2話 誰にも言えない理由
【1】
11月も後半になってくると、6年生のわたしたちは少しずつイベントが増えてくる。
卒業アルバムの写真を撮ったり、文集を作るための作文書き、下級生への記念品を作ったり……。
こんな作業をしていると、わたしたちの小学校生活がもうすぐ終わりに近づいているんだなと思ってしまう。
そんな時間の中で、今後の進路についての説明の時間があったりもした。
「葉月、ごめんな……。中学一緒に行けなくて……」
作業をしながら、隣に座っている坂本伸吾くんが私に謝るように言ってくる。
「ううん。仕方ないよ。お家の都合だもん。謝ることないよ……」
伸吾くんとは、6年生のクラス替えがあったときに始めて同じクラスになった。
そして、他の男の子とはちがって、わたしの病気のことを聞いてくれてからは、いつもわたしを気にかけてくれるようになった。このクラスの中でも数少ないわたしの味方っていうのが一番近い言い方かな……。
でも、夏休みが終わって学校で顔を合わせたとき、伸吾くんはおうちの都合で、小学校の卒業式が終わると引っ越しがあって、同じ中学校に行けないことを話してくれたの。
わたしも泣くのを堪えていたけれど、それを言わなければならない伸吾くんだって辛かったと思う。だから、必死で泣くのを堪えたよ……。
伸吾くんがいない中学校で、3年間を過ごすのは考えられなかった……。
だからね……、わたしはその頃から真剣に中学受験を考えるようになった。
伸吾くんに責任がある訳じゃないけれど、やっぱり「一緒に行けない」という事実がわたしの判断の中で大きかったのは嘘じゃないと思う……。
【2】
「葉月は、中学行ったら、俺がいなくても頑張れよ?」
「うん……。わたしにできるかな……」
そうだよね、こうやって伸吾くんに守られているのは、今年のクラス替えがあった偶然なんだ。これに甘えていちゃいけないんだよ。
「できるさ。でも、周りがこいつらだったら、最初は大変かも知れないな……」
「あ……。でも、わたし受験するよ?」
「え? 中学、私立行くのか?」
驚く伸吾くんに、わたしは初めて家族と先生以外の人に中学受験を決めたことを打ち明けた。
だって、こんなわたしが中学受験組に加わるなんて、誰も予想していないだろうし、それも志望先が笹岡学園。どこで誰に何を言われるか分からない。
先生も準備が整うまではみんなには話さないようにしましょうと言ってくれたし、わたしもその方が間違いないと思っていた。
「だって……、伸吾君いなくなっちゃったら、わたしひとりぼっちだもん……」
「そうだなぁ。うかるといいな。どこ受けるんだ?」
周りをちょっと見回して、伸吾くんに耳打ちする。
「笹岡ぁ!?」
「ダメだよ。そんな大声で言っちゃ……」
「ごめん。本当に受けるのか?」
頭のいい伸吾くんも驚くぐらいだから、やっぱりむちゃくちゃを言っているのだとわたしも分かる。わたしにいろいろと宿題を教えてくれる伸吾くんでさえ、とても合格圏内に入ることは無理だと諦めていたんだって……。
「うん。落ちたらみんなと一緒。だから内緒にしておかないと……」
仮に、中学に上がって、周囲から受験に失敗したから公立に来たと言われたときに……、それが本当のことだとしても言い返せなくなっちゃうから……。
「他に誰か知ってるのか?」
「ううん、先生と家族と伸吾君だけだよ」
「そうかぁ。それなら応援するよ」
そこで先生が教室に入ってきて授業が始まったから、そのお話は一度そこで中断になった。
【3】
「そっか……、葉月も前を向けるようになったんだな」
「それは大袈裟かもしれないけれど、でも、このままじゃダメってのはわたしも分かってるし……」
伸吾くんが引っ越してしまうというショックはもちろんあったよ。でも、それがなかったとしても、いつまでも甘えているわけにはいかないもの。
ちょうどいいタイミングなんだよきっと……。
「そうか、引っ越しですねている場合じゃないんだよな。葉月の挑戦に比べたらさ。応援するよ」
「うん、ありがと……。伸吾君も引っ越し大変だろうけど、気を付けてね。最近一緒に帰れないんだもん……」
放課後の面談とか、伸吾くんもいろいろと準備があるみたいで、最近はひとりでとぼとぼと帰ることも多くなったよね。
「今日は送ってくよ。そうだなぁ。冬休み明けなんかあっという間だもんなぁ」
「うん。そうだね……」
その日はそのまま下校となって、久しぶりに一緒に帰ることができることになった。
「なぁ葉月?」
「うん?」
「ごめんな。葉月にも迷惑かけて」
「ううん……。大丈夫。私も強くならなくちゃ……」
分かっている。本当は考えたくない現実と、伸吾くんに依存しすぎていたわたし。中学校に進級することで、いろいろと変わらなくちゃならないこともたくさんあるよね。
「葉月は偉いよ。ちゃんと自分で次のことを考えるようになった。それってものすごく大切なことだと思うんだ」
伸吾くんにそこまで言われて、なんだか恥ずかしいような、周りからみたときに、わたしがやろうとしていることの大きさというものに気づかされた気がしたよ。
「でも、卒業式までは一緒だもん。それだけでも嬉しい」
「今から学校変わっても面倒なだけだしな」
そう言っているけれど、話を聞けばお父さんが先に単身赴任で行くんだって。
わたしのために卒業式が終わるまで引っ越しを先送りしたと知るのは、もっとあとになってからだったけれど……。
「また明日ね」
「うん、じゃぁな」
いつもこう言ってお別れするのが、通学路の途中にある児童公園。
わたしが振り返ると、その日は伸吾くんがその場所でまだわたしを見送っていてくれている。だからもう一度手を振って、公園が見えなくなってしまう角を曲がった。




