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三月白書【新装版】  作者: 小林汐希
4/6

4話 約束を守るのはどっち?



【1】



 笹岡学園中等部の入学試験は冬休みが終わってすぐの土曜日だった。

 当日はお姉ちゃんが学校の前まで送ってきてくれて、緊張しないように笑って送り出してくれた。


 持ち帰ってきた試験問題の自己採点では、それなりの点数は取れているようだったから、あとは面接の結果だから、やることは全部やった……。


「葉月ぃ、どうだった、試験?」


 普段話しかけてくることもない子たちまでが、あの話を持ち出してくる。



 わたしのいるこの学校からも数人が受験しているのは聞いていた。その中で合格する人数は少ないだろう。


 いいのか悪いのかは別にして、わたしはあんな事件があったほどだから、合格すると思われているリストには最初から入っていないぶん、まだプレッシャーなどはあまり大きくはなかったけれど……。



 冬休みが終わると、授業の数よりも卒業イベントの方が多くなってきている。文集づくりや記念品などを作る作業も普通の授業時間よりも多くなってきた。



「明日だな、発表日……」

「うん、そうだね」


 校内の大掃除を手分けしてやることになって、いつも通り伸吾くんとのペアで作業することになった。

 二人だけになっちゃうと、どうしても話題は翌日の結果発表のことになっても仕方ないよね。


「やっぱ不安か?」

「そりゃ不安だよ……。でも、ダメならダメで考えるから……」


「葉月も見に行くのか?」

「ううん。学校にも結果は届くから、そこで分かるって……。お姉ちゃんは見に行ってくれる事になってるけど」


「そっか……。同じ校内だもんな」


 結果発表は正門のところに貼り出されるって言ってた。お姉ちゃんからその瞬間に立ち会うことは無理かもしれないと言われていたけれど、もちろん無理して授業を抜け出してなんて言えない。


「明日、お小遣い持ってこなくっちゃね」

「おまえ、本当にやる気なのか? あんなアホな賭け?」


 あきれ顔の伸吾くん。


「仕方ないじゃん? 約束破りって言われ続けるよりかはずっといいよ」


 わたしもあれだけ啖呵(たんか)を切ったのだから、仕方ないと苦笑いをするしかなかった……。




【2】



 3時間目の授業が終わり、私は校舎をそっと抜け出した。


 正門のところに臨時の掲示板が設置されており、合格者の受験番号が模造紙に印刷されて並んでいるのが見えた。


 掲示されてからは時間も経っているし、もう他の受験者たちの姿はみえなかった。


 私が掲示板の所に行くと、塾の関係者らしい姿が見えたけれど、厳しい顔をしていた。私も数分後にはあんな顔をしなければならないのか……。



 ううん、真弥は頑張ったもん。そんなことはない!



 試験後に試験監督も務めた先生に話を聞く機会があった。やはり例年以上の倍率はあったそうで、厳しい受験生が多かったというお話だった。


 意を決して、スカートのポケットから折りたたまれた受験票を取り出す。今朝、それを私に託すとき、あの子の手がかすかに震えていたことを思い出す。



 何度もやめるように言ったにも関わらず、貯金箱からお金を抜いていった真弥の心中を思うと、私が最初に結果を見る立場でいいのか、それすら分からなくなってしまう。


 でも、いつまでも下を向いていては仕方ない。もう一度番号を確認して、掲示板を見上げた……。




【3】



 その日、クラスの中はなんとなく落ち着きがなかった。わたしが受けた学校以外にも、この日は私立中学の発表が集中したこともあって、クラスの中からも何人かが職員室に呼ばれていた。


「遅いなぁ?」


 隣の伸吾くんもずっと気にしてくれている。もう結果は出ているはずだし、他の子が呼ばれているってことは、わたしの結果だって先生はもう分かっていてもおかしくないと思うから。


「えぇ? うん……。もう何人か呼ばれてるんだよね……」


 昼休みになっても知らせは来ていなかった。

 それどころか、受験会場で見た同学年の子がすでに何人か呼ばれて結果を聞いているという内容の会話が聞こえてきたくらい。


「あれ? あれ、姉ちゃんじゃないのか?」

「え? どれどれ?」


 伸吾くんに呼ばれてわたしが慌てて外を見たときには、お姉ちゃんらしい人影はもう見えなくなっていた。でも、あのリボンを付けたポニーテールは間違いないと伸吾くんは自信たっぷりに言うの。もしかしてそれを待っていたってことなの?


