SHADOW FORCE#1
アメリカはブラジルと共同で密売組織ブラックハットの排除をする事となり、ボリビアへと消えた男を追ってきらびやかなラ・パスの街で両軍の特殊部隊が合流する。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―アーチャー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターン…シャドウ・フォースの指揮官。
―ジャレッド・マイケル・ブロック…アメリカ陸軍准将。
ブラジル陸軍
―ルイス・レジーナ・フェリックス…ブロックと協議しているブラジル陸軍大佐。
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
二〇三〇年二月二六日、午前九時〇〇分:アメリカ某所
「集まったか?」
モーガンスターンは言いながら振り向いた。五〇代の大佐はもう出世コースから外れているようだが、本人は今の仕事を何より大切に思っているから、さして問題ないと思われた。
海兵隊のように刈り上げた白と薄い金の混ざった髪を半インチに満たない程度伸ばし、グレーの瞳はやる気を湛えて輝いていた。
「いえ、まだロッキーとアーチャーは来ていません」
マウスは軽く敬礼して楽な姿勢をとった。
「多分憲兵隊の子をナンパしてますね、ロッキーの好みは自分より強いタイプですし」とロコはにやついた。
モーガンスターンが何かを言おうとした瞬間にぶうっという音がしてスライド式のドアが開き、話題の二人が入って来た。
「おっと…少し遅れたみたいですね。すみません」
ロッキーがそう言いながら大佐が座る席の前まで来て、アーチャーも並んだ。鍛えた男四人が机の前にいるとその威圧感は相当なものであるが、それにも慣れたモーガンスターンは楽な調子で告げた。
「結構、時の人二名も揃った事だし、説明を始めよう」
アメリカ陸軍大佐であるラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターンはドイツ系の軍人家系に生まれた。
この国に膨大な数存在するドイツ系アメリカ人やその子孫の大半とは異なるその長々しい名前をからからかわれた事もあったが、こと母リーナから受け継いだ名を侮辱された際は鬼神のごとく怒ったものであった。
それ程宗教的関心の無い父セオドアが軍にいた頃リベラルなヨルダン人の母リーナと出会い、周囲の声や本人同士の諍いなど彼らは常に上手く行っていたわけではないが別れる事はなく、今なお健在であった。
歳を重ねるにつれ熱心に信仰するようになった母につられて父もメッカの方角へと祈るようになった。
大佐自身は時間が許す限りイスラーム教の信仰に関する日常的な儀を実施したが、日常的に自然体のイスラーム教徒と接する機会のない人々は彼がキリスト教徒だと思っていた。
軍人であるというのもあるが髭も伸ばさず、一般的な事だが長い名前も省略して普段はラインハート・モーガンスターンで通していた。
母は裕福で比較的リベラルな家系に育ち、イギリスでセオドアと出会って五年後に結婚した。
お互いもう会う事もあるまいと思っていた時期もあったから、その後本当に結婚した事を今でも彼らは楽しそうに振り返っている。
結婚後妊娠を期にリーナは仕事を辞め、生まれたラインハートへの愛情を注ぎ、彼が小学生になるとかつての経歴を活かして仕事に戻った。
両者共に比較的自由に一人息子の名前を決め、リーナの提案で考えている内に名前が長くなりドイツ系としても中東系としても非厳密な名前になったものの、最終的にはそれを採用した。
結婚後数年は各地をセオドアの仕事で転々とし、やがてアメリカに戻って来て国内勤務となった。
父は少佐まで昇進し、五四歳で軍を辞めてそれから暫くは友人の保険会社の手伝いや軍関係の企業など昔のコネを活かして幾つか仕事をしたが、やがて大学に通いながら働いている母に働き過ぎだと言われたある冬の午前四時に己を省み、自分を大事にするようになって仕事を全て辞めた。
当然ながらその頃には既にラインハートが軍に入っており、やがて彼が自分よりも昇進するとそれを少々の嫉妬と畏敬とを含めて正直に祝福した。
ラインハート自身の経歴はある時点から途切れており、彼が大尉として横須賀に出張していた時点までは知られているものの、それ以降の事は誰かが意図的に隠蔽しているらしかった。
そして今、彼はアメリカ政府が存在を否定するどころかその名称すら一般には知られておらず、一部の専門家が『恐らくそういう連中がいる』とだけ認識している陸軍特殊部隊シャドウ・フォースを率いているのであった。
