大盛況
「私を雇って欲しいんですけど。」
なっちゃんモードの小岩井さんは、泣き止んでからまたそう言った。声の張りは元に戻ったが、ギャル子モードの時の自信に満ち溢れた口調はどこかへ行ってしまっている。
小岩井さんは、ギャルメイクを落とせば、かなりの美人だった。今のケバケバしい服装より、和服なども似合いそうだ。
「今すぐ面接とかしますか?」
「とりあえず、そのべちょべちょの服着替えておいで。」
小岩井さんは、全身から水を垂らして自宅に戻り、ジャージに着替えて戻ってきた。これが一番地味な服なんだそうだ。ただ、腰のみかんはそのまま連れてきている。
「面接って何するかわかんないんですけど…。」
小岩井さんは相変わらずモジモジしている。なっちゃんモードだ。最初の威勢の良さは何だったのだろうか。
僕達は、ルビとゴビの店から借りてきた4つの椅子にそれぞれ腰掛け、なっちゃんの面接を開始する。ルビとゴビは、2人で1つの椅子に座った。
「面接って言っても、小岩井さんの採用はほぼ確定だから、色々話を聞くだけになると思います。」
「小岩井さんはやめて欲しいんですけど。なっちゃんって呼んで欲しいんですけど。」
「えーと、じゃあ、なっちゃん。では、改めて自己紹介をお願いします。」
僕は、厳格な声色に変え、ちょっと面接官の真似事をしてみる。僕は面接を受けたことがないので、9割方ドラマの受け売りだ。残りの1割は僕の空想の産物だ。
モジモジちっちゃくなっているなっちゃんを相手にするとなると、ごっこ遊びをしているような感覚に陥ってしまい、かわいいなあ、となんだかほのぼのしてくる。
「小岩井夏実です。17歳です。日本では高校2年生をしてました。こっちに来てからは、魔導士として冒険者稼業の真似事をしています。不安定な仕事なので、確実な収入源を確保するため、こちらでアルバイトをさせていただこうと考えた次第でございます。…この口調疲れるんですけど。」
おいおい、なっちゃん17歳なのか!1つ年上じゃないか!ごっこ遊びみたいでかわいいとか言ってごめんなさい!いや、すいませんでした!
「え、いや、なっちゃん…さん。もう少し砕けた話し方でも構いませんよ。」
「アキさんこそガッチガチの口調になってるんですけど!私のことはなっちゃんでいいんですけど!タメ口でいいんですけど!」
そう、僕が求めていたのはこれだ!ちゃんとツッコんでくれた!なっちゃんを雇おうと言う判断は正しかった!ナイスツッコミ!
「そのー、年上だったんだなー、と思って。僕とシンは、高校1年の16歳。で、ルビとゴビは?」
「聞いたら後悔し」「ますよ?」
「それでそれで、なっちゃんいつから魔導士なんてしてるんだ?」
さっきから魔導士という言葉にピクピク反応しているシンが、ルビとゴビを完璧にスルーし、嬉々として質問する。あいつ、魔法とか好きだったんだ。
「この世界に飛ばされて1ヶ月と半分くらいなんですけど、初日から魔導士のスキルで食ってきました。」
「なっちゃんなっちゃん、スキル名は?魔導士だから俺らみたいな変わったスキル名よりかっこいいに決まってるよな!」
シンの目が、なっちゃんの爪くらいキラキラと輝きを帯びている。よっぽど憧れているらしい。
「戦闘スキル≪果物魔導士≫です。」
「えっ。」
シンの目が灰色に染まる。ここでも特殊なスキル名を聞くことになるとは思ってもみなかったのだろう。無論、僕もそうだ。フルーツマジシャンってなんだよ。
「この魔道具で戦うんですけど。」
と言って、なっちゃんは、腰に下げていたみかんを手に取り、こちらに見せびらかしてくる。
「へー。それはどんな魔法を使えるの。」
シンが社交辞令的に会話を続行する。ほんの数秒前までのあの興奮はどこに行ったのだろうか。もう完全に話を聞く気がない。
「こんな感じですよ!」
なっちゃんが少しの怒りを込めて、みかんをギュッと握ると、果汁がシンの目に向かって飛んで行った。
ジャストミート。
シンは、目を押さえてのたうち回る。大声で叫んでいるのも仕方あるまい。
「シンさん、なに急に態度変えてるんですか!フルーツマジシャンだって立派な魔導士なんですけど!」
「人の目に汁飛ばすのが立派な魔導士なのかよ!」
シンは目を押さえながらも、精一杯反論する。
