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24話

 ネーヴェと魔王に斬り合いは壮絶だった。魔王の固い防御もネーヴェなら突破する。サクッと腕を飛ばし、首を半分切る事もあった。それは、魔王の側も同様だったが。

 もはやあれは人間の戦い方じゃない。人間じゃ、ない。ゆきちゃんはすでに人間ではなくなっている。凶暴な獣より、もっと性質が悪い。

 魔王の魔法を避けつつ、援護に回る。


アルリリア/井上優樹

LV:160

15/魔王/火・水・風・土・闇/混濁

攻撃力:70「ストレング」+1067

防御力:32「ディフェンス」+965

魔法攻撃力:1460

魔法防御力:1570

速さ:102「スピード」+75

技巧:543

魔力:43070

『絶対服従』『理への反逆』


 ネーヴェの攻撃で、これだけ削られた。魔王もネーヴェの攻撃だけはやり辛そうにしているみたいだ。まだまだ強い事に変わりはないが……。……また身体強化魔法つけたしているな。あれが厄介だ。魔王の魔力がなくなればいけるんだろうが……。

 ある程度ネーヴェが削って、後ろに下がってくる。次は休み終えたグレアム達の番だ。交互に攻撃していって、削っていく。


「ふぅ……まだか」

「ええと……43070です」

「あははっ……うん、規格外だな」


 思わず、といった風に笑ったが、すぐにげんなりした顔になる。自分の手をニギニギと握って、溜息をつく。


「……まだ、いける、か……?」


 とか小さく呟いているので、不安になる。


「もう、やめ……」

「あははははははっ!」


 やめといた方が良いんじゃないか、と口にしようとしたが、魔王の甲高い笑い声で遮られる。神経を逆なでる様な笑いに、イライラする。

 こいつのせいで、こいつがいたせいで、ゆきちゃんが、ネーヴェが、皆が、苦しんでいる……!どうしてこいつはこの世界に生まれて来たんだ!


《さぁ、踊りましょう?》


 頭がガンガンと痛み、全身に寒気が走る。


「……傀儡を使ったな」


 全身に鳥肌がでた。

 でも、何故だろう、ネーヴェが使った時の傀儡と、音の響きが違う気がした。

 魔王は全員がいう事をきかないのを見て、首を傾げている。


「……?まぁ、いっかぁ……」


 ニヤリと凶悪な笑みを湛えて、パチンと指を鳴らす。あの仕草は何か命を奪うほどの魔法を使う時だ。さっき岩の魔法を使った時のように。

 しかし、周りを警戒してもそれらしきものは見当たらない。


「クスクス……さぁ、舞台は整ったわ。さぁ、勇者様、私と踊りましょう?」


 優雅に礼をして、その瞳に捉えられる。


「……不味いな」


 ネーヴェが冷や汗を流して、魔王を睨みつけている。周りを見ると……全員が硬直して動かない。


『理への反逆』:固定「バインド」


 バインドだと……?まさか、全員分止めたっていうのか!?全員がその魔法に縛られている。バインドってちょっとだけ停止させる魔法じゃないのかよ!?


アルリリア/井上優樹

LV:160

15/魔王/火・水・風・土・闇/混濁

攻撃力:70「ストレング」+1067

防御力:32「ディフェンス」+965

魔法攻撃力:1460

魔法防御力:1570

速さ:102「スピード」+75

技巧:543

魔力:21570

『絶対服従』『理への反逆』


 魔力がガクッと減っている。が、2万も残っているのだ。そして仲間が止まってしまっているこの状況……かなり不味い。

 固まってしまった仲間の顔色は悪い。


「俺が魔王を削る……ここぞというタイミングの時に魔術陣を落とせ」


 剣を構え直し、魔王の所に足を踏み出す。


「ね、ネーヴェは……?」


 歩き出したネーヴェに情けない声をかける。

 ネーヴェが動いているのが気に食わないのだろう、魔王がネーヴェを睨みつけている。


「大丈夫、避けるさ。なんの為の闇移動だよ」


 ああ、そう、か。なるほど。ギリギリになって避ければいいのか。

 ネーヴェが走り出して、魔王と斬り合う。

 近くで斬り合っては固まってしまった仲間に被害が及ぶと思ったのだろう、ネーヴェが引き離してくれる。流石に俺だけでは仲間を守りきる事は出来ないので、それは助かる。俺はネーヴェと魔王の戦いについていき、タイミングをはかる。

 ガリガリと魔力が削られていっている。しかしタイミングが分からない。ネーヴェも焦っている。

 俺も、変な汗が止まらない。いつネーヴェが消えるか分からない。消えて欲しくはない。ただでさえゆきちゃんと同じ姿なのに。

 どこだ、どこで落とせばいい……?


