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SHADOW FORCE:PRELUDE

 別の歴史を辿った二〇三〇年の地球。そこでは搭乗型ロボット兵器である戦両機(BV)が使用され、他にも多くの先進技術が開発されていた。それらは第二次大戦後に発見されたとある遺物によるものであった。だがアメリカの片隅で、黄金期を終わらせるための序曲が始まり…。

登場人物

アメリカ陸軍

―マウス…とある部隊のエックス−レイ分隊の隊長。

―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。

―ジャレッド・マイケル・ブロック…アメリカ陸軍准将。


ブラジル軍

―大佐…ブロックと協議しているブラジル軍の男。


危険分子

―カルロス・オリヴェイラ…FBIが監視している会社員。

―エクシード社の代理人…オリヴェイラと接触していた男。

―ドナルド・ヘンズマン…同上。

―ブルンヒルド…代理を立ててヘンズマンと接触していた謎の人物。



 お前が作った物はお前か他の誰かがそこらに作れるような代物なのに、その過程で世界にまたと無い物を破壊してしまった。

――神聖ローマ帝国皇帝兼スペイン王国国王、カール五世の嘆き及び後悔


二〇三〇年二月二六日:アメリカ某所


 最近はCIAだけでなくNSAも仕事を持って来て押し付けるようになった。

 与太話がどこまで本当なのかは知らないが、最近の信号情報収集(シギント)は世界トップレベルの民間企業による暗号化情報でさえ軽々と読み取ってしまうという。

 十八年のケニアで問題になった国家機関による情報収集の案件は、国を取るか国民を取るかで微妙なバランスを保つ世界に一石を投じた。

 スマートフォンやホロフォンの信号解析は元より、端末固有の個人情報やデータフォルダ、果てはお気に入りのアダルトサイトや違法ダウンロードサイトまで丸裸にしていたというリークが波紋を呼んだものだった。

 さて、二月二三日、FBIの監視リストにも入っている会社と関わりのあるカルロス・オリヴェイラなるルイジアナの男がドアの錆びている古い世代のピックアップで遠出した。

 どこへ行くのかと思えば、充電スタンドに立ち寄って補給しながら遥々隣州の端っこにあるエル・パソまで長い時間をかけて移動した。

 当初の信号情報収集(シギント)ではメキシコに拠点を持つ下火のヴェネズエラの麻薬組織とでも接触するのではないかと思われた。

 しかし実際にオリヴェイラが安ホテルで会った男は彼と関わりのあるエクシード社の代理人であり、何かありそうに思われた。

 表向きには廃棄物処理を請け負っているエクシード社は以前からUNASUR(南米諸国連合)内で活動しているとされるブラックハット――違法薬物は副業であり、主に型落ちとは言え民間には手に余るような武器やテクノロジーを取り扱っているらしかった――と何かしらの関わりを持っているとFBIが踏んでおり、合衆国は二五年からずっとエクシード社に関心を持っていた。

 ワシントンやラングレーその他はその内ブラックハットを消したいと思っていたが、UNASURの巨頭たるブラジルも同様の見解であった。

 十九年にLAで起きた爆破未遂事件で使われた爆薬の出処がどうもブラックハットに繋がっていると見られており、その一件以降アメリカにとって(くだん)の組織はどうでもいい連中から抹消してやりたい連中に様変わりした。

 無論ながら、ブラジルなどはもっと前からブラックハットを鬱陶しがっていた。薬だけならまだしも武器の類まで売っているとなると、それこそ麻薬組織などに恰好の剣を与えてしまう。

 非戦時の街中でRPG‐33やPF12などの少し古い世代のロケットランチャーが発射されるような事態になれば狂気じみているし、下手すると中東辺りから横流しされた型落ちの無人攻撃機やMBV、ヘリなどが下らない抗争に使用される可能性もあった。

 アメリカはまだいいがブラジルの場合ブラックハットの勢力圏からして距離的にも実害を被る可能性は少なくなかった。しかもその後、杞憂は現実となってしまったのであるから…。

