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17話

 暗い雲の下に入った。どんよりと空気が重く、気分も落ち込んでくる。蒸し暑さも気分の悪さに拍車をかける。魔物も前より強くなっている。それでも、ラインハルトやギル、ロイなどは余裕の表情だ。さすが高レベルと加護持ち……。

 俺も光属性の攻撃が入るようになったとはいえ、どうしても攻撃力に欠ける。やっぱりレベルが足りないのだ。

 そして、最近たまにふらりとクラウドが姿を消す様になった。何処かに立ち去って、しばらくすると帰ってくる。悲しそうで、苦しそうな顔だった。殺意の表情しか見た事なかったので、その顔は珍しい。

 目が合えば斬りかかって来そうな表情を、前までしてきていたが……今ではサッと目を逸らされる。まるで苦虫を噛み潰したような表情だった。リョウやラインハルトは不思議そうにしていたが、クラウドが理由について語る事はない。

 攻撃してこないので、レイやミノリの役目も減った。というか、今までが可笑しかったのだ。レイやミノリは、戦闘時に俺の側について守ってくれる。至れり尽くせりだ。

 今まで話してこなかったが、やはりレイさん苦労性だった。

 小さい時に出て行ったクラウドと再会し、クラウドの親父さんとの最期の約束を果たすために旅を続け、魔王と出会う。ここまではまだ良い、彼の苦労はそこからだ。

 妹を見つけたクラウドはまるで空気のようにレイを扱うようになり、何故か流れで勇者パーティーになってしまって、狂ったクラウドをボロボロになりながらも命がけで止める。ミノリが加わってからは、クラウドからミノリを守る事もしばしばあったとか。

 レイさんマジ有能。気配薄い人だな、とか思ってごめんなさい。

 そして、レイさんは気さくな人で、話しやすい。これがクラウドの幼馴染だとは、信じられないくらい。全く本当に頑張ってくれていると思う。



「……止まって下さい」


 しばらくすると、ロイが声を掛けて馬車を止める。魔物の姿はない。が、ロイの顔が晴れない。


「魔物でも近づいていますか?」

「……魔物の方がどれ程良いでしょうかね?」


 リョウの言葉に苦い顔を浮かべ、馬車から降りて臨戦態勢を取る。只ならぬ雰囲気にロイの行動を見守る。

 刀に手をかけて暗い森を睨む。

 暗い森から何かが素早く躍り出る。


 ガキン!


 金属音を立ててロイと出て来た人物が打ち合う。相手の剣を弾いて、ロイが僅かに後ろに下がり、出て来た人物を睨みつける。


「―――この、狂犬がっ!」

「あはは!久し振りだね!ロイ!」


 爽やかに笑って剣を構えるイケメン。待ってくれ、イケメンしか登場してねぇ。どうなってやがる。


グレアム・D・シャルトワ・ボナパルト

LV:90

24/剣士/『戦闘狂』

攻撃力:842

防御力:686

魔法攻撃力:24

魔法防御力:67

速さ:132

技巧:340

魔力:0

『狂化』


 なんだろう、名前からして危ない人だ。

 目を爛々とさせて攻撃を繰り出す危険人物。それを睨みつけるロイ。


「剣を収めろ!」

「はっは!それは出来ない相談だよね!」


 名前を呼んだから知り合いって訳だ。しかし知り合いにいきなり斬りかかるだろうか。……うぅん……知らない人でも斬りかかるのはどうかと思うけどな。

 素早く打ち合う2人を呆然と見守る俺達。


「『戦闘狂』ですか……」

「なんでも知っているんですね」

「え?ええ……たまたま知っただけですよ」


 普通に答えられたか……。いや、それが普通か。

 グレアムをぼんやり眺めてみると、なんだか魔法の文字が見えて来た。……ん?魔法?慌てて目を擦ってじっくり見てみる。


『絶対服従』:傀儡術


 ……んっ!?あれ……?傀儡術って操られるやつじゃなかったか?