「これはただの遊びなんですけど。私の魔法は、今度冒険に出た時に見せますよ。それより、私、アキさんとシンさんのスキルが気になるんですけど。」
「「混合系スキル≪餅つき士≫です!」」
僕とシンは、恥ずかしさを隠すために、思い切り大声で宣言する。こうでもしないとやってられない。
「なるほど。それで、お餅屋さんを。あ、お餅冷めないうちにちぎって丸めちゃいますか?」
僕は、なっちゃんが僕たちのスキルを知ると、散々に笑い倒されるだろうと覚悟をしていた。しかし彼女は嘲笑することなく、にっこり笑顔で店の手伝いをしてくれると言う。なんていい子なんだ、さっきまでのギャル子と同一人物には思えない。
採用の旨を改めて伝え、ギャル子モードについて話を掘り下げようとしたところで、
「その前に、その爪なんとかしてこい。それで食品を扱うとか抜かすな!」
なっちゃんは、シンに蹴飛ばされて再び自宅に帰っていった。
なっちゃんは爪を切って戻ってきた。ゴテゴテのネイルも綺麗に剥がされ、清潔感溢れる両手を水道で洗っている。早速餅を丸める作業を手伝ってくれるようだ。
僕とシンはなっちゃんが家に戻っている間にも餅を丸める作業をしていたので、餅の塊はすでに半分くらいの大きさになっていた。ここでなっちゃんが加われば、すぐに終わるだろう。
ケイブ粉を少量手につけて、手頃なサイズをちぎり取り、手のひらでコロコロ丸める。そして、お盆の上に並べていく。この世界には、コメがあるくせに片栗粉はないらしい。なっちゃん曰く、このケイブ粉とやらが、片栗粉と似ているとのことで、ルビとゴビに借りてきたのだ。
ケイブというのは、初日の野宿の際に摘んできた、唇のついた野草だ。その根を乾燥させて、すり潰したものがこのケイブ粉だそうだ。
「なっちゃん、シンと二人で話し合って、これから正式にアルバイトとして働いてもらうことに決めたよ。これからよろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それで、時給の方は…」
なっちゃんの顔からにやけがはみ出している。人間、お金の話になるとこうなるものなのだろうか、それともなっちゃんが銭ゲバなだけだろうか。
僕たちとしては、餅の売れ行き次第でと言いたいところではあるが、そこのところははっきりさせておかなければならない。この世界の相場もよくわからないしなあ、と考えていると、
「これの売れ行き次第でよろしく。」
シンが丸めた餅を並べながら言ってしまう。いつも通りだ。こいつは、僕が色々考えを巡らせているときに限って全部先に適当なことを言ってしまうところがある。こんな提案は、なっちゃんも流石に抗議してくるだろう。
「わかりました。私もがんばって売りますね。」
「いいのかよ!」
「どうしました、アキさんいきなり?」
「いや、なんでもないよ。それより、これで最後だ。」
僕は最後の一つをぽんとお盆の隅に置くと、大きく背伸びをした。
お盆をディスプレイにセットして、僕はずっと気になっていた質問をやっとのことでなっちゃんにぶつける。
「なっちゃん、日本では、ギャル子モードだったの?なっちゃんモードだったの?」
「派手な格好をしだしたのはこの世界にきてからなんですけど?異世界デビューに成功したと思ってたんですけど。」
「大失敗だよ!それに、高校デビューとか、大学デビューとかはよく聞くけど、異世界デビューってなんだよ!初耳の単語だわ!」
なっちゃんにツッコミの手を煩わされることになるとは想像していなかったが、僕の想定が甘かったのかもしれない。この子も大概かもしれない。
とりあえず、初日は3人で店先に立ち、今ある分だけを売り切ることを目標にしたが、これも僕の想定が甘かったのかもしれない。
即完売だった。
僕は、お客さんが嬉しそうに餅を頬張る姿、特に、米屋の親父がコメの新たな食べ方を見つけたと驚く顔を一生忘れることはないだろう。
よし、明日も張り切って餅つくぞ!
8話です。読んでいただきありがとうございます。
作者、現在、この小説に対する客観評価を得られず、このままでいいのかと迷っております。このままだと、なっちゃんがメイド服を着て媚びを売る小説になりかねません。よろしければ、ポイント、レビュー等お願いします。
次回投稿は5/12(木)を予定しています。