 ガキィン!


 金属の音が鳴り響く。

 ネーヴェが魔王の剣を弾き飛ばしたのだ。

 魔王が剣を取ろうと手を伸ばしたが、ネーヴェが魔王の腕を掴んでとめる。ネーヴェと目があった。

 今か。

 俺は頷いて、そこに大量の上級魔術陣をばら撒いた。すぐに仲間の所に光で移動し、爆発する事を念じ、結界を張ろうとした。

 魔王とネーヴェは、魔術陣の渦の中にいた。

 魔王は目を見開いて、ネーヴェを見つめている。

 ネーヴェは魔王の腕を持ち、実に爽やかな笑顔を浮かべている。あの笑顔は、ゆきちゃんが心底楽しんでいる時の笑顔だ。つまり、ネーヴェがとても楽しんでいるという事。

 全てがスローモーションのように見えた。ハラハラと落ちていく魔術陣の中に2人。笑顔のネーヴェと、ネーヴェを引き剥がそうと必死になっている魔王。掴まれた魔王は、闇移動が出来ないみたいだった。これなら、魔王に当たる、でも、彼は―――?

 全力投球の魔術陣を受けて、彼は果たして無事でいられるだろうか。……いや、限りなく低い。

 いつになったら彼は避ける?魔術がもうすぐにでも発動する。

 爆発する直前に、彼と目が合った気がした。何かを呟いた。だが、何を言っているのか聞こえなかった。読唇術を持っている訳でもない。


「~~結界!「魔力」!」


 俺がそう口にした瞬間、結界の外が真っ白に染まった。地面が揺れ、立っていられずに転がる。

 ゴォオオンと、世界を破壊していると錯覚するぐらいの轟音が鳴り響く。

 ビリビリと結界を揺らしている。これ、俺だけの結界で耐えきれるのか!?……いや、普通に耐えられないと思うけど、どうして耐えきった……?あまり苦もなく、耐えきったぞ。

 結界をよく見ると、『理への反逆』スキルが見えた。

 ―――ネーヴェのものだった。

 轟音が収まり、周囲を見渡す。しかし、もうもうと立ち込める煙の中、誰がいるのかも分からない。

 ネーヴェは?どうなった!?あいつ、勝手にあんな……!避けるって言っていたのに!ネーヴェは避けるつもりなどなかったのだ!

 結界内の仲間がまだ停止しているって事は、まだ魔王が生きているという事だ。まだ、生きてるのか……!くそ!

 ギリという音がするくらい歯を噛みしめる。


『警戒を怠るでないぞ』

「~っわかってる!!」


 八つ当たりぎみに怒鳴りつけて、剣を構える。じわじわと視界が晴れて来て、魔王の姿を探す。

 胸がギリギリと締め付けられて、吐いてしまいそうだった。ネーヴェ、くそ、なんで……だい、じょうぶだ。きっと。

 強力な結界魔法を施し、尚且つ魔術陣の攻撃を中心で受けたネーヴェは絶対無事では済まされない。それが分かっていて、それでもきっと大丈夫なんだと自分を言い聞かせる。

 ああ、分かっている。あそこで魔王を止めておかないと、魔王も闇移動していたかもしれないのだ。ネーヴェが避ける時間があるなら、魔王も避けられるのだから。魔王は、ネーヴェに掴まれて動けないように見えた。もしかすると、闇や光属性で移動出来る者と接触していると、移動出来なくなるのかもしれない。

 そこに、ふわりと魔王が空からゆっくりと下降してくる。見た目には怪我をしていない。まさか、避けられたのだろうか。

 剣を持つ手が僅かに震える。


アルリリア/井上優樹

LV:160

15/魔王/火・水・風・土・闇/混濁

攻撃力:70「ストレング」+57

防御力:32「ディフェンス」+26

魔法攻撃力:1460

魔法防御力:1570

速さ:102

技巧:543

魔力:2890

『絶対服従』『理への反逆』


 おおっ……!削れている!さっきの、当たったんだ。ネーヴェが止めていたんだろう……だが、そのネーヴェの姿はどこにもない。

 剣を握りしめる手に力を込めて、魔王を睨む。……ゆきちゃんは、ずっとこの最悪な魔王と戦っていたのか。

 魔王は不思議そうに自分の手を開いたり閉じたりしている。

 ……魔法攻撃力は、勝てそうにないが。物理攻撃力なら勝っている。それに、速さは同等か……。魔法をモロに食らわなければ、勝てる……か?光属性の攻撃で、かなりの魔力を消費させることが出来たのだ。このままいけば、殺せる。