 NSAはオリヴェイラが過去半年の間に話した通話相手を片っ端からリストアップし、FBIの監視映像と照らし合わせると、その中で言えば三日前にドナルド・ヘンズマンという男と電話し、ニューオーリンズで飲んでいたのが怪しかった。

 日に焼けた南部人である長距離トラック運転手のヘンズマンと会社――と言ってもエクシード社ではない――務めのラティーノであるオリヴェイラにどういう交友があるのかはさて置き、それにしても彼らが梯子酒の移動中に肩を組んでいた際こっそり何か渡したのではないかという疑惑が浮上した。

 そして二三日の夜八時に、エル・パソのホテルでそれをさり気なくエクシード社の代理人に渡したのではないか。

 盗聴でもそれらしき会話は途中までは聴き取れなかったし、あの男も己が監視対象である事は重々承知している可能性が高いものの、しかし結局はミスをした。

 盗聴によればどうやらブツを渡す際床に落としたらしく、相手は壊れてないかと慌て、オリヴェイラは今何年だと思ってるんだと呆れた口調で宥めた。

 俺は会社でこういう奴をもっと酷い音立てて落とした事もあるが、中身は全然平気だったぞ、と。

 となれば、記録媒体の可能性も高い。十テラバイト容量で二インチ程度の、少しグレードの高い市販品が脳裡に浮かぶようであった。


「おいマウス、モーガンスターンが待ってるぜ」

 今は一家のルーツがあるヒューストンの高級住宅街に居を構える両親を故郷に残し、体格の大きなロコは往年のジェイソン・デルーロのようにびしっと切り揃えた短い髪と口を覆う髭とが特徴的だった。

 〇〇年代から一〇年代のデルーロ程の美形ではなかったが、人懐っこい目元とコーク割りのようにまろやかな色合いの肌――太陽や雨風に曝されてきたエリート軍人なのに彼はモデルじみた綺麗な肌だった――を持っていた。

 次はどこの国に任務で飛ばされるのかよくわからなかったが、いずれにしてもこの信じられないぐらい多くの国や地域を両親の仕事の都合で転々としてきた男なら、行った事ぐらいはあるかも知れなかった。

「わかった。行こう」

 ロコは富豪らしくは気取らず陽気な性格で、行く先々で女にもてたものだったが、本人はヒューストンの実家で彼の両親と暮らしている再会した幼馴染みのアリシアにその愛情を一心に向けていた。

 彼女はロコの記憶に残っていた少年っぽく少し野暮ったい印象が掻き消え、彼が幼い頃に両親が聴いていたデスティニーズ・チャイルドのメンバー達――MVやプロフィール画像の妖艶さによくどきどきとしたものであった――と見紛う美しい女性へと変わっていた。

 中身まで変わっていたように思えショックも受けたが、やがて気が付くと彼らは高い会場を押さえて結婚式を挙げていた。まさに映画かドラマのように安っぽく、そして最高な結婚であった。

「俺達次はどこ行くんだろうな」

 並ぶとロコは背が高く見えた。マウスは大体五フィート十インチ程なので、未だにロコの見上げるような体躯には不安を感じるものであった。しかしそれはそれとして、彼は何度も窮地を救ってくれた戦友であった。

 基地内部は洗練された小綺麗な内装を備え、ガラス張りのエリアが目を引き、ホログラムやガラスモニターには明るい色の文字やメーターが表示され、それらは見飽きた今でもどことなく目を楽しませてくれた。

 彼らは他のエックス−レイの隊員達も向かっているであろう目的地へと急いだ。


 第二次世界大戦が終結し、次の情勢へと物事が進む直前の事であった。どの陸地からも遠く離れた太平洋到達不能極付近の海域に、奇妙な島が浮上した。

 その島全体が怪奇極まりないがとても壮麗で海流による侵食にも驚くべき耐性を見せた都市であり、建築物の高さやデザインなどは地球的とは言えなかった。

 冷戦に突入する前夜、旧連合国側の合同調査によってこれらの建造物は驚くべき事に五〇億年前のものであると判明し、それまで放射年代測定などによって見積もられていた地球の年齢そのものよりも古いものであった。

