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22話

……マリア視点……


「欲しい」


 水の精霊王、シャルル・ルーボンはニヤリと笑った。全身から自信が溢れだしている女性だった。

 私は精霊王の加護を欲した。水の無詠唱が可能となる事で、誰かの傷を簡単に癒す事が出来るようになる。

 だから、彼女の加護に何か魔王を救うヒントがないか確かめたかった。

 全て無意味だったけれど。

 精霊王に様々な所をまさぐられてまで手に入れたのに、これでも魔王は救えなかった。水属性程度では、闇の暗さを払えない。

 魔王の闇は深い。

 魔王は孤独にその闇と戦い続けている。アルはずっと暗い道を彷徨い続け、やがて死に絶える。

 そんなのってないと思った。

 彼女は精力的に人を救っていた。孤児も救った。船も、奴隷として攫われた子も―――そして、私も。

 彼女の行いは誰に咎められる事もない。むしろ英雄と呼ばれ称えられるほどの事だろう。なのに、彼女だけが救われない。

 彼女は沢山の人間を助けていたのに、アルだけが殺される。

 世界の大罪人として、殺されるだろう。


 ―――何が聖女なの。


 大切な恩人、仲間を救えなくて、何が聖女なのだろう。

 悪夢に苦しみ喘ぎ、私たちを守ろうと必死だったアル。どうして、なんで。

 でもギルの方がよっぽど辛いだろう、アルの事が好きなのだから。

 彼が真っ直ぐに黒い雲を見つめる目はいつも苦し気で、切なそうで、寂しそうで。もしギルが闇に堕ちてしまったなら、私なら狂う。もっと喚いて、泣いて、叫ぶ。それはとても醜い姿なんだろう。

 アルが死んだら、私にも目を向けてくれるだろうか、なんて死にたくなるような考えまで湧きあがってくる。だから私はもうギルに想いを伝える事はないだろう。

 相手の弱みにつけこんで、騙して依存させるなんて卑劣な事、私はやりたくない。私がギルに想いを伝えたら、きっと腐れイカレ神官と同じ所まで落ちるだろう。私は、あいつみたいにはならない。なりたくない。

 私がギルの弱みにつけこんだら、もうアルに顔向けが出来なくなる。ギルと両想いになっても、きっとずっと後悔する。ギルに愛を囁かれたら、アルの顔がチラつく。「お前はその為に私を殺したのか」って言われる気がした。

 ブルリと震えて自分の体を強く抱きしめる。

 ううん、アルはきっとそんな事言わない。

 殺してくれて、有難う。ギルが好きなら、彼と幸せになると良い。と、笑顔で言ってくる。もしアルがギルを愛していたとしても、変わらず笑顔で言ってくるだろう。彼女はそういう人間だった。

 顔向け出来なくなるのは、私の心がとても醜いからだ。アルが私を恨むはずがないと分かっているのに、私は恨まれると感じてしまう。頭では分かっているのに、心が追いついてくれない。

 彼女の美しさが、私の醜さを映し出す。

 本当に、どちらが聖女か分かったモノではない。

 私は薄く嗤った。

 魔王の闇は深く、濃く、どこまでも堕ちていく。歴史上、魔王を救えたためしなどない。魔王を殺し、世界を救うか。魔王を生かし、世界の滅亡を望むか。私達の選択肢は、それだけしか残っていない。

 そしてアルは迷わず魔王を殺す事を選ぶ。自らの死を願う。笑って死んで行く。私達が死ななくて良かった、と胸を撫で下ろしながら。そして私が酷く惨めな存在に成り果てる。


「ああっ……!~~~っぅ!!」


 頭を抱えて地面に転がる。服の汚れなんて、もうとうの昔に気にならなくなった。

 聖女が何をしても、アルが帰ってこれない。

 どんな書物を探しても、魔王が死んで行く。それがとても怖かった。

 アルのいない世界で、皆はどうなる?

