餅屋の船出
第5話更新です!ちゃんと更新予告通りですよ!
お茶のおかわりを入れ続けるルビとゴビを説得し、二人の趣味の悪い武器店を後にした僕とシンは、隣の店舗スペースの改装作業に取り掛かっていた。
とは言っても、改装らしい改装をしているのは、技術家庭、美術の評定5のシンばかりで、評定2か3の僕は掃除専門だ。
前のテナントも食品関係だったようで、商品展示用のショーケース、キッチンなどの設備もばっちり揃っている。シンとの協議の結果、そのショーケースを含む販売スペースを少し削って、餅つきの実演コーナーを設けることにしたのだった。
シンは実演コーナーを作るのに切り出した、店の元壁の部分をつぎはぎして、看板も一緒に作っている。僕は床から壁から天井まで、片っ端から雑巾で拭いていく。
昔からいつもこうだ。目立つのはシンで、僕は裏方。ナイスコンビネーションである。僕は全く不満ではなく、むしろこの異世界での数少ない現実との接点として喜んでいるくらいだ。どこか危なっかしいこいつを、後ろから支えてやるのが性に合っているのかもしれない。いいお嫁さんになれそうだ。
「おーい、アキー、」
「んっ、ん?どうした?」
なんだか照れてしまって、返事が少しつまる。
「すっげーセンス良くて、かっこよくて、かつキュートでお客さんがどんどん入ってきて大繁盛する感じのデザインの看板作れる?」
「そんなにハードル上げられたら無理だよ!」
なんで僕はこんな奴のためにちょっと照れたのか。その分の消費カロリーを返して欲しい 。
「いやー、看板にいざ字を書こうとしたんだが、覚悟が決まらなくてなあ。アキ、書いてくれよ。」
「嫌だよ、美術とかはお前の方が得意だったろ?どうしても嫌ならルビとゴビに頼めばいいじゃないか」
「お前、あのセンスの持ち主たちに頼むか?」
「あっ…」
その通りだ。あの二人に頼むと、看板にツタを生やされ、気味の悪いフォントで書き上げられるに違いない。
「ははっ!ルビとゴビに頼んだらロクでもない看板になるに違いねえなっ!」
シンは快活に笑う。僕もつられて口角があがりかけたその時、裏口の扉がバンッと開いた。
「シンさん、その言葉聞き」「ました!」「前言を撤回してもらい」「ます!」
ルビとゴビが胸を大きく反らし、小さな体に似合わぬ仁王立ちを披露する。ちょっとかわいい。
「まあ、どうせ迷い続けるだけだろうしなあ。」
と、シンは素直に、ルビに筆を手渡す。
「では、誠心誠意書かせていただき」「ます!」「シンさん!僕たちのセンスを疑ったことだけでなく、僕たちの店趣味悪いなー。とか思ってたこともばれて」「ます!」「断罪してやり」「ます!」
それは誠心と誠意が溢れる人の言葉じゃないよ!と言い切るにも及ばず、ルビは真っ赤なペンキのたっぷり付いた筆を、看板にべっちょりと塗りつけ始めた。
そう時間がかからないうちに、看板は完成した。ツタは生えていなかった。年季の入った木のつぎはぎの板に似合わぬ、白く縁取られた鮮紅色の文字。これはルビが書いた。その上から重ねるように書かれた線の細い黒い文字。これはゴビが上書きした。影をなぞったわけでもなく、ただただ上からもう一度同じ字が少しずらして書き込まれている。そして、その黒い文字が鮮紅の文字と木の板とのカラーバランスを仲立ちし、上手にバランスの取れた色調を生み出す。非常にセンス溢れるいい看板に仕上がった。右下に牙を剥くリアルなパンダの絵さえなければ。
「なんでこれ描いちゃったかなー。これなかったら僕もう少し絶賛してたよ?」
「アキさん何言ってるん」「ですか!」「このパンダこそがこの看板の全て!魂の権化と言っても過言ではあり」「ません!」
ルビとゴビが熱く語る。
「まあまあ、いいんじゃねーの?思ってたよりましだし。」
シンは、思ってたよりましってどういうことですか!と怒る双子をスルーして、看板を手に店の外に出た。その長身を活かして看板を店の入り口の上の方に引っ掛けると、僕とシンだけでなく、ルビとゴビも満足そうな表情を浮かべて静かになった。西からの夕日と、それが映す四つの影がそれらしいムードを付け加える。おそらく四人とも、これから始まる僕とシンの素晴らしい異世界ライフに想いを馳せていることだろう。
「よし、ご飯にするか!」
僕はこれ以上ないくらいの明るい声で夕食を宣言する。
「せっかく」「です。」「アキさん、シンさん、お餅、つき」「ましょう!」
「そうだな。餅屋の船出にはやっぱ餅だろ!」
シンも過去類を見ないレベルに前向きだ。僕たちは足取りも軽く店の中に戻り、隅に置いておいた臼と杵を手に取ろうとして、気がついた。ん?なにか赤黒いのがついてるような?
僕たちの臼と杵には、ゴブリンの血がべっとりと残っていた。
「ルビ、ゴビ、なんとかならねーか?鍛冶屋だろ?」
シンが頼りなく眉毛を下に向ける。
「それは処分」「です。」「食品衛生のモラルの観点から見て論外」「です。」「僕たちが明日新しい物を用意し」「ます。」「モンスターと戦う時用の物は別の素材でまた別に作り」「ます。」「なので、この店で使う用の臼と杵はとりあえず明日まで待ってもらえ」「ますか?」
「えっ?これからもモンスターと杵で戦うの?他の武器ないの?あっ、隣に剣とかあったじゃん!趣味悪いやつ!」
「趣味悪いは余計」「です!」「それより、アキさんとシンさんには、≪餅つき士≫の混合系スキルがあり」「ます。」「なので、武器としては、臼と杵が最も適した武器のはずなん」「です。」
スキルについての話をいまひとつ把握しきれていない僕はうんと返事をするしかない。隣のシンも同様だ。
「よーし、飯にするかー。餅つこうぜー。」
「お前、人の話聞いてなかったろ!餅つけるのは明日からだ!」
「おっ、そうか、前言を撤回するよ。」
シンはニカッと爽やかな笑顔を見せる。昔から彼はこの笑顔で、数々の女性の目を引きつけてきた。勿論、彼自身は気づいていない。高校でも、運動神経の良さや、高身長も相まって学年を問わずモテまくっており、シンの非公式ファンクラブがあるとかないとか。そういう意味でも、いつも目立つのは僕ではなくて、シンなのだ。
「でもここなんにも食材ないわ」
「あ、確かにそうだね。スーパーみたいなとこがあればいいんだけど、まだ開いてるかな?」
「それなら!」
ルビがひらめきました、とばかりに手を体の前でパチンと合わせる。
「もちもちパンダ出店祝いってことで、ご飯食べに行き」「ましょう!」「僕たちはなんだかんだアルフェロアに住んで長いので、美味しいご飯屋さんのいくつかくらい知って」「ます!」「どう」「ですか?」
僕とシンには断る理由はない。むしろ二人にはお世話になりすぎて感謝しても仕切れないくらいだ。
「「ごっつぁんです!」」
所持金ゼロの僕たちは、またまたこの双子達に借りを作ってしまうこととなったのだった。
次回6話投稿は4/28(木)です!新キャラが登場するとかしないとか?
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