「いいよぉ~。帰るまでには分かるだろうから……」


 午後の授業が始まる時間になったけれど、今度は先生がなかなか姿を現さない。

 がやがや騒ぎ出すクラスの中で、わたしはいつも通り窓の外をぼんやり眺めていた。


「葉月、約束守れよな?」

「言わなくたって分かってるよ。逃げないから……」

「おまえなぁ……」


 こんな会話をするのは今日何度目だろう……。

 分かっていたけれど、ついため息が出てしまう。良い知らせならもっと早く聞こえてもいいと思う。それがこんなに遅いってことは、やはりダメだったのかな……。


「また3年我慢しなきゃだめかなぁ……」


 独り言をつぶやく。いくつかの小学校が一緒になるから、このままということはないと思うけれど、わたしのことを知っている子は必ずどこかで一緒になってしまうと思う。そう考えるだけで気持ちが落ち込んでしまう。


「はいはい、もう少し静かにしなさい」


 騒ぎの中を先生がようやく姿を現した

 普段ならみんなを座らせてすぐに授業を始めるのに、教壇を素通りして教室の先生の机に荷物を置いた。


「葉月さん、いらっしゃい」


 先生は、手招きをしてわたしを呼んだ。


「あ、葉月の結果発表だ!」


 教室は一気にしんと静まりかえった。


「みんなの前で発表してもいい?」


「えっ?」


 先生の思いがけない一言にどうこたえていいか言葉に詰まる。

 確かにね、良いか悪いかは抜きにしてもあれだけ注目を集めてしまったのは確かだもん。でも、ダメだとしたら他の子と同じように職員室に読んでくれたほうがよかったな……。


 クラス中の視線がわたしたちに向けられていた。


「葉月さん、おめでとう。女子の合格者はあなただけよ」


「えぇーーーー?!」


 わたしの反応よりも、クラスのみんなの反応の方が早かった。


「しかも、ハンデなしの一般合格ですって。本当によく頑張りました。笹岡学園を受験したのは十人。合格したのは、葉月さんを入れて二人だけでした」


 まだ信じられない……。このわたしが……? その場から動けなかった。


「遅くなってごめんなさいね。これが通知書と学校からの書類一式。連絡は午前中にあったんだけど、さっきお姉さんが届けてくれてね。これを待っていたので遅くなっちゃった。心配かけてごめんなさいね」


 嬉しいはずなのに、今はその実感がなくて……。自分の席に帰って、書類一式が入っている笹岡学園の封筒を見ると、見覚えのあるわたしの受験番号と名前が印刷されていた。


 少しずつ実感がわいてきたみたいで、ひざの震えに気が付いたのは隣の伸吾くんの方だった。




【4】



 自分の席に座って、届けられた封筒をギュッと抱きしめてみる。


「よかったな。これで葉月をバカ呼ばわりするヤツはいなくなるだろう」

「そっか……」


 抱きしめていた封筒の内側にクリップで留まっている紙を見つけた。


 今朝、お姉ちゃんに託した受験票の裏側に大急ぎで走り書きをしたと思われるメモには、『よく頑張ったね。また3年間一緒だよ』とだけが書かれていた。


「お姉ちゃん……」


 さっきの先生の言葉よりも、このお姉ちゃんのメモ書きのほうがわたしの心に突き刺さった。これは現実の事なんだと。無茶だと言われ続けていたけれど、わたしが合格したんだよって。だって、わざわざその書類を届けてくれたなんて、それじゃぁお姉ちゃんは学校どうしたんだろうって……。


 そんなことを考えると、涙があふれてきて止まらなくなってしまった。




 クラスの中に広がっていた興味本位の、わたしのことを笑う準備をしていた雰囲気は消えてしまい、事の成り行きにどよめきが広がっていた。


「おい成田! 葉月は約束守ったぞ。おまえどうするつもりだよ?」


 伸吾くんは教室の後ろの方でひそひそ喋っていた彼らを睨みつけた。


「ど、どうするって」


 仕方ないよね。みんなのなかではこういう結果になるなんて絶対に予想していなかったと思う。

 でも、先生の言葉だけじゃなくて、わたしの手元にある封筒が何よりもの証拠だ。


「ふざけたこと言うんじゃねぇ。あれだけ散々バカにしてきたじゃねぇか。俺は葉月に今日学校休めって言った。でも、こいつはおまえらに約束があるからって学校来たんだぞ。よっぽど葉月の方が堂々としてるじゃねぇか。おまえらが葉月にしてきたこと、よく考えてみろ!」


「もういい……。もういいよ……」


「葉月、おまえいいのかよ? あんだけバカにされて、悔しかったって言ってたじゃねぇか。泣いてたじゃんか。あいつらにきちんと謝らせなくちゃ気がすまねぇ」


 先生が荒げる伸吾くんを押さえて、クラスのみんなに向かって言った。


「坂本君、もういいわ。みんな分かった? 人が嫌なことをし続けていると、結局困るのは自分なのよ。葉月さんは努力して自分で結果を出した。成田君は葉月さんに何でもするって言ったわね。葉月さんのお願いを聞いてあげてもいいんじゃないかしら?」


 そんなこと、すっかり忘れていた。わたしが結果を出した時の事なんて自分だって考えられなかったんだもん。


「いいよ。なんでもしてやるよ」


「先生、そんなこと言わないでください。わたしなにもいらないです……」


 

 突然なにが欲しいといわれても、そもそもこんな展開は想定外でなにも考えてはいなかったし。それに自分が欲しいと思うものは、他の誰かがどうにかできるものではないものばかりだということを、自分が一番よくわかっている。


「本当に?」


「欲しい物はなにもないです。じゃぁ……」


 わたしはこれまでの学校生活を振り返って、ひとつのことをお願いすることにした。


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