 雲の薄暗さがなくなって、晴れて、果たして私たちは笑える?……無理。私達はいつだってアルの傍にいたんだから。彼女がいないと、きっとうまく笑えないだろう。

 ふとした拍子にいない事に気付く。胸にぽっかり穴が開いてしまったように、呆然とそこに立ち尽くすだろう。

 怖い、怖いの。今まで人の死を、こんなに怖がったことはない。

 いなくちゃならない人が、どうして。


「ま、マリア!」


 私が地面で呻いていると、ギルが慌ててこちらに駆けよる。


「近寄ら、ないで!」


 私の叫びにピタリと止まる。伸ばした手の終着点が無くなり、うろつかせてる。

 ズキズキと重い痛みが走る胸をおさえて、立ち上がる。もう土で汚れまくっている。土を叩いて、ギルを見る。

 ギルに頼るのは簡単だろう、彼は優しい。でもそれじゃあ救われない。私の心も、彼の心も。お互いが傷をなめ合うのは簡単、男と女だもの。でもそれじゃあ何も報われない。


「なに」

「何ってお前な……マリアが倒れているって心配で来たんだぞ」


 確かに地面に転がりながら叫ぶのは心配にもなるだろう。今でも叫んでしまいたい。手が震える。


「別に」

「お前なぁ……」


 私の最大級の虚勢。私はもうギルに甘えない。

 ギルも誰かに甘えない。

 ギルを利用するのは、アルを侮辱しているように感じた。ギルのアルへの恋情も踏みにじる気がした。

 アルが死ぬ恐怖から逃れる為に、私が死ぬのは簡単。この恐怖と共に生き残る事こそ、アルの望みなのだろう。死ぬよりももっと大きな覚悟と決意が必要な選択だった。まさか、生きるのがこんなに苦しくなるなんて。

 王城から逃れてきた時よりも、余程苦しかった。誰かを憎めば良かった。殺してしまいたいという欲望をぶつければ良かった。でも、これはどうする事も出来ない。

 魔王を恨もうにも、アルと同じ存在になっている。殺そうと思ったら、アルを殺さないといけない。アルがいなくなった心の穴は塞がらない。どうしようもない。何も出来ない。ただ耐える事しか出来ない。


 気が狂いそうだった。

 ―――殺さないと。殺さないと、殺さないと殺さないと殺さないと。

 大切な仲間が欠けてしまうという恐怖を、彼女にだけは味わわせてはいけない。ずっと悪夢に魘される彼女の夢を実現させてはいけない。

 私が今感じる絶望は、彼女がずっとずっと味わって来た恐怖だった。いや、私なんて甘いのかもしれない。彼女はその恐怖を何度も味わってきたのだから。でも彼女はギリギリまで悟らせることはなかった。平然と穏やかな笑みを浮かべて、私の頭を撫でる。その身が焦がされようとも、私を抱き留める。

 私はギルに背を向けて歩き出す。なんだか知らないが、ギルが付いてくる。


「なに」


 イラッとして声がトゲトゲしくなった。


「いや、本当に大丈夫かよ」

「どうでも、いい」


 私の事なんてどうでも良い。魔王を助ける事の出来ない無力な聖女なんて気に掛ける必要はない。私のどうでもいいという発言に、ギルは眉を寄せている。

 そうだ、世界を救ったら、旅にでも出よう。各地で子供を助けたりして、罪滅ぼしをしよう。誰かを救う事で、アルを殺した罪から逃れたい。


「そんな訳あるか……仲間だろう?」

「……」


 腕を掴まれて、立ち止まる。

 仲間、そう、彼にとって私はただの仲間だ。

 その手を振り払う。私の拒絶に、少し驚いている。アルに同じ事をされたら、きっと傷つくだろうに。私とアルとの差がここでも思い知らされる。

 そうだ、旅は良い。何もかも忘れて、全てが癒された頃に、ギルと会おう。そうしないと、仲間という立場すらも壊されるだろう。この恋情も、その頃にはきっと風化しているだろう。ギルも誰かと婚姻して子供を作るかもしれない。そんな未来も良いような気がしてきた。

