SHADOW FORCE#16
ボクシングvsKFM、ブラジル軍隊格闘技+カポエイラvsセネガル式レスリング+原型カポエイラ――ロコだけではなく、ロッキーとビディオジョーゴも強敵と対峙する事となった。進軍のついでで立ち寄ったクラブ内は予想外の激戦区となったのであった。
登場人物
アメリカ陸軍
―ロッキー…エックス−レイ分隊の隊員。
ブラジル陸軍
ブラジル陸軍
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
敵熟練兵
―フルフェイス・ヘルメットの兵士…KFMを使う強敵。
―コンゴ人…セネガル式レスリングと原型カポエイラの使い手。
二〇三〇年二月二七日、午前十一時三三分:コロンビア、ボゴタ市街南端、クラブ内
ロッキーは死の爆発の衝撃からなんとか立ち直り、いつの間にか進行方向左側の壁が吹き飛ばされている事に気が付いた。
その向こうは狭い路地があり、横の長さがリムジン程のゴミ処理装置がぶうんと低い稼動音を鳴り響かせていた。
無論その大半は外での激戦によって掻き消され、雑多な騒音がそこらを満たしていた。
どうやら何かが路地か壁に着弾したらしく、恐らくグレネードの爆発と同時であった。
そこでふと凄まじい咆哮が右から聞こえ、見れば厨房の調理台を挟んだ向こう側でロコが巨漢に襲われていた。
ロッキーは瞬時にベレッタをそちら向けて構えた――背後、すなわち崩壊した壁の方から微かな物音、嫌な予感がして即座に横方向へと転がりつつ振り向いた。
先程まで己がいた辺りに何かが着弾、そしてそれを実施した者とロッキーは向き合って互いが同時に銃を向けた。
顔はフルフェイスの蜚蠊色をした金属板で覆われ、窺い知る事ができなかった。
全身の服やバトル・アーマーも蜚蠊じみた茶色であり、敵車両の縮小版のような印象を受けた。
ロッキーとその新手は互いに構え合ったまま動かず、映画のように睨み合った――途端、背後で物音。
それを契機に、五ヤードの距離を空けていた彼らは急激なブーストで接近した。
ブースト明けの全身が軋むような痛みに耐え、一瞬の後に彼らは銃を片手で撃とうとして互いにそれらを逆の手で逸らした。
中世ヨーロッパ式剣術のように互いの腕をバインド状態で鍔迫り合いじみた風に動かして、互いの発砲がずらされたので天井に弾が命中した。
敵が一瞬速く次の射撃に移ったのでロッキーは叩くようにそれを逸らした。
見当違いの失敗弾を尻目にカウンターを見舞おうとしつつも考えた――現状では射撃こそ一番確実な殺傷手段であろうか。
命中した部位にもよるが、この距離なら拳銃弾であっても、着弾がバトル・アーマーの装甲部分でも高確率で貫通するか衝撃で骨折させられる。
相手は耐熱特殊樹脂素材で一新された軽量かつ頑強なスミス&ウェッソンのM&Pブランドのクリムゾン・トレースを使用し、独特の形状をした38口径の五連発式ハンマーレス・リボルバーであった。
残弾は二発、しかし極限状態でスローに見える世界を見遣りつつ彼は考えた――ロコに流れ弾が当たるかも知れない。
そのため即決、短い蹴り上げで敵の銃を弾き飛ばし、そして予想通り敵も一瞬遅れて同じ事をしてきた。
ではアクション映画のように殴り合う他あるまいか。
ロッキーは己の銃がどこに落ちたかをATD(先進戦術デバイス)に記録させておき、消えない定点タグとして保存しておきつつパンチの連撃を繰り出した。
ロッキーはセンチ単位で表すと百八〇代の大台に一センチだけ届かない。代わりに体重ではボクシングのヘビー級に出場する権利があった。
ロッキーはエスクリマやムエタイなどもある程度習得しているが、やはり十歳の頃から続けているボクシングが一番しっくりきた。勢いで押してそのまま屋外へ。
体重は相手の方が軽く、身長はほぼ同じであった。だが相手は防御に肉体の硬い部分――例えば肘――を使う技を知っていた。
相手はKFM系のスタイル、まるで『イップ・マン』の詠春拳vsボクシングの対決シーンのようだ。拳が痛み、一旦停止した。
重苦しくありながら軽快なステップを踏んでロッキーは相手の出方を窺い、相手が二秒何もしなかったので距離を詰めて仕掛けた。
恐らく隙が大きければこちらの手を捻ろうとするにせよ、掴みに関しては積極的ではあるまい。