 じりじりと魔王に近づくと、魔王の澱んだ瞳がこちらに向いた。ニヤリと嗤っていた……こんな笑顔、ゆきちゃんはしない。

 お互い、黙って剣を構える。

 次の瞬間、金属が打ち合う音が響いた。

 鍔迫り合いをし、魔王の顔がすぐ近くに見える。人形のような顔をしたその瞳に生気の色がない。それがより人形のような雰囲気に拍車をかける。本当に人形とでも戦っている気分だ。

 ゆきちゃんの動きはネーヴェと戦って分かっている。それに、ネーヴェの時よりも動きが遅いから、対応が楽だ。しかし、全ての攻撃が命を狙っている事に変わりがない。冷や汗が凄い出てくる。


「うあっ!?」


 後ろから魔法を食らって転げる。目の前がチカチカする。


『移動しろ!』


 エイリスさんの声を受けて適当な場所に移動する。


「―――!」


 適当過ぎた。空中へと放りだされた。丁度魔王の真上。恐らく先程まで俺がいたであろう場所に剣を突き立てていた。やっべぇ、死ぬとこだった。

 そのまま降りて、魔王に剣を振り下ろす。

 俺の存在に気付いた魔王が後ろに下がって避ける。


 ざしゃ!


 無事着地。結構高めの所から降りたのにもかかわらず、どこも痛めていない。ステータスがあがった御蔭だろうな。

 着地して、すぐに横にステップして魔王の攻撃を避ける。


「ちっ!」


 避けた先に魔法の文字が見えたので、切り裂く。

 爆発の煙から魔王が突きを出してきた。慌てて軌道を変える。剣が擦れて火花が散る。ぞわりと背筋に嫌な予感がしたので、光移動する。案の定、さっきまでいた場所に魔法が発動していた。

 戦闘に全神経を集中させる。右から魔法文字、上の魔法は止められない回避、前方から魔王の剣……を光移動で避けよう。

 光移動した先に、すでにもう魔王が到着していた。


「でぇっ!?」


 ガチン!という音がなる。冷や汗が出た。なんで出る場所把握してるんだよ!どんだけの能力持ってるんだ!俺が剣を振るうと、すっと闇に消えた。

 剣を強く握りしめ、魔王の攻撃に備える。

 風が動いた。後ろを振り返ると、魔王が眼前まで迫っている。

 あわてて後ろに下がろうとしたが、足がもつれてこけた。パッとみると、足にはツタが巻き付いていた。魔王の魔法か!

 仰向けに倒れた俺に魔王が剣を振り下ろす。ギチギチという音を立てて、どんどん押されていく……馬鹿な、力は俺が上のはず……まさか、身体強化魔法を使ったか!

 とても楽しそうに笑いながら、俺を追い詰めていく。

 殺さないといけない。ゆきちゃんをここで止めなければならない。苦しんでいるんだ、彼女は。こんな事したくないはずだ。

 ……殺す。

 殺す、殺す、殺す、殺してやる。

 俺が魔王を睨みつけると、何故かうっとりとしていた。本当に嬉しそうだった。少しだけ込められた力が緩んだ気がした。

 その瞬間、光移動して、魔王の後ろに出る。

 魔王の背中を斬りつける。鮮血が飛び散った。


「くっ……ふ、うふふ……楽しいわね」


 痛みに顔を歪めながら、嗤っていた。……狂っている。もう彼女はいないんだ、こいつのせいで、ゆきちゃんは……。

 俺は魔王の後ろにナイフを出して、何個も突き刺した。すると、慌てたようだ。少し体勢が崩れる。

 その隙をついて剣を払い、彼女の体に剣を入れる。


「―――っ!」


 魔王は驚きに目を見開く。俺の剣が魔王の肩を深く抉る。魔王は少し距離を取ろうとする。

 けれど、俺は避けた先に魔術陣をばら撒く。魔王は慌てたようにそれの多くをいなしていく。だが、そうしている間に俺が斬りかかる。


 これで、終わりだ。

 これで刺せば、もう……。


「―――鏡夜!!」


 その呼びかけに、俺の剣がピタリと止まった。魔王は尻餅をついた状態で、こちらに恐怖したように見上げていた。俺の剣は、彼女の喉にピタリと突き付けられている状態だった。

 光をともしていない、真っ暗な瞳と目が合う。


「鏡夜……やめて?痛いよ……どうしてこんな事……」


 彼女が俺に話しかける。

 甘えるように、縋るように、求めるように。


『ヒイラギ!聞くな!こいつのいう事など―――』

「ねぇ、今度お祭り行こう?ビックリするほど日本と同じ祭りをする所があるんだ。花火とか見てさ、炎色反応当てたりして。大分時間が経ってるから私が不利だけど―――」


 脳裏にあの日の祭りが蘇る。とても幸せな時間。


 ―――綺麗だ。


 と、あの時、貴方を振り向かせて、目を見て真っ直ぐ言っておけば良かった。花火が綺麗なんじゃない。花火に照らされた貴方が綺麗なんだと。

 あの時に帰れるだろうか?

