21話
俺が部屋から出ると、皆が目を丸くしてこちらを見つめてきた。正直、居心地悪い。引きこもりが頑張って登校する気分ってこんな感じなのかね。
なんか、知らない人が何人か増えてるな……。あ、エルフとか虎の獣人がいる。すげぇな。
真っ先にリョウが駆け寄ってきて、俺の手を取る。
「良かったです」
うん、ほんとな。正直、ネーヴェがいなかったら普通に引きこもったまま死んでたと思う。
ネーヴェに見せられた魔王の夢、記憶、願い。
あの絶望を直接流し込まれて、殺さない訳にはいかない。彼女をあの世界に残すなんて事が、最も残酷なのだと知ってしまったのだ。だからあの夢から救ってやりたい。彼女を殺して楽にしてあげたい。
……まさか、こんな考えを持つ日がくるとは思わなかった。
「さて、鏡夜。早速だがお前、光属性の加護は作れているのか?」
「へ、いやまだだけど」
「やっぱりか……」
がっくりと項垂れるネーヴェ。彼が別人の人格を持った魔法なのだとしても、どうしても見た目がゆきちゃんだから、心臓に悪い。
ほら、心が人間でも、見た目が猛獣だったら普通に怖いのと同じ原理だ。慣れればどうって事ないのだろうが、さっき会ったばかりで慣れる訳がない。髪は茶色になっているけど、顔は変わってないからなぁ。
しかし光属性の加護か、全然試してないな。というか、微調節が出来ないので、結界にしたりだとかそういうのが出来ないのだ。
「ところで、本当に貴方は何者なのですか?やはり、アルの―――」
「うーん、まぁ、敵ではないって事だけだ」
ネーヴェはチラリとミノリを見てはぐらかした。それでハッと口を噤むリョウ。
ああ、そういやミノリに恨まれているんだっけ。彼女の前でバレルのは良くない。まぁでも、魔王関連のモノをはぐらかすって事は、ある程度察してくれるだろう。リョウはそれで黙って、何か考え事に入ったようだ。
「とりあえず、なんか作ってみろ。ちゃんと効き目がないと意味がないからな」
「えーと、はい」
強力フラッシュをしてはいけないので、ネーヴェには離れて貰う。理由を言ったら物凄く残念な子を見る様な目で見られた。……し、仕方ないだろ。いまだかつて成功した事がないんだから。
俺はいつものように、ちょっとだけ光る事を念じた。丁度、電球くらいの光をイメージしている。まぁ、それでも強力フラッシュを食らうんだけどな!
いつでも防げるように目を薄く開けた状態で、手も目の近くでスタンバイしておく。自分の攻撃を防ぐ準備に慣れたよ。なんという嫌な慣れなんだ。
ところが今回、なんと。成功した。
俺の目の前で、電球の程の明りがふわふわ浮かんでいる。
「ええっ!?」
普通にビックリした。今まで成功した事なかったのに。まさか、ゆきちゃんを殺しに行く覚悟を決めてから成功する事になるとは……なんて皮肉なのだろう。ゆきちゃんを殺す事が上手くなっても、全然ちっとも嬉しくないのに。
「あれ、なんだ。出来るんじゃないか」
「いやいや、え!?」
ネーヴェがすたすたと近づいてその光源を眺めている。この程度の光なら、見てもダメージを受けないようだ。
ネーヴェは適当に落ちている黒い葉っぱを拾って俺に手渡してきた。
「取りあえず、色を細かく変えられるようにしといて。俺は、ケルトさん達を送って来るから」
「……はい」
宿題を出された気分になった。まぁ、目標があるというのは良いだろう。ところでケルトさんって誰だろう……さっきの知らない人達の事だろうな。
まぁ、俺はこの加護の練習に専念しようか。
『のう、ヒイラギ』
ん?なんですか?エイリスさん。
俺がうんうん唸っていると、エイリスさんが話しかけてくる。
『……いや、聞こえるようじゃのう。なに、ヒイラギの声が聞こえんようになっておるようじゃったからのう……ただ単に、扱えるようになっただけか……ふむ、急に成長したようじゃのう』
え!だだ漏れ停止中なの!?