拳と肘の壮絶な応酬が始まった。
同時期:コロンビア、ボゴタ市街南端、クラブ内
一人で二階の制圧を実施していたビディオジョーゴは薄暗い廊下を進みながら敵の死体を踏み越えた。今ので一発、この散弾を装填したリボルバーは残り五発。
散弾だけでなく.454カスール弾にも対応するレイジング・ジャッジの黒い艶消しフレームが闇の中でぼうっと浮かび、そして表面の細かい傷が微かに光った。
点滅する廊下のホログラムが異音を立て、そしてそれらを斬り裂いて階下からも戦闘音。そしてクラブ全体に今や流れるEDM。
リボルバーを右手で構え、何やら身構えた左腕の手首の上に銃を握る右手を乗せていた。
「アメリカ人は派手なもんだ」と通信を一時的に切って呟き、唐突に開いた左ドアから掴み掛かる敵の顔面を散弾で整形してやった。
二階はホテルのように廊下及びその両側にドアが並び、向かって右側が個室、左側が広めの個室及び何らかの部屋であった――それは重要ではない。
そして今度は逆のドアから物音がしたので飛び退き、ドア越し射撃を回避した。相手の射撃音に紛れてドアのすぐ隣に張り付いてクローク起動。
敵は暫く撃ってから射撃を停止、ドアが開いてライフルの銃身が現れ、それは見通しの悪くなった暗い廊下を左右警戒していた。
相手が廊下に出た、次に逆を向いた時を狙う。相手が銃口を背けた、ビディオジョーゴは銃を相手に向けた――背後に誰かの気配。
誰かに掴み掛かられ、視界外から腕が顔面に迫った――逆手持ちのナイフが光った、誤射を恐れて刃物か。しかしそれは彼の顔面を刺せなかった。
クローク解除、ビディオジョーゴの全体像がすうっと浮かび上がった。
点滅するホログラムが咄嗟に割り込ませたブラジル人の左腕を浮かび上がらせて、相手の上をガードしているのが見えた。
力の拮抗で各々の腕がぶるぶると震え、ビディオジョーゴが左腕に握った軽い金属製トンファーがナイフを逆手持ちする相手の右手首を受け止めていた。
一瞬の出来事に気付いた最初の敵が振り向いたが、仲間に気が付くと誤射を恐れて撃てなかった。後ろの敵は腕力的にアーマーを着ている、前の敵は無し。
一瞬の躊躇いを確認すると彼は右手を背後向けて、相手の脇腹辺りへとリボルバーを発射した。
リボルバーを仕舞いつつ力無く落下を始めた敵ナイフのグリップを掴み、左回りに少し屈んで相手と体の位置を入れ替えて急所を背後から数度刺し、刺さったままにした。
早技に恐怖しつつも敵は発砲しようとするが、ビディオジョーゴは死体を相手に押し付けて重量で一瞬怯ませ、後退らせた。
取り回しの悪いライフルを落とし、相手は死体を廊下の脇に捨てつつナイフを抜いた。しかし順手で数度牽制振りをしたのを全て回避。
本命の突きを絡み付くような腕の動きで捕え、捻って奪い、手首と首へその刃を滑らせた。
相手の絶叫、ビディオジョーゴはトンファー付きの左回転裏拳を顔面に叩き込み、ジンガのステップと共に下段へ激烈なキックを二発与えた。
出血、そして太腿及び脹脛の重度の打撲でバランス崩壊寸前の相手の顔面に、腕を衝いて行なうサマーソルトじみた縦回転の一撃を放ち、その衝撃が内部に留まるよう工夫した。
倒れ伏す敵を尻目に、逆さの状態から進行方向上へとそのまますうっと起き上がり、再び歩き始めた。
クラブ内は相変わらずバウンス系を中心にメドレーが続いている。リハブやスティーヴ・アオキの名曲が流れた。
「こういうのもいいけど、やっぱラテンのノリが欲しいな」
陽気なブラジル陸軍特殊部隊の男は敵を壮絶に殺した直後、ふとそのように呟いた。一旦近くの部屋に押し入って安全確認、敵がいなかったのでそこで素早くリロードを行なった。
空の薬莢が落ち、ビディオジョーゴは念を押してクロークを起動し見えにくくした。誰も来ない。
ビディオジョーゴは開いたままのドアから出ようとした――何かがおかしい。何かが違う。
足元を見ると一見何も見えなかった。しかしHUDを暗視に切り換えると、廊下の少し進んだ所、倒れて散らかったままの食事運搬カートとその内容物の辺りに細い線が見えた。
一旦引っ込み、グレネードを静かに準備、三秒数えて投げ、廊下でそれが炸裂するのを待った。さあ、どう来る?
凄まじい轟音、しかもそれは上だけでなく建物全体を揺らした。何だ? 誘爆? 違う、もしかすると砲撃か?