 ただ、自分が幸せになる未来が上手く描けない。

 リョウはきっと死ぬ。あの子は弱いから、狂ってしまうよりはマシだろう。それが楽だなんて誰が想像出来るだろう。あの子はそれでいい。でも、私は……。


「もうすぐ、だね」


 空を見て、呟く。


「……ああ」


 ギルも空を見上げる。勇者は引きこもった後、無事に顔をあげた。ネーヴェという男が勇者を立ち直らせた。どうやったかなんて知らない。彼がアルを倒してくれるなら、どんな方法でも知る必要はない。

 聖女は神ではない。神の使者とも、少し違う。聖女は勇者の手助けをして、魔王討伐の手伝いをすればいい。ただそれだけだったはずだ……それだけだったはずなのに。


「……どうして、こうなったん、だろ。ね……」


 涙が頬を伝う。

 アルと旅してた頃は、ギルを馬鹿にして、お腹を抱えて笑った。ギルはアルを好いていて、真っ直ぐアルを見るギルを好きになった。あの頃は楽しかった。


「……さあな」


 目を細めて、呟く。その瞳に涙はない。枯れてしまったのか、それとも狂ってしまったのか。

 いつから間違っていたのだろう。きっと、出会った時からこうなる事は決まっていたのかもしれない。聖女と魔王という在り方は、未だかつて変わったためしがない。

 運命は正確な道を辿っているのに、私達の歯車は狂ってしまった。

 世界は勇者によって救われるだろう。

 そして、私達の心は死ぬだろう。


 ―――世界なんて、滅びればいいのに。





……主人公視点……



 いよいよ、魔王の城が遠くの方に見えて来た。黒く禍々しい佇まいが印象的だった。RPGに出てくる魔王に似合いの黒い城。これからが最後の戦いだった。魔王との最終決戦がすぐそこまで迫ってきているという事だ。ネーヴェの動きにも多少は慣れて来た。まぁ、まだちょっと甘い所もあるから、もうちょっと頑張らないといけないが。

 切り返しやカウンターなど、動きは把握した、と思う。

 あと無詠唱の魔法だが、俺はこれを発動前に見る事が出来るようだ。発動する場所に文字が見える。

 発動する前に切り裂くとその場で爆発する。中級までなら安全に排除出来るが、上級になってくると暴発の威力が高すぎて吹っ飛ばされる。

 暴発する前に光移動で移動すればいいのだが、どうにも咄嗟に出来ない。何回も繰り返す必要がある。

 っていうか、本当に光移動も出来るようになっていた。キラキラした所を移動すると成功する。あそこから降りたら両足切断だろうな、こえぇ。


「……はぁっ!……はぁっ!」


 息を荒げてネーヴェの傍で地面に転がる。

 別に変な意味ではない。普通に訓練戦闘を行っていただけだ。


「だいぶんサマになってきたな」


 回復されて、息が整う。


「有難う……ゆ、ネーヴェ」


 言い間違えそうになって、ネーヴェが苦笑する。仕方ない、まだ慣れないのだ。見た目はどうしたってゆきちゃんなのだから。まぁ、ステータスにはネーヴェとしか書かれていないから、本当にゆきちゃんではない事は分かる。

 ネーヴェというのは、やはりゆきちゃんとは別人格のようだ。まだ見慣れないけどな。


「そういえばさ、ネーヴェは戦いが終わったらどうするんだ?」


 俺がそう尋ねると、ネーヴェはきょとんとした後……お腹を抱えて笑った。何がツボに入ったのか知らないが、とても楽しそうに笑っているので、俺も少しだけ笑みが浮かぶ。ゆきちゃんの顔でそんな風に笑われると、こっちまで楽しくなってしまうのだ。


「はは、は……うん、そうだな。……あんまり言うと死亡フラグになるから言わねぇ」

「ああ、確かに!」


 そう言って2人で笑った。この話題で笑えるとは、ゆきちゃんの記憶はどこまで引き継いでいるのだろう。そういえばゆきちゃんは、俺の事……どう思っていたのかな。

 少しでも好いていてくれていたのかな。ずっと友達をしていたくらいだ。友達としては好かれていた自信はある。


「ネーヴェ、ゆきちゃんは……」


 ネーヴェが俺の言葉の続きを待って、首を傾げる。

 「ゆきちゃんは俺の事を好きでしたか」。これを尋ねる事は、出来なかった。彼から引き出すのは、何か間違っている気がする。別に振られるのが嫌とか、そういうのではない、多分。