ラインハート・モーガンスターンは自分に割り当てられた部屋のそこそこ高い木で作られた机の、特殊ガラスに覆われた上面の予め設定してある箇所をとんとんと軽く叩き、モニター機能を起動した。
内蔵されたPCでガラスに表示されたキーボードを叩いて出すべきファイルを呼び出し、それから少し躊躇ってそのファイルを立体投影させた。
ホログラムがゆっくりと回転し、それはSF映画の星系図のように相関する事柄が繋がれた系統樹であった。
モーガンスターンは高校の頃コミックのサイトを閲覧していたところを横から母に見られ、それ以降人に端末の今自分が閲覧している内容を見られる事にある種の恐怖感を抱くようになった。
幸い内向的な趣味への恥ずかしさが薄れた彼は今でも雑多なインディーズ・コミックを電子書籍で読み耽っていた。
「この件を知る者はごく少数、一ダース半だろう。諸君は南米に向かってもらう。先日のゴルフは残念だった。彼らは優秀だし、そんな彼らの世間には知られぬ経歴に泥が付いたのはかわいそうだ、まあその内彼らは強固な愛国心と遂行力とで評判を元に戻すだろうから心配は無用だな。爆破未遂事件以降、我々はブラックハットと呼ばれている無法者どもを消す機会を探っていたが、その第一歩はボリビアとなる」
大佐が手で触れたホログラムの箇所が拡大化され、そこにはかつてブラジルが試験用に購入し最終的にはボリビアが中古で買ったRQ−9プレデターが空撮した映像が映っていた。
それをさらに拡大すると、ゴルフ分隊を欺いてボリビアに消えたあの白人の男が市場の人混みに紛れている場面で映像が停止した。
ブラジルはあれからボリビアに『頼んで』、最後に男が確認されたラ・パス及びラ・パス近辺のボリビアの主要都市を半ば駄目元で無人機に監視させ、それらの膨大なデータをリアルタイムで受信して処理し続けたABIN(ブラジル情報局)は、午前七時二三分の映像に標的を確認したのであった。
三つの別方式顔認証システム――なおアメリカは五つのシステムを併用している――が無数のデータの海から標的を発見し、それを受けて二人のベテラン女性職員が三〇分で報告書を纏め、それは閉ざされたネットワーク経由で件の大佐の手に渡った。
アメリカとの早朝六時開始の会談からまだそれ程経っていない、九時五五分の事であった。時差が一時間程度であるから、ブロック大佐がいる基地ではまだ九時になっていなかった。
一五分前:アメリカ某所、ブロックの私室
『准将、新情報だ』
ブラジル陸軍大佐ルイス・フェリックスはコーヒーを入れたマグカップを置き、それから既に上から諸々の許可が出ている事を告げ、先程までのスパイ活動で得られた情報をブロックにも伝えた。
高度な暗号化とセキュリティに守られた回線で送られてきた報告書を読み、どうしても文脈がわからない箇所のみ翻訳ソフトを使い、それ以外はそのまま読む事ができた。
「ありがとう、これで一歩前進。我々は失敗をそのままにはしないし、連中に次は無い」
朝早くからの仕事であったにも関わらずブロックは強い意志を滾らせており、必ず決着をつける腹積もりであるらしかった。
『その意気は頼もしいな』とフェリックスは笑った。『では今回の任務は二時間前に決定された通り…』
大佐はモニターに表示されている自分達の時間からブロックがいる側の時間を大体予測しようとしたが、面倒だったのでやめた。ブロックの子飼いは極秘の部隊であるから、その基地の所在は不明であった。
『我々とそちらの合同任務という事で構わんかね?』
「もちろんそれで構わない。こちらも上の許可が降りており、失敗せず確実にブラックハットを消せと指示があった。可能な限り隠密に遂行するべきではあるが」
それから彼らは細かい手順を話し合って再確認し合い、重要な箇所をブロックは机の空いている部分に電子手書きで、フェリックスは机の別の箇所に出現させたヴァーチャル・キーボードでタイピングしてそれぞれメモを取った。
会談が終わるとブロックはモーガンスターンに指示を出し、モーガンスターンは命令があるまで待機していたシャドウ・フォースのエックス−レイ分隊を呼び出したのであった。
二〇三〇年二月二六日、午後五時九分(現地時間):ボリビア、ラ・パス市街:ボリビア、ラ・パス、ブラジル通り
凹凸がある盆地に作られたこの雄大な都市は、かつてその豊富な資源と実際の経済状態を揶揄された国の発展と、その底力をまざまざと見せ付けていた。
