もしも
ビョォオオ…………
風。
灰色の町。
今なら、
高い高いフェンスから
一歩。
ビョォオオオオ…………………………
落下。
すぐ後ろに壁の圧迫感。
落ちていく
───ねぇ…先生………
───本当は私……
───貴方のことが………
───好きだったんだよ。
『もしも』
「……………………」
夢を見ていた。
灰色の町。すぐそばに灰色の壁。学校。
屋上から飛び降りて、最後にあの人に別れを告げる。
私はその瞬間をずっと待っていたような気がして……あぁ、いや、私は
ずっとその瞬間を待ってる。
朝。晴れ。息がしづらい。
朝日が眩しくて憎らしくてたまらない。
ベッドから無理矢理体を剥がすと、なんで今日も生きてるのかなって思う。
朝ほど死にたいと思うものもない。
ふらふらしながらトイレ行って顔を洗って、その場に倒れこみたいのを我慢してリビングでご飯を食べる。
朝のニュースをぼさっとみながら、あぁー……なんで生きてるんだろー……って。
政治の話はよくわからない。芸能人が不倫しようと興味ない。交通事故は気を付けなよって思って終わり。社会問題なんかされても、この世界はもう滅びるしかないなって思うだけ。
それでも私はなんで生きてるんだう。
ご飯を無理矢理胃袋に詰め込んで、何の価値があるのかもわからない高校に行くために家を出る。
あぁー……死にたい。
もう死んでもいいんじゃないかなって。
なんで生きてるんだろう。
……やっぱり……先生がいるからかな。
ガタン……ガタン…………ガタン……ガタン…………
子供の頃は電車からの風景が好きだった。
今も、たまにだけど、電車の窓から世界をみてると気づいたら駅についている時がある。
でも、今ではほぼ只の睡眠時間だ……。
特に朝。
席の端の方に座って、無様にぐだっと体を右や左や前に曲げて仮眠する。
今寝たら朝の続きがみられないだろうか。
もしも私が飛べたなら……ずっとずっと飛べていたなら……先生のことを思いながら最期の瞬間を永遠にすることが、できたなら………………………。
『……前、…学校前です』
「…………っ!」
着いてる!?
ヤバっ…!
私は電車から飛び降りた。
起きたときに目は驚きですぐに見開けたにも関わらず、体は座席にぐっと引っ張られているかのように重くて、更に電車から降りるとまたその場に倒れたくなった。
椅子に座って休憩してもいいのではないかと本気で思えた。
しかし、そうすれば私はだらだらと意識をとばしてしまって何時までも椅子に張り付くこととなるだろう。
それは、いけない。
私は死んではいないのだから。
死を望めるうちは生きている。これが、私の中の真理。
先生がいるから私は生きている。という主張。
だから、私はだらだらと足を動かす。ゾンビのように。人形のように。一つの主張のためだけに。
それでも、私は生きている。
もしも仮に、私が死んだあと、私が幽霊になるとわかっていたなら、私はもっと楽に息をしているだろう。
教室の後ろの席で、肩肘をついて息を吐きながら体が重さがとれないのを感じ、面白くない授業を聞いたそばから忘れることに、この上ない苦痛を感じることもないはずだ。
別段苛められているというわけではない。家計が苦しくてバイト三昧だとか、特別成績が悪くて将来が今から危ういとかでもない。
ただ、言えることは、苦しいことが無くても人は死にたくなるということだ。
むしろ、もっと正確に表現すれば、幸福がこの先も得られないだろう予感に耐えきれないだけかもしれない。
私はこの苦痛に満ちた世界からログアウトしたいだけだ。
『じゃあ、死ぬしかないね』
声が聞こえる。
私が生きている理由。
未だに頭に響く先生の言葉。
先生は生物の先生でもあり、私の所属する文芸学部の顧問でもあって、イラストや小説なんかのアドバイスやチェックをして貰っていた。
茶色い傷んだ髪、浅黒い肌、部室に入るといつも白衣姿でタバコを吸いながら座っている先生。
『タバコ吸うにはここが一番いいんだよ』って振り向きながら言う姿が今でも焼き付いている。
部員は多くないし、毎日活動してる人なんていない。先生も家に帰ればいいと思うのに、なぜかあの場所で先生はタバコを吸っている。
キーンコーンカーンコーン
昼休みになるというのに頗る眠い。きっとお弁当を食べたらもっと眠くなるだろう。
どうせその場で一人で食べるのだから、そのまま寝てしまおう。
机にかかっている鞄からお弁当を取り出して胃に詰め込むだけの作業。
昼はお腹が減っているから、ちゃんと味がして、なんだか生きていることを突きつけられるようで辛くなる。
私の何が生きているって言うんだろう。
生きようとは思う。
でも、半分死んでいるような、そこから抜け出したくないような気もする。
永遠に眠っていたいと、今でもそう思う私はやはり、生きていても死んでいてもかわらないように思える…。
死ぬしかないね、先生に言われたあの言葉が、今も私を生かしている。
もう生きていたくないとこぼしたときに言われた一言。
正直、あれは震えた。
なんて、絶望的な一言なんだろうと思った。
この先生は私が死んでもなんとも思わない。
それが例え、自らの言葉が引き金だったとしても。
震える。
あぁ、やっぱり先生はこうでなくちゃ。
やっぱり先生は最高だ。
私の心は打ち砕かれる前に、先生から存在ごと消されてしまう焦りと、先生への称賛でいっぱいだった。
部員の一人として、先生と接する機会は他の人よりも多い。そのことすら一瞬にして無に消える。突きつけられる事実に心は静かに荒れながらも、もう私は降りられない。
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……
あー…授業が始まる。
放課後は先生のところへ行こう。
あぁ、とても死にたいと思う。
でも、ちゃんと生きなければとも思う。