『そうじゃのう……』


 え、不味いんじゃね?操られて攻撃してるって事だろ?……それにしては皆のんびりしてるんだよな。助けに入るどころか落ち着いて座ってる人もいるし。


「大丈夫なのか?ありゃあ?」

「ええ、いつもの事ですよ」


 レイが不安そうに尋ねると、リョウが答える。どうやらこのグレアムという男は、出会うと斬りかかるような男なんだという。『戦闘狂』の二つ名の通りに戦闘が好きで、強い者を見つけると無差別に斬りかかるような人間だと。

 ……どんな危険人物だ、そりゃあ。クラウドよりも危険じゃねぇか。

 と、思ったのだが、俺みたいに弱い人間には興味が沸かないという。本当に強い人物としか戦わない。命と命のやり取りがとても心地よいのだとか。く、狂ってやがる。遅すぎたんだ。どう考えてもマトモな思考じゃねぇ。

 しかし、彼は今……傀儡術で操られているはずだ。でも、なんか楽しそうに戦っているから判断に困る。

 戦闘は中々終わらなかった。

 拮抗しているように見えるが、ロイがかなり苦しそうな表情をしている。なにせ、相手は本気で斬りかかろうとしているけれど、ロイは殺さない様にしているからだ。どちらが簡単かと言われると、相手方の方が簡単だろう。手加減しなくていいのだから。

 だが、やはり二つ名持ち同士だ。互いに譲らない。つか、手加減しててアレって相当強いよな、ロイさん。


「―――い、つまで剣を引かない!?」

「は―――死ぬまで、だよ!」

「なにを―――」


 グレアムにセリフにぎょっとするロイ。

 汗だくで息も荒げているのに、止まらない。

 ―――いや、違う。止まれないのだ。


「ロイさん!傀儡術です!」


 そこにきてようやく俺はそう叫んだ。正直遅すぎる。見えていたのに……当たり前、みたいな空気にちょっと流されてたよ。馬鹿じゃね、俺……。

 俺の叫びを聞いて、目を見開くロイ。


「グレアム!?」

「……みたいだ、ね!」


 ガキンと剣をぶつけてくる。


「はぁ~魔王復活だって思ってさ、戦いに行ったわけよ。そしたらビックリ、アルだったんだよ。本気で殺し合える―――そう思って喜んだんだけど―――」


 呑気な声を上げているが、その間も激しい攻撃は続いている。どうやら、魔王の所に行ったら、傀儡術を施されてしまったらしい。ということは、『絶対服従』というスキルは魔王のモノか。スキル2つ持っているって事か。まだまだ持っていても可笑しくはないけど。


「まさか、操られて戦う事すら出来ないなんてねっ」

「……っ!」


 落胆の表情を浮かべたグレアム。その隙を狙い、ロイがグレアムの剣を弾き飛ばした。

 瞬時に距離を取るが、すぐに前に躍り出る。今度は剣ではなく肉弾戦だ。

 ロイはというと、剣を持っていた時よりもやり難そうにしている。グレアムが剣を持っていたら、防いで貰えるが……なくなってしまえばそうもいかない。

 その時、グレアムのスキル『狂化』が発動した。先程よりもスピードと攻撃力が増した。は?……つ、強い。意味が分からない程強い。ただ肉体のみであれだけ戦えるものなのか?

 グレアムの手がロイの頬を掠め、頬が切れた。素手で頬を斬りやがった。本当に人間なのだろうか。


「ああーつまないなぁつまんないなぁあっ!魔王と戦えるかもしれなかったのに!」


 言い方は子供の癇癪そのものだ。戦いは壮絶だが。ラインハルトも入る隙を見つける事が出来ないようだ。息を呑んで戦いを見つめている。邪魔をすれば、恐らくはどちらかが、死ぬ。


「まぁ……ロイに殺されるならぁ……良いかな?みたいな」

「ふざけたことを抜かすなっ!」


 ヘラヘラ笑っているグレアムにロイが怒鳴りつける。


「勇者様、光属性魔法です」


 ひそひそと耳元に語り掛けてくるリョウ。

 光属性の魔法を使えば、闇属性の魔法を解く事が出来るかもしれないとリョウは考えたようだ。なるほど、呆然と戦いを眺めていた俺とは流石に違うな。


「……やります」


 俺は震える足を前に出し、強く願う。最大出力であの魔法を。


「―――目を瞑って下さい!!」


 閉じた瞼のからでも、強く光っているのが分かった。目を閉じていても眩しくて、腕で目を庇う。ズキズキと目が痛む。これはまた、強く光らせすぎた、かな?でも微調節とか、全然出来ないんだよなぁ。

