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「おはようごさい」「まーす!」「起きてくだ」「さーい!」
「ああ、うん、おはよう」
目覚めにちゅんちゅん鳴くタイプの鳥が止まるような木がない草原で、僕は目を覚ました。異世界に来て初めての夜、思いのほかよく眠れたことに自分でもびっくりしている。まくらが同じだったことの影響は計り知れない。仮に夢オチの展開だったとしてもすぐに着替えて学校に行けるように、くらいの心構えもして眠りについたというのに、杞憂に終わってしまった。
どちらを望んでいたのか、と尋ねられると、ちょうどハーフアンドハーフ、フィフティフィフティと言ったところか。いや、見栄を張るのはよそう。こちらの世界に残ることを期待した自分がいたことは否定できない真実だ。なので、ルビとゴビの声に起こされた瞬間の僕の「おはよう」に、照れ隠しの「ああ、うん、」がついたという次第である。
「シン、起きろー。おはようございまーす、おはようございまーす。」
「んにゃむにゃむ、おはよ…う。」
彼も熟睡できたようだ。心配はしていなかったが。
「シンさんもおはようござい」「ます!」
「うん、おはよう、ルビ、ゴビ。それよりアキ、俺変な寝言言ってなかったか?前言を撤回しといたほうがいい寝言はあったか?」
コイツはここでも何も変わらない。昔から、シンが僕の隣で目を覚ましたときには毎回毎回こう言うのだ。それだけ寝言が恥ずかしいのだろうか、それとも、ただ単に前言を撤回するのが好きなだけなのだろうか。
「僕は何も聞こえなかったから、言ってないんじゃない?」
「いや、シンさん寝ながら喋って」「ました」「『おいっ!タイ米じゃねーかっ!』って叫んで」「ました!」
「お前、何の夢見たらそんな寝言が出るんだよ」
「いやー、お恥ずかしいかぎりです」
シンはぽりぽりと頭をかく。
どうやら、朝食はとらないようで、ルビとゴビはテントを片付け始めた。僕も、ルビとゴビに続いて身支度をする。といっても、枕と杵を持てばおしまいだ。枕は、ルビとゴビからもらった紐で背中に括りつけることにした。両手が空いて損をすることはないだろう。
臼を担ぐだけのシンは、特にすることもないのか、二度寝をしている。いつもと変わらないというより、むしろリラックスしてしまっている。
「では、出発し」「まーす!」「今日は太陽が一番高くなる前までに、街に着くのが目標」「でーす!」「さあ、いきま」「しょーう!」
シンはすくっと起き上がり、何事もなかったかのように、僕の横を歩く。全てにおいて切り替えが早いのがコイツの長所と言える。
「アキさん、シンさん、この世界に迷い込んだ理由で思い当たる節はあり」「ますか?」
歩き始めて小一時間は経っただろうか。先頭を行くルビとゴビが後ろに声を投げかけてくる。
「なーい」
「僕はないわけじゃないんだけど…」
そう、あのゲームの件だ。あの夜、僕は自分ならより良いエンディングを迎えてやる、とか意気込みながら眠りについたのだった。その願いが通じて、ゲームの中の世界に迷い込んでしまった!みたいな展開なのではないかと考えたのだ。ゴブリンのデザインがそっくりだったこともその仮説を裏付ける。
ん、でも待てよ、もしそのゲームの世界だとするなら、坂を下るときは下半身が地面にめり込むはずだ。坂の途中で立ち止まると、かかとが浮き、爪先が坂にささった不自然な体勢になるはずだ。メニューコマンドを開くときに何度も見た、クオリティの低さを象徴する光景になるはずだ。
たったったっと近くの下り坂を走り回ったり止まったりしてみるが、全くそんな気配はない。リアリティは抜群である。よく考えれば、あのゲームに臼と杵なんて武器は実装されていなかったじゃないか。と、思いあたる。
「あー、やっぱり心当たりなんてないです。妙なこと言ってすいません。」
「なんだよ、変なやつー」
唇をつんと突き出すシンをなだめながらも、歩みを止めることはない。
「あっ!街が見えてき」「ましたよー!」
僕もシンも思わず足を止め、おおっ!と感嘆の声を上げる。いよいよ幅の広くなってきた道の行き着く先には、城壁に囲われた無数の赤煉瓦の屋根が、太陽の光を白く跳ね返している。人々の日常の様子が、ここからでも、もぞもぞ動く小さな点の動きに見て取れるあたり、思っていたよりも大きな街のようだ。
「ほらほら、二人とも、行き」「ますよー!」
ルビとゴビの声で、異世界の街に胸を躍らせていた自分に気がつくと、頭の後ろをかきむりしたくなったが、僕はシンと一緒に二人のあとを急いで追いかけた。ルビたちを追い越してしまうくらい。