全然意識していなかったが、そちらの方面も上手く扱えるようになったらしい。もっと早くに上達しておきたかった。今更上手い事止められても、もうすでにエイリスさんの好感度はかなり下だと思う。変な事考えまくってたし、それにずっと役立たずだったし、俺……。
『そなたが復活して安心した……もう大丈夫なのかえ?』
……はい。正直、バリバリ元気って訳ではないんですけどね。もう、はい……とりあえずは大丈夫です。彼女に、殺戮なんてさせません。心配させてすみませんでした。
『よい……ヒイラギが魔王を殺す事が出来るのであれば、な』
魔王を……今までエイリスさんはどんな気持ちだったのだろう。魔王が良い者と分かっていて、今まで殺してきた、その気持ちは。何故魔王に善人の魂が宿り、何故剣であるエイリスさんに心があるのか。
俺はゆきちゃんを殺す。ついでに、俺を召喚した時に聞こえて来たあの声の主を殺してやる。殺らないと気が済まない。
こんな残酷な運命を背負わせた神を、許さない。
ギリギリと握りしめたせいで、葉っぱが粉々に砕けた。パラパラと落ちる粉を見て、溜息を吐く。
……殺したくない、生きててほしい。その本音を押し込める。何度も湧きあがってくるこの気持ちを、何度も閉じる。
怖い、命を奪う事が。勇者なんて、本当に引き受けるモノじゃない。途中で躊躇う事もあるかもしれない。でも、迷う事は許されていない。
殺さないと、彼女はあの孤独と苦痛から抜け出せない。勇者が魔王を殺さない世界に、彼女の幸福は訪れない。ずっとあの苦しみから逃れられなくなる。そんなのごめんだ。ならばせめて、彼女に次の生を与えたい。
次こそは、幸せに……。
目がぼやけてきて、慌てて目を袖で拭う。
しゃがみ込んで、草をむしる。これで色の練習でもしておこう。
しばらくすると、ネーヴェが帰って来た。何やらリョウとラインハルト、クラウド、ロイと話し込んでいる。
俺はというと、取りあえずは成功した。真っ黒い草が、七色に染まっている。色を固定すると、そこで止まる様だ。よくもまぁ、こんなに器用になったものだ。嬉しくない、ちっとも全然嬉しくない。
「凄い色だな」
「んー……そうですね」
ギルがもの珍しそうに葉っぱを覗き込んでくる。そりゃこんな派手な草は他では見ないだろうしな。
……そういえば。ギルって魔王の事好きだったんだよな。ライバルキャラか。勝てる気がしねぇ。まずイケメンすぎるだろこの人。なんか人形みたいに精巧な顔の作りしてるし。
そしてギルは、誰かに励まされなくても、討伐へと向かったんだ。とても強い……俺ではとてもではないが真似出来ない。彼女の絶望を、直接ネーヴェから叩き込まれてようやく動いたのだ。今でも嫌な事に変わりがないけれど……でも彼だってそうだろう。けれど、決して止まりはしない。……強い。ゆきちゃんの人柄の良さを知ってて、止めようとしている。
……彼とずっと仲間だったのだろうか。そうだとすると、ゆきちゃんは彼の事を……いや、これ以上考えるのはよそう。この人の事を殴りたくなってきた。それはちょっとあまりに理不尽すぎる。
まぁ避けられると思うけどな。返り討ちにあうだろうしな。
「アルと知り合いだったんだってな?」
七色の草を持って、何気なくギルが話しかけてくる。彼は真剣にこちらを見据えている。
「……好きなのか?」
その的確な問いにドキリとする。ギルは七色の草を落とした。その草は落ちる間に燃え、消えて行った。その様子をただ黙って見守る。
燃える炎が、ギルの怒りのようなモノに見えた。
「困らせたい訳じゃない……ただ……」
ギルは苦笑を漏らした。
「死ぬのは、アルを殺した後にしろ……そうしないと、何もかも報われない。死ぬ気でアルを殺せ……それだけだ」
そう言って、身を翻して歩き去る。
分かってるよ、この馬鹿野郎。イケメンが、爆発しろ。いや、彼が火属性の扱いに長けているから、爆発させられるのは俺の方だな。精神面も、戦闘面も、顔も、どれも勝てない。どれでもいいから勝たせてくれればいいのに……世の中は本当に理不尽だ。
とりあえず、成功させたお守り的な光属性の加護を作ってみたので、試してみる事にした。
リョウにお守りを持たせて、魔王と同じ魔法を使うネーヴェが命令してみる。これで命令をきかなければ、成功という訳だ。
《お手》
もふ。リョウがネーヴェに右手を差し出す。耳がしゅんとして凄く可愛い。何故彼にお手を命令したのか。さすがネーヴェ、ゆきちゃんの記憶を継いでるだけはあるな。分かってる、それをチョイスするのは分かっている。
あ、っていうか、普通に失敗だな。命令を聞いていう事聞くんじゃダメなんだもんな。もうちょっと強力にしないといけないな……。
それと、光移動も練習した方がいいだろうか。今なら、すんなり成功しそうな気がする。何もかもダメダメだった俺だが、今なら……だからなんでこんな時に成功するんだろう。俺がゆきちゃんを殺す事を喜んでいるとでも?……光属性ってのは、意味が分からない。
「右だ!回れ!」
剣を切り替えし、魔物を斬りつける。魔物が叫んで消滅する。クラウドの叫びでラインハルトが右へ回っている。
ドォン!