 マンハッタン島と同程度の大きさであるこの都市は摩天楼が全体に広がり、冷たい水底で幾星霜もの時を(けみ)してなお健在であるらしかった。

 材質は地球の物質も多く使われていたがその正体を特定できない未知の物質も同様に多く使われており、当然ではあるがそこで発見された無事な石碑などに刻まれた言語は既存のどの言語体系とも一致しなかった。

 また、現代よりも遥かに進んだ技術で作られている壊れた機械の残骸も多数発見され、ここは古代人か、あるいは異星人の文明の跡地であろうと思われた。

 様々な調査の結果この都市は水棲種族の都市ではなく、明らかにかつては海上に浮かんでいたものであった事が判明し、何らかの理由で島全体が海中に没したと考えられた。

 やがて化石と化した人骨が出土すると、この都市の住人は人類かその近似種だという考えが支配的となった――しかしすぐに混乱させられる事となった。

 調査開始から二カ月後、残骸を撤去しながら奥地へと進み続け、都市の中心部にある一際大きな神殿らしき建物からは顔を破壊された神像が発見された。

 奇妙にもこの神像と同様の神を表したと思われる彫刻から絵画まで、何から何までが頭部あるいはその全体を不自然に破壊されており、それがどのような顔であるかはわからなかったものの、全体像を描写しながら奇跡的にも顔面以外は無事であった彫刻からその実体は優美な甲冑に身を包み、巨大な翼を備えたドラゴンの神である事がわかっていた。

 恐らくこの都市で祀られる最高神なり唯一神なり何なりであろうと思われたが、その神像の残骸をどけると地下への入り口が発見された。

 乱雑とした階段から慎重に残骸を押し退けて下降して行くと、階段の突き当たりには明らかに意匠の異なる扉があった。

 調査隊がそもそもそれが扉だという事に気付くまでに二日かかったものの、肉の膜じみたそれは有機的な音を立てながらゆっくりと開いた。

 恐らく海底の水圧から内部を守っていたであろうその物質はこの都市遺跡自体とほとんど同じぐらい古いものであるらしかったが、長い間海水に触れていた割には朽ちた様子も見られなかった。

 都市全体で見ればやはりどうしても朽ちた箇所や長年の浸食で削れた部分があり、それがこの都市を作った文明の限界とも言えたが、対してこの有機的な材質を使っている文明――異なる文明だとほぼ確信されていた――の限界はそれ以上であるらしかった。

 そして扉の中へと調査隊が恐る恐る足を踏み入れると、彼らを歓迎するかのように一斉に照明や機械の電源が入り、内部は波止場の倉庫程度には広い事がわかった。

 そこはこの都市の作り主が作っていた元々の部屋の中を防水や防腐などの機能も備えた一見有機的に見えるあの材質で覆っており、まるで生物の体内にいるかのようであった。

 よく見ればそれら肉塊が光を発したり今日ホログラムとして広く親しまれる輝く立体像を投影し、肉塊自体から一インチ程度浮かんだところに表示されたホログラム平面上には見た事もない図柄や文字が光っていた。

 それらの未来的な光の洪水に圧倒され、最初はこの生物の体組織にしか見えない物体群に嫌悪を示していた調査隊や護衛の軍人達も目を奪われたものであった。

 やがて二分程度経ったところで、人類は地球外の存在との歴史的なファースト・コンタクトを迎える事となった。

「あっ、ああの、は、初めまして!」



数時間前:アメリカ某所


『カラカスの麻薬抗争でロケット弾が使用され、近くを走っていた車に直撃し、中にいた四人の――』

 モニターの向こうの男は座っている机のホロ式モニターを消し、溜め息を()いた。

『既にそちらでも確認してるだろう?』

 ラテン的なアクセントの英語でその黒人は心底嫌そうな顔をして見せた。うんざりという言葉がよく似合い、人生最悪の日を迎えたというわけであろう。

「既にネット上では騒動になっているしな。気の早いニュースはこの件を放送中だそうだ」

 アメリカ人は淡々と事実を述べた。

『そいつは笑えんな』

 ブロック准将の返事を聞いて、ブラジル軍の大佐はこめかみを抑える他無かった。

『あのアホどもがドラッグを売るのは、まあそこそこ許容してやろうじゃないか。我が国及びアメリカでも残念ながら好評だし、アホどもの度が過ぎれば引っ叩いてどっちが主人か教えればいい』