 恐らく光り終わっただろうと推測して、腕をどけて目を開ける。


 大・惨・事。


 皆が目を抑えて唸っていた。


 勇者マジ強い。


 しかし、グレアムという男の所にはもう、傀儡の魔法はなかった。その様子にホッとする。

 と同時に冷や汗が出た。

 やばい。やばいやばい。

 目を抑えて蹲っているリョウの髪が、黒く染まっているのだ。いや、違う。今の攻撃で、こちらの魔法も解かれたのだ。


「うう……ルーボン・アイル・イニスタリー・ヒーラー・サムワン」


 マリアが自分の目を治して立ち上がる。凄い目で睨まれた。……ごめん、凄く反省している。光属性魔法の攻撃は、普通の「ヒール」では治らないらしい。水属性を扱えるロイが「ヒール」を唱えたが、無意味だった。

 マリアが他の人の目を治そうとして動き出そうとして……止まった。リョウの髪をじっと見て。俺は冷や汗が止まらない。

 この世界で黒目黒髪は異端。魔王と同じ色の、忌み嫌われる色。その色に、気付いたのだ。

 じゃり、と無言でリョウの方に向かうマリア。俺はリョウの前に立ち塞がる。

 皆が呻いている間、しばし見つめあう2人。

 マリアは目を僅かに緩め、微笑んだ。


「大丈夫。黒はもう……優しい、色」


 その瞳に涙が浮かぶ。

 そう、か。

 黒は魔王の象徴。けれど、彼らにとっての「黒」はもはや、彼らのかつての仲間のものなのだ。世界が黒を嫌っても、彼らは黒の忌み子を嫌ったりしない。

 ちょっとでも危害が加えられると思った自分を殴ってやりたい。

 リョウはハッとして目を閉じたまま顔を上げる。自分の髪を触って、ぎゅ、と口を閉じた。その言葉を聞いて、察したんだろう。恐らく先程の魔法で自分の魔法も解かれたのだと。

 俺はマリアの前からどこうと思ったが……マリアの表情が険しくなった。リョウを見て……ではなく、もっと後方を見ている。

 恐る恐る振り返ると、そこには木で出来た荒削りのお面を被った男が立っていた。


ネーヴェ

LV:

///

攻撃力:

防御力:

魔法攻撃力:

魔法防御力:

速さ:

技巧:

魔力:


「……あ」


 あの時助けてくれた人だ。サラサラの茶色の髪を揺らせながら、黙々と近づいてくる。マリアが警戒してリョウを庇う。

 俺は慌ててマリアに説明する。


「あの人、前にブラックフォードでクラウドから守ってくれた人」

「……そう、なの?……なんで?」


 いや、分からんけど。ついてきていたのかもしれない。あの時も相当強いと思っていたから、仲間になってくれると助かりそうだ。というか、なんでお面?

 マリアはリョウに回復魔法を掛けて目を回復させる。が、目の痛み引かないらしく、目を開ける事が出来ない。


「これは酷いですね……」


 耳をしゅんとさせている。本当、ごめんなさい。リョウはマリアよりもダメージが大きいようだ。獣人だから、目がいいのかな。


「……近くに魔法の気配がします。気を付けてください」


 と、目を閉じたまま忠告してくる。……魔法?


「傀儡術は解かれたみたいですよ?」

「いえ……こっちです」


 真っ直ぐに、手を伸ばし、ネーヴェを指さした。ネーヴェは軽く肩をすくませ、近づいてくる。

 ……敵意は感じられないけど、魔法の準備でもしているのか?じっくりネーヴェを観察してみる。


『理への反逆』:影分身「オーターイーガー」


 俺はその表示を見て、普通に思考が止まった。

 ―――影分身?

 『理への反逆』?

 つまり、それは―――魔王の?


 近づいてきた魔王は、さらりとリョウの頭を撫でた。その髪が茶色へと染まる。

 使われた魔法は『理への反逆』:色彩変化。前のと同じ魔法だ。つまりは魔王と同じ魔法。


「アル……?」


 撫でられたリョウが、そう呟く。見えていないはずのリョウが、魔王の名を呟く。撫でられた手を取ろうとするが、空を切った。

 魔王の影分身は、嘘のように目の前から消え去ったからだ。俺とマリアは、ただ呆然と立ちすくむ。


「すみません、どういう、状況なのですか?今のは、誰、なのです?」


 震える声で、リョウが訊ねる。その場に座り込んだまま、空を切った手を固く握りしめて。


「……わから、ない」


 マリアの声も震えている。


「アルはあんな背格好じゃ、ない……胸も、もっとあった、し……でも……じゃあ、あれは、なん、なの」


 ……あんな背格好じゃない?それは可笑しい。影分身ってのは確か同じ姿を描き出すものだ。魔王の影分身なら、魔王の姿が描き出されるはずなのだから。でも、使われた魔法も、どう考えても魔王のものだろう。

 ……でも、そもそも影分身の魔法に、人のような名前の表示なんてあるのか?