俺の背後にいた魔物が火魔法で燃え散る。爆風が俺の頬を撫でる。チリチリと燃えるような暑さが染みるね。ちょっと火が移ったんだけど、ワザとじゃないよね?ギル……。
こちらに向かってくる魔物を、魔術陣で足止めする。直接当たった魔物は足が砕け、そのまま転がってのたうち回る。
誰かが怪我をしたのだろう、聖女の回復魔法の光が輝く。
ロイさんがスパンと固い魔物を切り裂いている。ラインハルトでもあそこまで綺麗に切り裂けない。彼の魔法はウォーターカッターだ。攻撃力が低いとされる水魔法も彼にかかれば最も攻撃力が高くなる。剣に水の膜を作って切り裂いている。とても精巧な魔法なので、中々真似出来る様なものでもない。
試しにやってみたが、全然出来なかった。やっている間、ずっと詠唱しなければいけないのも集中力を乱される。転生者だからって、ここまで出来る人もいないだろう。
グレアムの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。多分魔物の群れに突っ込んで言ったのだろう。シオンさんが罵声を浴びせている。
リョウの途切れる事のない滑らかな詠唱が続く。同じ詠唱はない。ずっと違う魔法を唱えている。この人は相変わらずだな。
戦闘はガラリと変わった。
俺が前線へ向かった事が要因だろう。俺はもう逃げも隠れもしない。エイリスさんも扱いやすくなった気がする。以前は普通の剣のような重さだったのが、今では羽のように軽く、自分の腕のように自由に動かす事が出来る。
Sランク冒険者の動きも素晴らしい。特にロイさんの援護は完璧だ。グレアムはまぁ……自由にやっているけれど。
それに、俺から見た全員の能力とスキルを聞き出し、最適な戦闘配置を考えたのだ。
ラインハルト、グレアム、俺は前衛で魔王と対面する。
ロイ、ギル、マリア、シオンが中衛で、どちらにでも援護できるようにする。
そしてリョウ、クラウドが後衛で指示を出したりする。
レイは前衛と中衛の間でそれぞれ危なそうな所のガードに向かい、ミノリは中衛と後衛の間だ。レイは後衛の援護にはいかない、そして、ミノリは前衛にまでは行かない……という感じだ。
まぁ魔王は闇を移動する事もあるので、崩される事もあるだろうが、大体はそんな感じだ。
ネーヴェは、魔法を使うと消えるらしいので、危なそうな人の援護に加わるらしい。闇移動でどこでもでれるからな。
消える……か。そうか、彼は影分身という魔法だったな。作られた量の魔力を消費するときえるのか。
魔王戦は過酷になるだろうから、彼は抜けていても良いんじゃないかと思う。魔法使ったら消えるなんて理不尽すぎる。
「はぁ、はぁ……!」
前線で剣を振り回していたので、必然的に息も上がる。
今ならギルの気持ちが痛い程良く分かる。戦って、剣を振り回している時が何も考えなくて良い。
ネーヴェはくるりくるりと舞うように魔物を切っている。鼻歌でも歌い出しそうなくらい機嫌が良い。あれだけ簡単に魔物が倒せるのなら、そりゃ楽しいだろう。
しかし、ネーヴェと同じ性能……いや、それ以上の強さを魔王は持っている。彼と同じだけ戦えるようにならなければならないのだ。……果たして追いつけるだろうか?追いつかないといけないんだろうなぁ。
その場に座り込んで、息を整えて汗を拭う。
柊鏡夜
LV:52
16/勇者/火・水・風・土・光
攻撃力:489
防御力:350
魔法攻撃力:568
魔法防御力:259
速さ:82
技巧:153
魔力:3419
『救世主』『神々の祝福』
俺の現在のステータスはこんな感じだ。積極的に敵を倒す様になってから、すいすいとここまで上がった。勇者補正でも働いているのだろうか?
