由党左派のガイタンだが、彼は自由党と保守党による支配体制を巧みな演説術にて批判する事で民衆の支持を受けた。

 しかし十六年続いた自由党政権時代に農地改正で土地を奪われた保守党支持者の地主達が自由党支持者の農民を殺傷する事件が発生し、窮民制圧隊(コントラチェスマ)と呼ばれたこれら保守党側の私設部隊と戦うため自由党側の農民も武装して戦った。

 ガイタン本人は平和的なデモや集会によってこうした暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)の最中でも己の標榜する人民主義(ポプリスモ)を広めたが、それに対してオスピナ大統領は武力で押さえ込もうとした。

 そして運命の日である一九四八年四月九日、首都ボゴタにてガイタンが何者かの息がかかった男によって暗殺されてしまう。

 暗殺犯はその場でガイタン支持者らにリンチを受けて殺害されてしまったが、言いようのない憤りがこの山間の国で膨れ上がった。


 この絶望をいかにして形容すべきか。

 例えようもない激烈な痛みが国土全体に行き渡りった――血塗られた玉座を保持する政権ではなく困窮する民衆を案じてくれた英雄の死に絶望したガイタン支持者がボゴタで大暴動を引き起こし、暴力と殺戮とが都市を埋め尽くし、壮麗なるこの南米の都は完全に地上の地獄と化した。

 ボゴタ暴動(ボゴタソ)は自由党と保守党による血みどろの闘争をコロンビア各地へと拡散させる大惨事へと発展し、内戦の業火は明らかにこの国を兄弟姉妹で殺し合わせるよう煽っていた。

 数年後、漸く事態は収束へと向かい、兄弟姉妹同士で夥しい流血を引き起こした地獄めいた暴力の時代(ラ・ヴィオレンシア)は終結した。

 ここからコロンビアは大きな躍進を迎える事となる。人々は奇跡的に平和を享受でき、それは少なくとも『その間は』隣人同士が殺し合うような事態が起きなかった事を意味する。

 一方でコロンビアの地に悲惨な殺戮が吹き荒れる中、世界情勢は戦後すぐに発見された地球外生命体の遺産を巡って新たな局面を迎えており、そういう意味ではコロンビアは出遅れたのであった。

 そのためコロンビアはまずは情勢を観察し、他の南米諸国と協議し、今後の出方をどうすべきか考えた。



同時期:アメリカ某所


『ブロック准将、こちらでも状況は把握した…いや、正直言うと把握し切れないとでも言うべきかな』

 ブラジル側のルイス・フェリックス大佐は溜め息混じりに、皮肉を込めてモニターの向こうでそう言った。

「把握し切れないのであれば別の担当官を用意して頂きたいが」とアメリカ側のブロック准将はモニター越しに答えた。彼はフェリックスのユーモアには乗らず、そしてそれを解している風でもなかった。

 だがフェリックスはこの無礼にも見える態度にいちいち苛立ったりはせず、軽く短い溜め息と共に会話を続行した。

『あんたがそういうセンスとは無縁なのはよくわかった。まあいいさ、とにかくわかっているのは右翼系で決して都市部へのテロなどしなかったはずの組織にいた男が、今回のボゴタにおけるテロで発見されたという事だな』

 鈍感なブロックはしかし己がユーモアを解さない男だと思われた事にショックでも受けたのか、彼なりに一言付け加えた。

「幸いその男はもうこれ以上自国民を攻撃できなくなった」

 中年の黒人大佐はブロックのぎこちない『ジョークらしきもの』に愛想笑いを示したが、内心ではコロンビアで現在起きている大事件に神経を尖らせていた。

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