 俺は顔を首を振って、別の質問をしてみる。


「あのさ……ゆきちゃんって……最期、何考えてた?」


 俺の真剣な眼差しを、ネーヴェは真っ直ぐ受け止めた。そして、ふわりと微笑んだ。


「幸福を。……ただ、他者の幸福を願ったよ、鏡夜」


 ……そっか。やっぱりか、ゆきちゃんらしい。もっと自分の幸せを望めばいいのに。もっと自分の事を考えても良いのに。手を伸ばせば、ギルも、マリアも、ラインハルトも……皆彼女の手をとるのに。

 最期まで彼女は彼女らしい。


「……ああ、そうそう」


 俺が俯いていると、やけに明るいゆきちゃ……じゃなくてネーヴェの声がした。顔を上げると、やはり楽しそうに笑っていた。


「俺、この戦いが終わったら……結婚するんだ」

「なにその死亡フラグ」


 やめてよ、そういうの。決戦も近いんだから。質問した俺が悪かったよ。

 ネーヴェは、南西の方角……丁度ブラックフォードだろうか。そちらの方を向いて目を細めている。胸の内ポケットを触って、俺に笑いかけた。


「……冗談だ」


 笑みがどこか寂し気で、不安を煽る。

 いや、最終決戦が近づいていて、不安になっているのだろう。もやもやする気持ちを奮い立たせて、光移動の練習や、魔術を作ったりしよう。

 魔力は寝て起きたら必ず全快している。魔力量も増えて来たので、作れる魔術陣も必然的に増えて来た。最近は接近戦で、ギルやマリアの無詠唱を斬りつける練習なんかもしているので、魔術陣は溜まっていっている。

 もはや俺も把握しきれない程の量になってきたかもしれん。100枚超えてから数えていないけど。やっぱり全部把握しといた方がいいのか。でも、戦ってる時に魔術陣の残り枚数とか的確に覚えていられるかって言われると微妙だ。