 あの日はとても幸せで、穏やかで、甘かった。帰れるなら帰りたい。君と過ごした日々を、また。


『ヒイラギ、しっかりしろ!』

「だからさ、もうやめよう?な?鏡夜とは仲良くしたいし、親友だろう?」


 魔王が笑って俺に手を差し出してくる。

 甘い甘い誘惑だった。彼女は確かに井上優樹で、生まれ変わりで。

 俺は知らず笑っていた。


「それは、素敵な勧誘だ」

『―――ヒイラギ!?』


 エイリスさんが悲痛な声を上げる。

 剣が段々と下へと下げられていく。

 喉から鎖骨、胸―――。

 そう、彼女はゆきちゃんの生まれかわりなのだ。容姿は変わったかもしれない。黒い髪と瞳は変わらないけれど、随分と綺麗で、幼くなって、そして女性的になっている。ああ、ゆきちゃんと過ごすなら、どれだけ甘い世界なのだろう。


「――――だから」


 俺はしっかりと彼女を見据え、剣を強く握り込む。

 どこまでも優しくて、正義感が強くて、甘え下手で。自分の事はおざなりで、誰でも助けて笑いかける。それが彼女……井上優樹なのだ。

 だから俺はしっかりと彼女の顔を見て睨みつける。


「お前は……ゆきちゃんじゃない」


 俺は彼女の心臓に剣を突き立てた。手に、肉を切る感触が伝わってきて、嫌悪感に満たされる。目を見開いて俺と剣を交互に見て、剣を抜こうとする魔王。じわり、じわりと血が染み込んでくる。

 口から血を吐きだし、剣の刃を握りしめて俺を睨みつけて来た。俺は、そんな魔王の様子を、ただ見つめていた。こんな目で睨みつけてくる人間は、ゆきちゃんじゃない。だから、俺は大丈夫なんだ。

 ゆきちゃんは命乞いをしてくるような人間ではない。自分が死にそうな時でも、人の心配をするような、馬鹿なのだから。

 俺は剣をさらに奥へと突き出した。ズッ……と体を貫通して、背中から切っ先が顔をだす。刃が血にまみれ、魔王の命を奪っていく。

 すると、僅かに抵抗していた魔王から体の力が抜ける。地面へと崩れていくのを、俺は背中に手を添えて支えた。

 ふと、目が合った。

 どこかぼんやりとしていて、でも冷たさが感じられない。

 彼女が、ふっと息を零して口を緩ませた。

 息が詰まった。

 ドクドクと心臓が音を速める。

 この表情、笑い方は、まさ、か……。


「ゆ、き、ちゃん……?」


 まさか、まさか、まさかそんな。

 信じられないという気持ちで、呼びかける。

 俺の言葉に、彼女は目を丸くして……苦笑した。

 まるで『困ったな、知っているんだな』という心の声が透けて見える。


「鏡夜」


 頭が痺れたような感覚にさえ陥った。

 ああ、ああ、ああ……!ゆきちゃん!


「……あの、子は、無事?」


 あの子ってあの子って誰だ。俺は必死に彼女の手を握る。暖かく、でも僅かに握り返してくれた感触に、歓喜する。この柔らかい顔は、彼女だ!会いたかった、ずっと会いたかった彼女だ。叫んでしまいたい気持ちを抑えて、彼女の全てを見逃さないように集中する。


「トラッ、ク、突き、飛ばした……みん、な、も」

「ああっ!助かったよ!良いから喋らないでくれ!仲間も、全員無事だよ!」


 ゆきちゃんが最後に助けた女の子の事か!あの子なら無事だよ!泣いて感謝してたよ。良いから、もう喋らないでくれ。もっと長く一緒にいたいんだ。やっと会えたんだ、こうして話が出来たんだ。凄く嬉しいんだよ、ゆきちゃん。