 白髪の交じる大佐は麻薬組織を『アホども』と呼び、その言い方には明白な軽蔑が混じっていた。准将はアメリカ国内のドラッグの需要について考えて、珍しく苦笑しつつも答えた。

「しかし連中はどこかの虫けらども――言うまでもなく『あの』虫けらどもだろうがな――から仕入れたロケットランチャーを発射した。結果、麻薬戦争と無関係なチリ人の観光客が死亡した」と同情するような仕草を見せながらブロックは話を引き継いだ。

 それを横目で見た大佐はぞんざいに頷いた。大佐の机の上には写真立てがあり、そこには家族写真が飾られていた。

『これがサンパウロだったら? リオは? どうか街の外でやってくれとジェイチーニョ(ブラジルの処世術)してみるかね?』

 自嘲するように言っているが、彼が家庭人であろう事はそう想像に難しい話でもなかった。

 スラムや麻薬組織の掃討が進みブラジル国内の治安は世界的に見て高い水準にあったが、同じような水準のアメリカでブラックハット絡みの爆破未遂事件が起きたのであるから、ブラジルも他人事ではなかろう。

 UNASAR内では一一年以降ブラジルにもビザ無しで入国できるようになり、より一層諸国の交流が謳われたものではあったものの、今になってみれば防衛上の観点から見て不利とも言えた。

 しかし経済的な損失も考えれば今更それを無効にするのは、南米の盟主としてもう片方の巨頭であるあのアルゼンチン相手でさえ積極的に交流する事で、南米諸外国との深い付き合いをアピールしてきたブラジルの政策に反する。

 せいぜい検問を置くしかできなかった――この国は大きくなり過ぎ、今更匙加減一つでどうこうするのは難しくなっていた。

『多分現地に介入して鎮圧しろと主張する馬鹿な政治家もいるだろうが、多頭の怪物ハイドラは首を落としても死にはせん。ではどうするか?』

 大佐が話を振っているのを見やり、ブロック准将は彼が望んでいるであろう答えを告げた。

「本命の首であるブラックハットを切り落とす。容赦せず、確実に」

『そういう事だ、そして再生の芽を断つ』

「さて、実はこうして連絡させてもらったのはブラックハットをどうこうする話をしたいからであってね」

 うん? と白髪の黒人は首を傾げた。

「実は…先日の事だが我々がマークしていた国内の男が、以前からブラックハット絡みだと睨んでいた会社の奴と接触しているのが目に留まった。会った際に何らかの記録媒体を渡したと思われる…そろそろそちらにデータが飛ぶと思う」

 通話含めあらゆるデータ通信が超一級のセキュリティで守られており、彼らの交わす情報が外に漏れる事は恐らくないように思われた。

 ブラジル人は送られてきた資料に目を通し、四分後に口を開いた。

『連中はデータ漏洩を恐れているのか?』

「だろうな。だからコピーしたりそのままデータを送信したりしなかった」

 あれからエクシード社は文字通り物理的にもヴァーチャル的にもプライバシーを破壊されるレベルで徹底的に監視されたが、結局のところ該当するコピー行為やデータ通信は見られなかった。

 社員全員の個人用端末までもが監視され、紙など物理的な媒体に関しても可能な限りの盗撮が行われた。その結果、恐らく連中はオリジナル以外は持っていないと思われた。

 二五日の午後二時四五分、件のエクシード社の代理人とやらが記録媒体――やはりUSBポートに差し込むタイプであった――を持って動き、監視に関わっている各機関はその動向に注目しつつ追跡した。

