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三月白書【新装版】  作者: 小林汐希
5/6

5話 みんなで頑張ったから



【1】



 発表のタイミングからだいぶ遅れたおかげで、誰もいない掲示板の前で私はひとり数字を追う。


「あった…………」


 もう一度、手元と見比べる。間違いない?

 足に力が入らなくなって、スカートが汚れるのも構わず、その場に座り込んでしまった。


「美弥!」「葉月!?」


 クラスメートが駆け寄ってくる。教室からは見えないはずなのに。きっとみんなにも分かっていて、校舎の影かどこかで見ていたんだろうな。


「大丈夫?」


 みんなは、私が座り込んだ理由を知らない。どっちの結果だったとしても私のリアクションは同じだったと思うから。


「ごめん。まだ自分の目がおかしいんじゃないかって。代わりに見てくれる?」


 目がかすんでしまった私の代わりに、みんながもう一度掲示板を見上げてくれた。


「あったじゃん!」

「おめでとう」

「美弥、頑張ってたもんね」


 放課後の自分の時間のほぼ全てを妹の受験対策に充てていたことは、クラスメートも知っていてくれていた。申し訳ないこともたくさんあったはずなのに。


「教室戻らなくちゃ……」


 まだ午前の授業は1時間残っている。そのためにも教室に一度戻らなくちゃ。


「そんなの気にしないで手続きしてきちゃいなよ。今日の午後は奉仕作業で授業ないし」

「大丈夫かな?」


 預けた受験票を返してくれながらみんながうなずいている。教室の事は任せろというくらいだった。


「小さいことは気にしない。どうせ受付にいる先生だってなんも言わないでしょ。あたしも付き添いで行くから。保健室で休んでるっていえば教室も平気だよ」


 偶然にも保健委員でもある親友に背中を押されて、美弥はもう一度手の中の受験票を握りしめた。


 事務室に顔を出すと、何も言わないうちから昨年担任をしてくれた先生がニコニコしながら封筒をすぐに渡してくれた。


「葉月さん、妹さんによろしくな。小学校の方にはもう結果連絡は入れてあるんだけど、それを渡しに行ってもらえないか? 奉仕作業の方は先生からの別の指示ということで出席扱いにしておくから。そのまま帰宅して構わないからな」


「分かりました。すぐに届けてきます」

「美弥、ここで待ってて。荷物持ってきてあげるから。先生、保健室で休んでいて、先生の用事で帰るってことにしておいてください」


「分かった。それで処理しておくよ」


 そんなことで、私は帰宅がてら小学校に書類を持っていくという重要な仕事を任されて学校を出たんだ。




【2】



「葉月真弥」


「はぃっ!」


 体育館に声が響く。卒業証書授与はひとりひとり名前を呼ばれて壇上で校長先生から渡される。


「あっ」「えっ?」


 わたしが立ち上がったとき、体育館のところどころから小さなざわめきが湧く。


「笹岡の制服だ……。葉月が……?」


 他のクラスからも顔を見合わせるのが分かる。



 数年前までは卒業式の衣装は自由だったおかげで、女の子たちがこぞって晴れの日の衣装だと派手になっていって問題になってしまった。

 そこで、だれにも平等にという声があがって、進学先の中学校で制服が指定されているところは、それを着用するようになったのだけど……。


 今朝、お家でまだ新しいその制服に袖を通したとき、お姉ちゃんが「このリボンがなかなか決まらないのよねぇ」と直してくれたっけ。


 ほとんどの子が進学する地元の中学は、男女とも紺のブレザータイプで、その集団の中に、私立進学組の制服がちらほら混じる。しかし、わたしと同じ制服を着ている子はいない。


 落ち着いた水色とアイボリーホワイトをそれぞれセーラー服の本体と襟に使う制服は、中学・高校ともに笹岡学園の女子制服として地元でも有名だし、かわいいと人気もあるのだけど、それを自分で着ることを許される子は少ない。


 朝、わたしが登校してきたときにも、その制服は周りからの注目を浴びていた。


 6年生の教室は、初めて中学の制服を着たみんなが興奮している。


「あ、葉月だ」

「初めてこんな近くで見た」

「本物を着てみたいよね」


 伸吾くんと一緒に登校してきたわたしを見て、それぞれ感想が飛ぶ。


 もちろん、他にも私立学校への進学者がいるから、目立つのはわたしだけではないのだけと、あれだけの騒ぎがあったことも手伝っちゃったんだよね……。



 あの受験のあとから、急にわたしに声をかけてくる子が多くなった。それは媚びているとかじゃなくて、前々から気にしてくれてはいたけれど、周囲の声からなかなか声をかけられなかったことを謝る声が多かった。



「葉月がそれを着るなんて、思ってもいなかったなぁ」


 朝、わたしを迎えに来た伸吾くんが開口一番、玄関先で発した感想がそれだった。


「えへへ、一昨日届いたばっかりなんだよ。見せられて良かった」



 普段からわたしが着ている服のイメージがあるので、制服を着てもそれほど大きく印象が変わるわけではないし、お姉ちゃんが教えてくれた服の着こなしのセンスもある。

 一度は嬉しそうにちょっとポーズを取ってみたりしたけれど、すぐに顔は現実を思い出してしまう。


「でも、そのことより……。今日が最後なんだね……」


「そうだね……。葉月、俺がいなくても、もう大丈夫だよな……?」


 卒業式、それは伸吾くんとの別れの日でもあったのだから……。


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