 今でも前線だと必死になっているからな。後衛が援護してくれて、やっと様になってきている程度だ。でもまぁ、後ろでビクビクしてた時よりは成長してる、うん。


 いよいよ魔王城に行く事になった。最終ステータスはこれだ。


ヒイラギ鏡夜キョウヤ

LV:70

17/勇者/火・水・風・土・光

攻撃力:570

防御力:421

魔法攻撃力:669

魔法防御力:322

速さ:102

技巧:175

魔力:4243

『救世主』『神々の祝福』



ロイ・ルゥス・コルネリウス/神薙竜輝

LV:85

28/魔法剣士/『監査人』/水

攻撃力:587

防御力:343

魔法攻撃力:589

魔法防御力:398

速さ:120

技巧:442

魔力:4560

『予言者』


グレアム・D・シャルトワ・ボナパルト

LV:90

24/剣士/『戦闘狂』

攻撃力:842

防御力:686

魔法攻撃力:24

魔法防御力:67

速さ:132

技巧:340

魔力:0

『狂化』


アークシオン・レドゥズレイ/風

LV:79

22/シーフ/『放浪者』

攻撃力:295

防御力:344

魔法攻撃力:329

魔法防御力:658

速さ:203

技巧:251

魔力:5680

『疾風』


リョウ

Lv:77

18/魔法剣士/黒の忌み子/風・土/『理への反逆』:色彩変化

攻撃力:376

防御力:238

魔法攻撃力:489

魔法防御力:673

速さ:129

技巧:320

魔力:5676

『自然治癒』『魔力箱』


ラインハルト・ルクセン・ルード

Lv:82

126/騎士/炎剣/土

攻撃力:850

防御力:702

魔法攻撃力:332

魔法防御力:795

速さ:157

技巧:356

魔力:3450

『煉獄騎士』


ギルバート・テレーズ・ドートリッシュ

Lv:75

17/魔術師/『烈火』/火・風

攻撃力:75

防御力:163

魔法攻撃力:770「火属性値+295」

魔法防御力:532「火属性値+245」

速さ:72

技巧:278

魔力:7342

『精霊王ガルム・クエイストの加護』



マリア・リィ・ステリッド・マロウ

Lv:72

14/聖女/水・風

攻撃力:35

防御力:72

魔法攻撃力:432「水属性値+162」

魔法防御力:750「水属性値+374」

速さ:33

技巧:206

魔力:7083

『女神の加護』『精霊王シャルル・ルーボンの加護』


クラウド

Lv:69

18/剣士/水・火

攻撃力:549

防御力:486

魔法攻撃力:376

魔法防御力:54

速さ:124

技巧:250

魔力:809

『索敵』


レイ・バーン

Lv:67

20/守護者/火・土

攻撃力:254

防御力:650

魔法攻撃力:276

魔法防御力:787

速さ:90

技巧:282

魔力:1302

『鉄壁防御』


ミノリ・レインウエア

LV:55

13/町娘/守護者/火

攻撃力:189

防御力:748

魔法攻撃力:97

魔法防御力:698

速さ:114

技巧:282

魔力:159

『隠密』


ネーヴェ

LV:

///

攻撃力:

防御力:

魔法攻撃力:

魔法防御力:

速さ:

技巧:

魔力:


 魔王がどれだけのステータスかなんて分からない。けれど、だいぶん強くなったものだと思う。

 明日、魔王城へ足を踏み入れる。

 たき火を囲う者達は誰も口を開かない。

 無詠唱は、多少なら潰せる。

 影分身は、ネーヴェがいるから、多分作れない……はず。

 身体強化はもうどうしようもないとして……不安ならいくらでもある。でも、いつまでも立ち止まっても仕方ない。

 すでに全員に光属性の加護のお守りを渡してある。これで無暗に命令される事もないだろう。前よりバージョンアップして、6回までは防ぐことが出来る。

 悲しい事に、自分の愛する者からの攻撃を守る為の護符だ。その愛する者は、彼らが傷付くのは嫌だろう。だから、俺は守って見せる。この世界も、彼女の心すら。人はやがて死に、朽ちてまた魂を別にうつす。

 輪廻転生。馬鹿気た希望だった。でももうそれに縋る事しか今は出来ない。確かに魂は廻って新しい命になるのかもしれない。でも、それは今じゃない。今会って抱きしめる事が出来ない。今守る事が出来ない。今笑わせる事も、幸せにする事も叶わない。何もかも出来ないのだ。


「……っ」


 目頭が熱くなるのを何とか押しとどめる。泣くのは後だ。今は彼女を止めなければならない。それが彼女の救いになるのだから。本気で、本気で彼女は死を救いだと思っている。

 どうして……彼女が魔王になってしまったんだろう。

 今でも少し希望に縋ってしまう。「本当は違う人なんじゃないか」と。彼らの言葉を聞く度、信頼する姿を見る度、彼女だったら有り得ると思ってしまう自分が憎い。

 この世界の時間軸はどうなっているのだろう。彼女は死んだ、それは召喚される前の週。けれど彼女はその時の記憶を引き継ぎ、この世界で14年間生きている。

 召喚とはそういうものなのだと言われればそれまでなのかもしれない。けれど、どうしても希望に縋ってしまう。その迷いが命取りになる戦いであるのに、どうしても揺らいでしまう。それは皆も同様なのかもしれない。