 ダミーの可能性を考えて引き続きエクシード社も監視された。

 同じ頃FBIはヘンズマンに関する更なるデータを提供し、それによればこのトラック運転手が勤務明けの際不定期に自家用車へ男達を乗せているのがわかった。

 出自や民族はばらばらであり、日替わりのようではあるが恐らく何かの法則か乱数に従って三カ月前から特定の男達の内一人を乗せ、何やら止めた車の中で長々と話していた。

 ホームステイ中のトルコ系フランス人の男の日もあれば、文字通りショッピングカートでバーベキューをしている酒の飲み過ぎで真っ赤に日焼けした白人の男の日もあり、あるいは仕事でこちらに越して来て四年になるナヴァホ系の三〇代の男の日もあった。

 盗聴していた限りでは彼らが交わす会話はやれどこどこの誰々が浮気の末に殺されただの、やれ誰々というスターが結婚して太っただの、その類のどうでもよい話でしかなかった。

 昼はそのまま監視し夜は暗視機能で車内を監視させた結果、車内の二人が手で相手の頭に触れたり互いの手を握ったりしている場面が会話内容とは関係無しに見られた。

 その時の両者の表情は心ここに非ずであり、ひとまず同性愛者同士の出会いに関するネットワークとの繋がり及び宗教関係の繋がりが彼らにあるかどうかという二つの線で調査され、どちらも空振りに終わった。

 ヘンズマンと会う男達がヘンズマンの車から降りた後の動向も当然ながら調査され、彼らは奇妙な事に同じ電車に乗り、同じバスに乗ってニューオーリンズ市内の南の方にしょんぼりと立っている、誰も入居していない取り壊し予定のまま放置された雑居ビルに入って行った。

 FBIはヘンズマンがオリヴェイラと会うまでに雑居ビル内部の調査までを済ませており、そのデータがその後の役に立った。

 一方で胡散臭いエクシードの代理人はわざわざ国際空港であるアルバカーキからLAX(ロサンゼルス国際空港)へ向かい、空港内を暫く歩いたところで急に走り始め、追跡していたモーガンスターンの子飼いであるゴルフ分隊もまた走り始めた。

 やがて何千もの人々で溢れる広い空港内での追跡劇は分隊の連携によってあっさりと幕を閉じ、近くにいた男性を巻き込みながら床に倒されたその代理人は服毒しようとして失敗した。

 拘束されたこの男は全身をくまなく探られ、口腔内から肛門内、及び胃腸や皮膚下までも調べられたが、しかし残念ながら目標物である記録媒体らしきものは一切影形さえ発見されなかった。

 出発以降この代理人の男はトイレにも行かずひたすら移動し、またどこかの店に立ち寄る事もなかったし、時折飛行機内でUSBメモリーを取り出してそれがまだ自分の手元にあるのを確かめるかのように振る舞っているのをゴルフが確認していた。

 不安になってエクシード社の盗撮盗聴の成果も確認したが、九九パーセント以上の確率でダミーの線は否定された――今回の行動がこちらの出方を見るための囮であったならともかく。

 尋問しても自白剤を飲ませても代理人は何も覚えていないと泣きながら言い続けるのみで、心が折れる前に何かを引き出せそうにもなかった。

 やがてLAXの監視カメラ映像から腹立たしい事実が判明した。男を転倒させた際に巻き込まれたあの近くにいた別の男が、床からUSBメモリーを拾っていたのだ。

 そしてその男は既にボリビアへと向かい、現地で消えていた。


 同じ頃FBIのHRT(人質対応部隊)がさる事情で例の取り壊し予定になっている雑居ビルへ忍者のごとく潜入し、事実その内部にいた皺の多い五〇代の白人の男に銃を向けて包囲するまで相手に発覚する事は無かった。