そしてお次は部屋の壁を貫通して何発もの銃弾が飛来した。横薙ぎの掃射が壁に穴を空け、背後で何かが飛び散った。
匍匐して備えてなければ死んでいたかも知れない。しかし当てずっぽうなら手はある、クローク起動。
廊下の突き当たりには一際大きな部屋があった。最も裕福な来客用のその部屋は例によって薄暗く、かつて麻薬ビジネスで儲けてそれからクリーンになった家の姉弟が友達を呼んでいた。
残念かつ気の毒な事に、全員抵抗すらしなかったのに部屋の端で並べられ、処刑スタイルで射殺体となっていた。
下手人も予期せぬ死で既に後を追ってあの世――しかし少なくとも地獄――に送られたが、まだ一人残っている者がいた。
蜚蠊じみた色合いのアーマーと服、スタンダードな軍用ヘルメット、裸眼だが改造を受けた双眸。
少し広めの顔のコンゴ人、髭は無く首は顔と同じぐらい太く見えた――つまり鍛えている。
体格はロッキーよりやや細い、しかし身長はそれより上。
この男は明らかに警戒しており、いるはずの標的が見えない事を訝しんだ。他の部屋にもいない。
一際大きなゲストルーム内でじゃりっと瓶の欠片を踏む男の足音が響き、そして次の瞬間クロークを解いたビディオジョーゴが背後にすうっと浮かび上がった。
コンゴ人の男は目を見開いて左手で振り向きながら薙ぎ払い、それをトンファーでガードしたビディオジョーゴに右手のライフル――AKから分化していったケニア製のマイクロ・カービン――を向けて接射しようとした。
ビディオジョーゴはガードに使う左腕の下へ右腕を潜らせてそれを逸らし、何発か発射されたライフル弾がそこらに穴を空け、マズルフラッシュが薄暗い中で煌めいた。
しかしリボルバーを持ったままライフルを持った男と取っ組み合うのも骨が折れる。相手もやはりバトル・アーマーを装着して外部動力で身体能力を強化している。
そしてそのブーストされた力の使い方を実によく練り上げていた――言うまでもあるまいが、生来の自分以上のパワーやスピードというのは概して力の加減や制御に戸惑うものだ。
それが起きないのであれば、それを装着している時のあらゆる訓練を積んでいるという事になる。
それは標準的な兵士がアーマーを着て動けるようにする一通りの手順だけではなく、それを着た状態での体術や格闘術にも対応できるようみっちりと鍛えているという事であろう。
更に発砲、凄まじい至近距離での銃声、そして暴れる銃身。その時間はあまりにも長く感じられ、三世紀程経ってから漸くうんざりするような銃声は間抜けな弾切れの音に変わった。
己のリボルバーで相手を撃とうとしたが取っ組み合いの最中に銃を握る手に嫌な力が掛かって痛んだ。ほんの少し距離を離し、一瞬で銃をホルスターに戻した。
よし、本気で遊んでやるぜ。相手はリロードせずにライフルを背中のハードポイントに戻した。ライフルがアーマーと反応してがちゃがちゃと変形・縮小した。
ビディオジョーゴはその隙に腕の強固なATDを操作、無線接続しているクラブ内のコンピューターにアクセスしてすべき事をした。
「全員に告ぐ、これからはラテンのノリで行こうぜ」
突如凄まじい音量でジェイ・サントスの『カリエンテ』が流れ始めた。
ビディオジョーゴとコンゴ人はどちらともなく突進し、再び取っ組み合った。
次々と繰り出される相手の手は掴みのためのはずではあるが、しかし打撃としても使われているような気がした。
まるでぱたぱたと叩くような手、掴まれないように払い続けるが徐々に痛くなってくる。
ビディオジョーゴは相手の掴み兼打撃がかなりの技術である事を知り、ブラジル軍隊格闘技であるウル=カンの技術で応戦しながら取っ組み合いを続けた。
ウル=カンは柔道ないしは柔術、空手、カンフー的要素、テコンドーなど東洋の格闘技をベースにした素手・武装を問わない戦場の格闘技である。
ビディオジョーゴは相手を転倒させて寝技で仕留めようと考えたが、しかし意外と柔軟な動きによって躱されていた。
対する相手のレスリング技術は恐らくセネガル式レスリングであり、それは打撃要素も含む。
今度セネガルの友人にここまでの使い手に心当たりがあるか聞かねばなるまい。以前訪れたコンゴの民族と目の特徴が似ている気もしたが、更に別の確信が始まっていた。
ウル=カンは蹴り技も当然含み、つまりハイキックもある。空手やテコンドーの顔面または腹部を狙うキックは、当然そのまま繰り出しても対処される可能性が増える。
しかし格闘技の試合を見てもわかる通り、時折そうした大技がクリーンヒットしてKOする事がある。なのでそうした選手達は連携やフェイントを駆使して強力な必殺へ繋げるのである。
そしてそうしたハイキック要素があるというのは彼のもう一つの軸であるカポエイラとも相性がよい。取っ組み合って膝蹴りから徐々に独自のステップへと移行し始めた。
しかし相手も同じようなステップを見せ、相手は彼を軽く蹴飛ばしながら反動で後転して下がり、カポエイラの源流であるアフリカ武術のステップを踏んだ。
面白い、一曲俺と踊るってか?
どちらともなくフェイントを掛けながら右、左と踏み込んで接近し、軽いパンチの応酬から始めて強襲の蹴りが混ざった。
情熱的なコロンビアの名曲が流れる薄暗い室内で、その爆音に負けぬ蹴りとステップとフェイントによるやり取りが始まった。
相手の脚はまるで鞭のように撓り、まるでショーテルが盾の防御の裏を掻くかのようにダメージを与えてきた。
頭部を狙われ、ヘルメットが吸収できないダメージが鈍い痛みとなった。
格闘シーンを書くのは大変だが、後で自分で読み返してにやにやするのにはちょうどいい。