 そうしている間も、彼女の胸から、口から、ボタボタと鮮血が落ちていく。そうだ、今、回復魔法をすれば間に合う。マリアに頼めばいい。

 立ち上がろうと思ったが、そっと頬に手を添えられて目線で止められた。彼女はこれでいいんだと苦笑した。

 彼女は死を望む。ここで回復させては、戦った意味がなくなるのだ。体から血の気が引いていく。このまま彼女の死を、待つしかないのだ。

 それが魔王の運命だった。

 その運命は俺が来た時には決められていて、どうしようもなくて。

 痛い……胸が掻き回されたように痛い、苦しい。


「ゆきちゃ……」

「泣か、ないで……笑って」


 なんという無茶ブリなのだろう。今この状況で笑えない……笑えないよ、ゆきちゃん。

 優しく俺の頬を撫でる。その手をしっかりと握る。ああ、愛おしい。何もかも、全て。だから、死なないでくれ。

 頼む、頼む、頼む、頼む、頼む……。

 生きて欲しい、ああ、ダメなんだ。ゆきちゃんは死なないといけないんだ。どうすれば良かったんだ。俺は、どうすれば良かったんだよっ!!

 俺の心情を察したのだろう、ゆきちゃんは笑った。


「……《生きて》」


 『絶対服従』の魔法の文字が躍る。狂った魔王が使った時は、虫唾が走った魔法なのに、この魔法は暖かい響きを持っていた。光属性持ちの俺に、闇属性の傀儡術は効かない。効かないけれど……なぜかその魔法に縛られた気がした。

 その言葉を最期に、ゆきちゃんは瞳を閉じて、手がだらりと力なく落ちた。


「……ゆきちゃん?」


 肩を揺するが、目を開ける事はない。体全体が力を失くし、重さが増したような気がした。

 静寂。

 何の音もしない、彼女の心臓の音も、ない。

 彼女の顔が、静かに眩しい光に照らされた。


「……あぁ」


 俺は空を見上げた、溜息が零れた。空が、晴れていく。まるで祝福しているかのように、太陽が彼女を照らし出す。

 真っ赤な血の海に沈みながら、彼女は死んだ。ゆきちゃんが死んでしまった。俺が剣を刺したから、俺が殺したんだ。俺が。ああ、ああ……。


「ああっ―――ぅああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺は彼女を掻き抱いて絶叫した。

 俺の体が血に濡れて行くのを感じた。彼女の血はまだこんなにも暖かいのに、もう目を覚ます事はないのだ。

 彼女から、刻一刻と体温が奪われていく。彼女の体を温めようと、必死で抱きしめる。

 嫌だ、いやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいかないでくれ!俺を置いていかないでくれ。

 目が覚めて真っ先に助けた女の子や仲間の事聞く様な人間がなんでこんな事になってるんだよ!?意味が分からない、助けてくれよ。なんでなんだよ。違うだろう!もっともっと死ななきゃならない悪党なんて腐るほどいるのに!どうして彼女が死ななくちゃいけない?どうして彼女が殺されねばならない?

 ああああああああああああああああああああああっ。


 長い間空を覆っていたドス黒い雲が晴れていく。世界が歓喜に震えた。そして、俺は悲しみに震えた。雲が晴れていくごとに彼女の体からは暖かさが抜け落ちていく。

 血が流れ落ちていく。それは命だった。彼女の。どうしようもない。彼女の満足そうな笑みを見つめる。とても、満足そうで、穏やかだった。

 自分だけ、こんな不幸になっても、幸せそうに笑う。それが彼女だった。誰よりも他人の幸福を願うそれが彼女だった。

 俺は彼女の頬についた血を指で拭う。でも、俺の手も血で真っ赤で、より汚れてしまった。

 ああ……それでも貴方は綺麗なんだな。

 ポタリと俺の涙が彼女の瞼に落ちる。すぅっと涙が彼女の顔を伝って落ちていく。まるで彼女が泣いているようにも見えた。

 貴方は泣かない。どれだけ心の内で泣いていても、決して涙は零さない。

 そんな強さを持った君が。


「ゆきちゃん……貴方が好きです」


 冷たくなってきたその唇に、口づけを落とした。

 彼女の唇は、血の味がした。

ヒイラギ鏡夜キョウヤ

LV:70→102

17/勇者/火・水・風・土・光

攻撃力:570→920

防御力:421→776

魔法攻撃力:669→1009

魔法防御力:322→507

速さ:102→132

技巧:175→180

魔力:4243→6654

『救世主』『神々の祝福』


道具箱使用可能。(遠隔攻撃使用可能)

念写スキル使用可能。

光属性の攻撃魔法使用可能。

回復魔法使用不可。

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