 銃のアクセサリーから赤い多目的レーザーが照射され、既に隊員のゴーグルに搭載されているHUDには目標までの正確な距離から風速から標高まであらゆるデータが出揃っていた。

 風速ほぼゼロに等しいビルの一室で汚らしい生活感を醸すこの男は最後の足掻きとして足元に隠していた圧力感知センサーを錆びたパイプ椅子に座ったまま踏んだが、何も起きなかったため目を見開いて顔を強張らせた。

「言い忘れていたが爆弾を設置していたな。お前のお宅を訪問させてもらった理由がそれだ。既に別働隊が解除している」

 FBIは改良型の蠅型超小型ドローンで偵察を続け、爆弾の事も事前に把握していたのであった。

「我が名はブルンヒルド…これは始まりに過ぎない」

 もはやこれまでと皺だらけの白人は懐から銀色のサタデーナイト・スペシャル(粗雑な作りの拳銃の総称)を取り出そうとした。

 当然ながら複数の隊員が構えていたシグ社が手掛けた改良型MP6の消音型ヴァリアントが発射した秒速三〇〇マイルを超えるパラベラム弾で胴と首と頭部とを貫かれ、一瞬遅れて発射された強烈なスラッグ弾が自己紹介男を背後に吹っ飛ばして椅子と共に薙ぎ倒した。

 血がどくどくと流れ、肉体の背後から飛び散った肉片が床を汚していた。

 倒れた際に片足が倒れた椅子の足に引っ掛って垂れ下がり、だらしなく弛緩した様子で死に絶えたその男がブルンヒルドと名乗った事がFBIの興味を引いた。

 この男の身元はまだわかっておらず、ブルンヒルドという名前は女性名である。更に言えばその名は古い女王、並びに北欧神話のヴァルキリーの名でもあった。

 異常者や宗教絡みの線で現在調査中らしいが、あまり収穫は得られそうになかった。所持品も食料や雑多な日常品のみで、趣味や暇潰しになりそうなものは何もなかった。

 払い下げられた中古のスマートフォンを改造した市販のプリペイド携帯が幾つか転がっていたが、他には外部とのネットワークや通信手段も無いらしかった。

 既にこの男が代理に使っていた男達の身元は割れているから、明日以降事情を聴きに伺う事になろう。


「逃げられてしまった事に関しては申し訳ない、エクシードの件を信頼できるチームにやらせたが、連中に出し抜かれてしまった」

 ブロックはブラジル軍大佐に謝罪の意を示し、データを一通り見終わった彼はそれを手で制した。

『仕方なかった。それで?』

 何か申し出たい事でも? と大佐は促しているようであった。

「我々としても奴らをこれ以上好きにはさせたくない。次は我々に災いが振り掛かる」

『ではアメリカはあの忌々しい、加減も知らない死の商人どもの壊滅に協力してくれると?』

「もちろん望むところだ」



同時期:イリノイ州、シカゴ


「なあ見ろよ、最新型のエイブラムスだぜ!」

 土砂降りの中、自宅のベッドに並んで座る兄弟らしき少年二人はホロフォンでネットサーフィン中であり、兄らしき方の少年がホロフォン本体から投影されている平面の投影画面を三次元モードへと切り替え、M1A5エイブラムスの立体像を表示させた。

「そっちもいいけどさ、こいつも最高だよな!」

 弟らしき少年は自分のスマートフォンを操作してYouTubeに投稿されている動画を再生した。

「あーこいつマジですげぇよなぁ」

 兄らしき少年が横から覗き込んだスマートフォンの画面には、超低空飛行から着地した、高さ十六フィートを超える巨人が映っていた。

 カーキ色に塗られたそれは人間の四肢を太くして横幅を広くした奇妙な巨人であり、右腕の先端には特徴的な自由電子レーザー兵器が、逆側の腕には25ミリ機関砲がそれぞれ装着されていた。

 演習映像であり、このケースでは他に武装が装備されていなかった。アメリカ軍の第三世代主力戦両機であるR14A2は、主力戦車であるM1A5と並んで陸軍の新たな象徴であった。

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