『それは、魔眼を持たぬ我らでは、分からぬが……』


 確かに……見えない人には分からないだろうな。でも本当、何だったんだろう、今の。




 他の人の回復も終え、グレアムが快活に笑った。


「いやぁ、すごいよね勇者って。流石魔王のために召喚されるだけはあるよ。でも、ちょいと弱そうなんだけど、大丈夫?」


 グッ……痛い所をついてきた。先程の斬り合いのような戦いをしろ、と言われたら、普通に無理だ。

 リョウとマリアは微妙な表情で沈黙を守っている。

 リョウの髪は茶色に戻ったし、グレアムも魔法は解かれた。これでめでたしめでたしのはずだ。……だが、どうにももやもやとした気分が晴れない。

 魔王の作った影分身。魔王と同じ魔法を使う。ネーヴェという男。だがしかし、姿かたちが魔王のモノと違うという。そんな事ってあるだろうか?もしかして、魔王が今回2人いたりするのだろうか?

 ……うわぁ。その考えは嫌すぎる。第二第三の魔王の登場とか。

 そういえば、今回の魔王は結構な種類の魔法作れるみたいだし、姿の違う影分身作れたりしそうだ。


『その可能性はあり得るかもしれんのう』


 ですよねぇ。

 リョウとマリアの沈痛すぎる表情に、グレアム以外が戸惑う。……あの人空気読めねぇな……。まぁ『戦闘狂』とか言われる位だからな。しかし、パーティーも大所帯になってきたなぁ。これは食料足りるのかな?まだ先は長そうなんだけどなぁ。

 さて、今回の食事はカレーだ。ずっと気になっていたんだよな、これ。しばらく食べてなかったから、異常に食べたい。たまに無性に食べたくなるよなぁ、カレー。まぁ、知らない誰かが調合したやつだろうから、味は保障されないけど。レトルト味とか、定番の市販の固形のルーとかが懐かしいよ。

 じゃがいもと人参の配分を間違えない様にする。人数が多いので、ラインハルトとロイも手伝ってくれる。

 カレーは良いね、簡単だ。そしてこのカレー、とても良い香りがする。なんだかとても懐かしい感じのする匂いだ。まぁカレーなんてこんなもんかな?

 カレーが完成し、皆で食べる。アンドリィという街で買ったものらしいとリョウが言っていたので、俺が作ったとしてもしんみりすることはない。

 美味しそうなカレーを口に運んで、止まった。思考が停止してしまった。

 スプーンを口にくわえたまま、硬直する。


 ……うん?


 ……なんで?


 これ、なんで……ゆきちゃんのと同じ味がするんだ?


 ドキドキと速まる心音、震えてくる手。期待を込めて、2口目。……やっぱり、同じ味だ。真似しようとしても出来なかった、ゆきちゃんのカレー。何度俺が同じように作っても、出来なかった。

 頻繁に作ってもらうのは悪いし、自分でも作りたかったこのカレー。でも作れなかったんだ。本人じゃないと。

 俺はそっと皿を置いて、正座する。


「すいません」


 全員が顔を上げてこちらを見るので、若干怖気づいてしまう。が、大事な事なので、ここで黙る訳にはいかない。


「これ……このカレー、誰が作ったか、知りませんか」


 皆困惑したように顔を見合わせる。沢山のモノが行きかう街で買ったなら、誰が作ったかなんて分からないだろう。ましてや、魔王が適当に購入してきたなら尚更だ。魔王なら、もしかしたら知っているのかもしれないが。

 アンドリィという街に、もしかしたら……ゆきちゃんが転生しているかもしれない。その可能性に胸が震える。転生者は、普通にいるのだ。ゆきちゃんが転生しても、可笑しい事はない。いや、これはもう、転生している。

 この味は、ゆきちゃんのモノだ。

 俺が勇者として召喚されるんだ、ゆきちゃんがいてもおかしくない。

 