成長期に政府が半ば実験的な政策として始めた、入居用の高層ビル群は思惑通り国内外の企業が多く入居し、そしてそこの居住エリアで住む住人達は文字通りビルの外に出ないで生活できる状態であった。
きらびやかなパネルが次々に様変わりする映像を流し、浮き出たホログラムの広告が昼も夜も街を起こし続けていた。バブル崩壊後のごたごたで暫くは国中に葬儀のようなムードが漂っていたが、それから既に一四年経ち、そして変わらぬ日々が続いていた。
ブラジル通りで路肩に止まっていた数年前の型の南米仕様ハイエース――白々しく清掃業者を装った塗装が施されていた――にエックスレイの四人は近付き、運転席にいる男と目を合わせて頷き合い、そして彼らは車に乗り込んだ。
「こっちのアメリカへようこそ」
英語で話し掛けてきた白人の男はバンド式の端末から顔を上げて四人を見渡した。
内部が見えない鏡面スモークで覆われたガラスが張られている車内後部は護送車のように座席が横に向かい合っていたが、成人男性五人ともなるとさすがに狭く感じられた。
「お互い協力し合おう」とロッキーは見栄を張って『ポルトガル語で』言ったが、相手は「いや、英語圏に七年いたから大丈夫だ、お気になさらず」と英語で返した。
「お前のポルトガル語が下手だから断られたな」
マウスは腕を組んで微笑んだ。
「違いない、次はブラジル式ポルトガル語の専門家を呼んできた方がいいな」とアーチャーが同意したが、彼はシャドウ・フォース全体で最もスペイン語とポルトガル語が上手く、容姿もラテン的であった。
うるさいぞとロッキーは愚痴り、それを見て笑った白人の男はまずロコと握手を交わし、他のメンバーとも同様にした。
この流暢な英語を話す男は詳細不明のブラジル軍特殊部隊のメンバーであり、エックス−レイはその部隊について『知る必要が無い』のでその正体に関しては事前に聞いた陸軍系の部隊だという事以上は知りたいと思わなかった。
重要なのは彼及び彼らが優秀で、そして共同でブラックハットを叩き潰せるかどうかであった。
モーガンスターンが言うには相当優秀であるらしく、彼らは内心己らとどちらが優秀なのか興味とライバル意識を持っていた。
しかし彼らは外国の軍人と共同で任務を執り行う事には慣れており、今回の任務はかなり困難ではあるにしても、それをやり遂げる自信はあったし、それは目の前の男もまた同様であろうと思われた。
「よし、出てくれ」とブラジル軍の男は運転手に合図した。この男は単にビディオジョーゴ(Videojogo)と名乗り、本名はわからなかったがその趣味はよくわかった。
現在この世界には四人の『オリジナル』がいる。すなわち、絶海に浮上した島の深部で発見された、肉腫じみた機械を扱う文明の異物に含まれていた何十億年も前の人工知能である。
四人のオリジナルはそれぞれアメリカと中国とロシアとイギリス――より正確にはEC(ヨーロッパ共同体)――の所属であり、その他の国が所有するのはオリジナル達が自分達の保有する無数のランダムなデータから作り上げた子供達なのであった。
事実『彼女達』はそのように呼び、そしてその解釈が世界的に定着していた。
協議の結果アメリカが保有する事となったイメイニガスは四人の中で最も幼い人格に見え、AIだというのに言動はどじであった。
大事な局面で大失態を晒す事はないが、式典などでもよくどもったり自身の投影されたホログラムのアバターを転倒させたりしていた。
よくあるのは仮想上の脚部が絡まってこけてしまい、投影されている会場の雛壇ではよくそうした『悲劇』を起こす。
最初はそれを揶揄する声も多かったが、長い月日と共にアメリカに定着した事で、今ではアメリカ国民から広く親しまれていた。
彼女の纏う硬質な殻は発見当時と変わらず表面が滑らかで、グッズなどもそれを再現していた。
これら人工知能は自分達の事を偉大なるケイレン帝国の被創造物だと名乗った。
彼女達は悠久の時を越えて踏み込んだ調査隊に、流暢な英語その他の主要言語で話し、曰くあなた方のコミュニケーション手段をずっと監視していたとの事であった。
彼女達は自分達が所有する異星の先進技術を与えてもいいと述べたが、それには条件があった。
そのため調査に参加していたアメリカと中国と当時のソ連とイギリスの代表団がこの広い遺物の部屋へ訪れ、そこで人類初の異星人――正確にはその被創造物――との正式な話し合いが行われた。
この時点ではまだこの世紀の発見は伏せられ、単にこれら国々の偉い手達があの古代文明の島へ視察に訪れたとして隠蔽された。
そしてこの時の会合こそが、今の世界情勢を形作ったのである。人類は月面まで開発の手を伸ばし、本来の予定を大きく上回る発展を遂げた。