まぁ、周りの敵もそれなりに強かったせいもあるんだろうが……。着実に魔王を殺せるようになっていっている。その事実に、目の前が暗くなるように感じた。慌てて首を振る。
いいや、ダメだ。殺さなきゃ世界が、ゆきちゃんが救われない。本当に、ダメダメだ。嫌で嫌で仕方がない。
「ん」
「あ、有難うございます」
マリアが水を差し出してくれた。喉が渇いていたので有難い。
マリア・リィ・ステリッド・マロウ
Lv:70
14/聖女/水・風
攻撃力:34
防御力:70
魔法攻撃力:420「水属性値+159」
魔法防御力:712「水属性値+360」
速さ:33
技巧:199
魔力:7023
『女神の加護』『精霊王シャルル・ルーボンの加護』
つか、マリアさんがいつの間にか精霊王の加護とか受けているんだが。俺が引きこもっている間の急展開に俺はついていけないよ。……仲間が強すぎて辛い。
しかし、俺も随分と戦えるようになってきたと思う。水を飲みながら、ネーヴェとグレアムがじゃれているのを眺める。グレアムはとても楽しそうにしている。っていうか、さっき魔物と戦っていたのに、どこにそんな元気が残っているのか……。いや、『戦闘狂』だから、もう何もいうまい。
剣術はグレアムの方が若干上なのか……ネーヴェの対応が雑だけど。途中で闇移動して逃げ出している。追いかけようとするグレアムを、ロイさんが止める。……なんだろうな、アレ。アレだけ見ると妙に和む。
自分の手を開いたり閉じたりしてみる。光属性のお守りは、かなり強力に力を込めないと意味がない事が分かった。だから作れる個数は1日1個が限度だ。回数的に5回まで防ぐことができる。まぁ、5回目は防げるか、防げないか、微妙なラインになっているけどな。無限にさせたいが、魔力が足りない。でもまぁ、相手もそう何度も失敗するために命令はしてこない……と信じたい。
まぁ、十分だろうとネーヴェも言っていたし、これを人数分作ろうと思う。
『成長したのう……』
あ、エイリスさん有難うございます。なんか素直に褒められると照れますね。未だかつて手放しで褒められた事がなかったからな。召喚されたのも、もう随分と前のような気分になる。
魔王となってしまった、彼女。それを殺す勇者。何故俺がそんな役目をしなければならないのだろう。
知らない誰かに殺されるという状況の方が良かったのか。それとも、俺がこの手で殺した方が良いのか。そんなの、どちらも彼女が救われない。
ただ、彼女はこの世界で生きても幸せにはなれないという事は痛い程伝わって来た。彼女だけが生き残った世界で、彼女は打ちひしがれるだろう。恐怖と孤独と絶望に。
俺は彼女の暴走を止めなければならない。
この非情なまでの現実を受け止めてやりきってみせる。
嫌だな、殺したくないな、行きたくないな。
これが夢ならどんなに良かっただろうか。ゆきちゃんが死んだ事が夢だったなら。ゆきちゃんが魔王となってしまったのが夢だったなら。
ああ、夢なら早く覚めてくれよ。
起きたら家にいて、学校に行ったら女の子に囲まれているゆきちゃんを見つけて。苦笑を浮かべた彼女が「おはよう」と言って来てくれて。
俺がじっと見つめたら、照れて頬を僅かに染めたりして。
ゆきちゃんがいてくれればそれで良かったのに。
どんよりと分厚くて黒い雲に覆われた暗い異世界じゃなくて、もっと別の世界で笑っててくれてたなら、どんなに、どんなに良かったか……。
ゆきちゃん、貴方は幸せだったのか?心からそう思っているのか?死んでも笑えるのか?
ゆきちゃんはそれで満足なのかもしれないけど、俺は嫌だ。
もっと沢山の幸福を分けてやりたかった。愛していると言いたかった。たとえそれで振られても、ゆきちゃんが幸せになるならそれで良かった。
俺が貴方を殺したら、笑いかけてくれますか?
柊鏡夜
LV:42→52
16/勇者/火・水・風・土・光
攻撃力:354→489
防御力:267→350
魔法攻撃力:387→568
魔法防御力:179→259
速さ:69→82
技巧:102→153
魔力:1905→3419
『救世主』『神々の祝福』
道具箱使用可能。(遠隔攻撃使用可能)
念写スキル使用可能。
光属性の攻撃魔法使用可能。
回復魔法使用不可。
仲間に光属性攻撃のダメージが入らなくなったよ!やったね!←new!