僕とシンのテンションがあがったこともあり、そこからはかなりのハイペースで進んだので、目標の正午より早く街の入り口の検問前まで辿り着いてしまった。街を囲む城壁と、僕たちが歩いてきた道とがぶつかるところに口が空いており、その口の両側面にあたるところに検問窓口が設けられている。真ん中は柵で仕切られていて、こちらから見て左側が街へ入る人、右側が街から出る人用のようだ。
ルビとゴビに続いて僕たちも左側の検問を堂々と突破する。念のため、検問官に異世界から来たと申し出たところ、一切怪しまれず、役所で手続きをするように、とだけ言われた。親切にも、役所までの地図も書いてくれた。この世界の人々の優しさの象徴なのだろうか、それともマニュアル化された対応なのだろうか。もちろん望むのは前者の方だ。
ルビとゴビは、役所まで案内してくれるというので、お言葉に甘えさせてもらう。道の両側には、華やかな露店が立ち並んでいて、活気ある市場の賑わいだ。
「ここは、アルフェロアの街のメインストリート、シュガーロード」「です!」
「おおーっ!すげぇーっ!」
シンはハイテンションを維持している。僕もである。
「アルフェロアの街は、砂糖とコメの交易で栄えている交易都市なの」「です!」「シュガーロードの突き当たりを少し右に進むとお役所」「です!」
シュガーロードを歩きながらルビとゴビがアルフェロアの軽い紹介をしてくれる。この子達、なんていい子なんだろう。
「ああっ!」
突如、シンが大声で叫び、露天の一つに駆けて行く。コイツの奇行はいつものことなので、慌てることもなく後を追う。
「ああっ!やっぱりコメじゃないか!俺はここでも生きていけるよ!」
目を輝かせながら彼の駆け込んだ先はコメの量り売りをしている露店だった。いきなり走ってきた背の高い男に、店先にかじりつかれているその露店の店主は、顔が引きつっている。その顔には恐怖に近い色さえちらついている。
「んっ?むむむ?」
コメを見つめるシンの表情が次第に曇って行く。
「おいっ!タイ米じゃねーかっ!」
今朝の寝言が正夢になった。お察しの通り、シンは無類の米好きだ。彼には細長く、パサついたタイ米は受け入れられないらしい。チャーハンとかにすると美味しいのに。かなりエキサイトしている。
「シンさん、落ち着いて」「ください!」「ほら、お役所行き」「ますよ!」
僕とルビとゴビで地団駄を踏むシンを引きずって突き当たりを右に曲がる。
ルビとゴビによると、この世界で流通しているコメは、いわゆるタイ米が一般的だという。もちろんこの世界ではタイ米のことを「コメ」と呼ぶ。丸く、モチモチしたジャポニカ米は、存在しないわけではないらしいが、かなりの高級品だということだそうだ。
「ほら、これがお役所」「ですよー。」
シュガーロードの突き当たりを右に曲がって、ちょっと行ったところに、役所はあった。周りに比べると少し凝った装飾になってはいるが、それほど豪華でもない石造りの建物だ。あまり堅苦しさはなく、結構誰でもウェルカムな感じ。
中に入ると、ルビとゴビに連れられていくつかある窓口の一つに向かう。
「こんにちは。アルフェロアの街へようこそ。そちらのお二人が新住民の方でよろしいですか?」
「そう」「です!」
なんか勝手にこの街に住むことにされている。隣のシンはまんざらでもないといった顔で大人しくしているので、僕も合わせることにする。腑に落ちない部分が多いが、他に当てがあるわけでもないので、世話になったルビとゴビの好意を無下にしようとは思わない。
「それでは、こちらの用紙にご記入ください。」
5マスしかない名前の欄にはアキと書くことにする。隣の奴もシンと書いているので、これでいいだろう。
「このスキルって欄はどうすればいいんですかね?」
シンが尋ねる。
「こちらの宝玉に手をかざしていただければ、あなたの中に眠る特殊能力が欄内に発現いたします。」
「スキルは、大きく分けて戦闘系と生活系の二種類がある」「のです!」「ちなみに僕たちは生活系スキル《鍛治士》」「です!」「稀に混合系もあり」「ますよ!」「それより詳しいことはのちのち説明するので、早く宝玉に触れて」「ください!」「僕たちもお二人のスキルが気になるの」「です!」
ルビとゴビに促されて、僕とシンはきらめく宝玉に手をかざす。数秒とたたないうちに、二人の登録用紙には…混合系スキル《餅つき士》の文字が浮かび上がった。
「「なんじゃこりゃー!」」
僕とシンの叫び声は役所中に響き渡った。
どうも、もぎるです。相変わらずの不定期更新申し訳ないです。
アキたちは住み着く覚悟を決めたようですね。次回からも異世界ライフ満喫しますよー。