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三月白書【新装版】  作者: 小林汐希
6/6

6話 約束だからね



【1】


 卒業式が終わって、在校生の作る花道で見送られ学校を出たわたしは、またすぐに校庭に戻って伸吾くんの姿を探した。


 小学校の卒業式までと引っ越しを伸ばしていた伸吾くんは、今日を最後にこの街を去ってしまう。他の子たちが行ってしまうのを、わたしは少し離れた校庭のベンチで待っていた。


「葉月さん」

「あ、先生」


 保健室の先生に呼ばれて、自然と笑顔になる。いっぱい世話になったこの保健室とも今日でお別れ。この部屋はわたしの逃げ込み場でもあったから、他のみんなとはまた別の感覚がある。


「卒業おめでとう。まさかその服を着ているのがあなただとは思わなかったわ。本当によく頑張ったのね」


「そうですか? わたしだってまだ信じられません」


 先生と二人で思わず吹き出さずにはいられなかった。




「先生。この間は迷惑だったですよね。うるさい男子が何人も……」


「あぁ、彼らね。いいでしょう。少しは葉月さんみたいな子たちの現状を知ってもらえれば。この学校は珍しくはないから」



 わたしがあの日にお願いしたこととは、月に数回行われる、わたしたちのような病気や障害を抱えた子たちの集会に参加することだった。


 クラブ活動の時間に保健室で行われるそれは、ふだん気にせずに生活しているみんなには存在すらしられていない。

 でも、この小学校にのなかで特別学級などの情報交換や行事参加のサポートを考えたりと、不安を持った子たちの受け皿になっている時間だ。


「もう、わたしみたいな生徒作らないでくださいね」


「そうね。葉月さんがいたから、先生も勉強になった。今年の卒業生は痛感してるでしょうね。中学に行っても負けないで頑張りなさいよ?」


「はい。それは約束します」


 小一時間ぐらいすると、少しずつ卒業生も帰っていって、校庭も静けさを取り戻していった。


「葉月、待っていてくれたんか?」


「うん。どうしても言いたいことがあったから……」


「一緒にかえろっか。いつもみたいに」


「うん」


 すっかり静かになった通学路を、伸吾くんとふたりで並んで歩く。今まではそれが普通だったのに、明日からはもうそれすら出来なくなる。わたしは歩みを上げることが出来なかった。


「葉月、具合悪いのか?」


「ううん。違う……。速く歩きたくない……」


「そっか……」


 伸吾くんは、いつもわたしたちがさよならをする公園の中に入っていった。


「いいの? 帰り遅くなっちゃうよ?」


「少しぐらいいいだろ。大して変わる訳じゃないさ」


 それが、わたしたちができる最後のわがままだから……。




【2】



 児童公園には、桜の花が満開になっていた。ここ数日の好天気もあって、花が一気にほころんで、今日の卒業式に間に合わせてくれたように思えた。


「すっかりお花見日和だな」

「そうだね……」


 でもわたしにはその桜の姿さえ目には入ってなかった。


「葉月、中学行っても頑張れよな」

「うん……」


「言わなくたって、もう心配いらないだろうけどな」


「そんなこと……ないよ」


 こういうとき何を話せばいいんだろう。せっかくの時間なのに……。焦りだけが空回りしてしまう。


「なんか言いたいって言ってたよね」


「うん……。これまでの……、お礼……」


「そっか?」


 伸吾くんはわたしをベンチに座らせて、その隣に座ってくれた。


「あのね……、本当にありがと……。うれしかった……」


 伸吾くんの手をぎゅっと握る。学校じゃ周りのみんなの目があって、絶対にできなかったこと。


「ずっとね……、一人だったから……。遊べる人もいなくて……」


「そうだったね」


「わたし、いつもお姉ちゃんに知られないように泣いてたよ……。寂しかった……」


「葉月のこと誤解してた。1年間だけでも一緒のクラスになれてよかったよ。誤解したまんまじゃ後悔してただろうなぁ」


 伸吾くんが聞いていたわたしのイメージは、半分は当たっている。

 遊べない子、いつも泣いてばかり、気味が悪いなど。

 そんな感想に反論をすることなんかできなかったし、そのまま卒業するんだと思っていた。


「いつも……、迷惑かけてたね。でも、本当に嬉しかったんだよ……。お礼がいつも言えなかったけど……」


「お礼なんてどうだっていいよ。葉月があんまりにもひどいこと言われてたから……」


「6年生が一番楽しかったよ」


「そう? それはこっちのセリフだ」


「これからも、ずっと優しい伸吾くんでいてね」


「分かったよ。葉月も元気になるんだぞ?」


 伸吾くんは小さなわたしの手を握り返してくれた。


「うん。中学生になったら、わたしきっと手術受ける。元気になったら、またその時は遊んでね……?」


「デートの約束か?」


「でも……、そのころにはきっと伸吾くん……。わたしなんかきっと相手に出来ないよね」


 今でもあれだけ人気があるんだもん。違うところに行ってもそれは変わらないんだろうな……。


「さぁ、それはどうかな。葉月だって、実際めちゃ可愛いんだからさ、俺のこと忘れるなよ?」


「ううん。絶対に忘れないから!」


 そろそろ出発の時間なのだと感覚でわかる……。

 だから、一緒にお家まで行かせてもらった。

 引っ越しのトラックはもういなくて、乗用車が1台だけ待っているのが見えた。


「じゃぁ、葉月。元気でな」

「うん。メールとかいっぱいするね」


「葉月?」

「なに?」


 車に乗り込むとき、伸吾くんはそっと耳打ちをしてくれた。


「泣いてないな? ありがとな」

「うん。元気になって会うって約束したからね。新しいところ行っても頑張ってね」


「さすが葉月だ。お互いに頑張ろうな。それじゃ……」

「またね……」


 繋いでいた手を離し伸吾くんが乗り込むと、車はすぐに動き出してわたしの視界から消えてしまった。


「真弥……」

「あ、お姉ちゃん」


 振り返るとお姉ちゃんが泣き笑いのような複雑な顔で待っていてくれていた。


「ちゃんと挨拶できた?」

「うん。元気になったらまた会うって約束したから」

「そう。よかったね……」


 お姉ちゃんは、伸吾くんがしてくれたのと同じように真新しい制服に身を包んだわたしの手を握った。


 お姉ちゃんも、わたしのことはこれまでいろいろ言われていたはず。それを少しでも変えたい。そう冬休みに言ってくれていたっけ。


「伸吾くんに会いに行けるように、頑張るのよ」

「うん、お姉ちゃん。明日お弁当持ってお花見しよ」

「そうだね。じゃ、荷物置いておやつでも買いに行こうか」


 春休みはいつもと同じように始まったけれど、なにか新しく生まれ変わる第一歩を踏み出したと思えた瞬間だった。


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