 彼らは彼女を信頼して、仲間として生きてきていた。辛いのだ。それは分かりきっている事だった。


 やっぱり、ゆきちゃんが魔王なのだろうか?ああ、もう一度、一言で良い。話をしたかった。笑いかけて欲しかった。ステータスが見えるのが、恐ろしい。

 魔王を見たとき、本当にゆきちゃんの名前が見えたら。動揺せずにちゃんと戦えるだろうか?ちゃんとやらなければ、ゆきちゃんは誰もいなくなったこの世界で慟哭するだろう。

 仲間を殺し、幼馴染を殺し、助けた人々も殺しつくして、泣くのだろう。彼女を、孤独になんてさせない。

 本当はもっと違う幸せを与えたかった。今度こそもう間違えないと誓ったのに。俺がここに召喚された時にはもう遅かった。何もかももう終わった後だった。魔王として覚醒し、世界が暗雲に包まれていた。本当に俺は何の役にも立たない。

 最後の魔王戦。この時だけ光属性の加護とエイリスさんが必要になる。その為だけに俺は召喚されて、皆に守られながらここまで来た。

 途中塞ぎこんで迷惑をかけた。それでも彼らはめげずに俺を励ましに来てくれた。結局立ち直ったのはゆきちゃんのおかげだったけれど。


 ゆきちゃん、女の子助けて死ぬなんてどんなヒーロー?


 で、その次は死ぬことが救いってどんな厨二病患者?


 ゆきちゃんって本当、壮絶な人生送ってるよね。

 片親だけど、愛情たっぷりの生ぬるい家庭で育った俺とは根本的に違う。なのに、君はどこまでも優しい。痛くても泣き言は言わない。辛くても幸せなんだと笑う。

 この世界に神はいない。

 あんなに良い子なのに、こんな人生ばかり与える神は、神じゃない。

 もはや悪魔だ。酷過ぎる。なんだってこんな、彼女ばっかり辛い目に。


 俺達は魔王城を見つめた。それぞれ重い気持ちを抱えて。魔王戦は近い。ミノリやガルム、グレアムにシオンさんは、きっと討伐だけ考えればいいのだろう。

 だが、他のメンバーはもっと暗い。ミノリみたいに魔王を憎めたら、どんなに楽か。

 皆ミノリが羨ましいと思っている。そして、誰もミノリの真実を口にはしない。ミノリを苦しめるものだから、誰も口にしない。


「いよいよですね」


 リョウが真剣に魔王城を睨みつけながら言う。


「ああ……」


 どこか苦しそうに言うギル。


「……」


 目を瞑り、思いを馳せるマリア。


「気を抜くなよ」


 凛々しくも真っ直ぐ見据えるラインハルト。


「安心しろよ、全部俺が止めてやるから」


 そう言って自信満々でニッと笑うレイ。


「……っ」


 血が滲むほど唇を噛みしめながら魔王城を睨みつけるクラウド。


『ヒイラギ』


 心配そうな声が頭に響いて、クスリと笑みが零れる。思えばエイリスさんが一番苦労したように思う。俺の思考はダダ漏れだし、冗談を真に受けてガチで怒るし。俺は勇者の中でも最弱だし、途中で引きこもるし。

 最低最弱の勇者だったと思う。今でも正直心は揺れている。だが、この世界を救う事に迷いなんてない。

 それは彼女の願いだから、希望だから、救いだから。彼女の愛したこの世界を守って見せる。


 たとえ、それによって最も愛する女性を失うとしても。


 きっと、殺された彼女はこう言うのだろう。皆、幸せになってね、と。

 世界は救われるでしょう、雲は晴れるんでしょう、皆喜ぶんでしょう。

 けれど、俺達に救いはない。皆の幸せを願う彼女だからこそ俺達は救われない。これは絶対に言える。

 彼女を失えば、俺達は絶対に不幸になるだろう。だけど、やらなければならない。


「……行くぞ!」


 俺達は魔王城へと足を踏み出した。

 勝っても負けても、決して救われない戦場へと足を踏み入れる。

ヒイラギ鏡夜キョウヤ

LV:52→70

17/勇者/火・水・風・土・光

攻撃力:489→570

防御力:350→421

魔法攻撃力:568→669

魔法防御力:259→322

速さ:82→102

技巧:153→175

魔力:3419→4243

『救世主』『神々の祝福』


道具箱使用可能。(遠隔攻撃使用可能)

念写スキル使用可能。

光属性の攻撃魔法使用可能。

回復魔法使用不可。

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