 生きているかもしれない。


 その希望に、嬉しさが込み上げ、胸が震える。

 この世界で、ゆきちゃんは同じ空を見上げていたのかもしれない。そう思うと、今までうだうだと後ろ向きな考えをしていたのが馬鹿らしく思えてくる。

 そうだ、生きてる。俺より主人公らしい彼女の事だ。この世界でも二つ名なんて貰って楽しそうに笑っているのではないだろうか。

 沢山の人達に囲まれて、慕われているに違いない。今ここで分からなくても良い。目立つ彼女の事だ。きっとその街へ行けば何か分かるかもしれない。

 魔王を倒したら、探しに行く、必ずだ。でもせめてヒントがあればもっと良い。

 はやく、魔王を倒して行かないと。今なら光属性魔法を上手く使いこなせる自信がある。魔王も早く倒せるかもしれない。会いたい。早く会いに行きたい。

 今度こそ幸せにしてやるんだと誓ったのだ。間違わないと、決して間違わないと決めたのだ。会ったら言うんだ「好きなんだ」と。ずっと愛してやまなかったのだと。

 はやる気持ちをグッと抑えて、『伝説の剣』を握りしめる。


 皆が困惑する中で、ギルだけが口を開く。


「ああ、それな……アルが作って広めた」

「「……え?」」


 何故かリョウと声がハモッた。

 が、今はそんな事気にしている場合ではなかった。

 意味が分からない。ちょっと待て。それはどういう……。


「『食の街』アンドリィでそれを作り出して、馬車と交換していたな。……懐かしいな」


 寂しそうに呟くギル。

 ……え?

 ……え、え?

 俺は、ギルの顔とカレーを交互に見る。

 なんで、今ここで魔王の話が出て来るんだよ?

 上手く頭が回らない。何かが詰まったように思考が上手く動かない。


「買ったんじゃ、なくて?」


 声が震え、体から熱が引いていく。

 握りしめた剣からカチカチという音が鳴る。

 ギルは俺の様子を訝しがりながら、はっきりと答えた。


「ああ、持っているカレー粉はすべてアルが作ったモノだ。買ったものはないはずだ」


 ―――魔王が。

 魔王が作ったと。

 この味を作り出したのは、魔王だと。

 ゆきちゃんと同じ味の。


 ―――私の偽善。


 魔王の手紙が似ている、と思っていた。自分を犠牲にするその姿だとか。人を懸命に想う心だとか。誰からも慕われるその人望だとか。知らない勇者まで気遣うその姿勢だとか。

 まさか。

 そんな訳ない。そんな訳ないだろう。

 ゆきちゃんが死んでからまだ半年くらいだぞ?転生してたら赤ん坊だ。有り得ない、有り得ない。そう思って、首を振る。

 しかし否定しようとしても、ざわつく胸が収まってくれない。手の震えも止まらない。冷や汗が、止まらない。

 違う、違う……考えたくない。そんな事、だから、違う。

 違うなら、じゃあ魔王はなんなんだ?どうやってこの味を作ったんだ?簡単にこの味を再現できるものなのか?

 違う、魔王は多分、教えて貰ったりしただけなんだ。―――誰に?ゆきちゃんに?教えられた俺も作れなかったのに?本人にしか作れなかったあの味をこんな異世界で別人が再現できる?

 そんなの無理だ。本人じゃないなら再現なんて出来ようはずもない。それにギルも言ったじゃないか、「アルが作って広めた」と。


「違います、勇者様」


 震える声がかかる。顔を真っ青にしたリョウだ。


「その考えは、きっと違います」


 ―――そう、か。

 この人は、気付いていたんだ。

 思えば、途中から反応がおかしくなった。あれは、そういうことか。その反応に、妙に納得してしまった。ストンと何かが落ちたような気がした。

 人の幸福ばかり願う、自分が辛くても、完全に仲間を騙しきる、罪をきせられても笑って許す。

 そうだ、リョウは言っていたじゃないか、「魔王の味と似ている」と。そりゃ似ているだろうな。俺が作る料理は全てゆきちゃんから習ったものだ。似ない方が可笑しいだろう。

 そうか、ギルが話した時に自分と重ねてしまうはずだ。本人なら、そりゃ嫌でも魔王の印象が似る。

 魔王の情報が、全てゆきちゃんのものと被る。散りばめられたピースがピタリ、ピタリとハマっていく。

 彼女はいつだって、大切なモノに嘘を吐く。それはいつでも暖かな、優しい嘘で塗り固められてて。皆が幸せになれるだろう道を選んでばかりいて。綺麗に笑って、彼女は大切なモノを欺く。相手が幸せなら、自分も幸せなんだと嘘をつく。

 彼女は、いつだってそうなのだ。

 自分を犠牲にする事を厭わないのだ。

 誰かの幸せばかりを願うのだ。

 だから皆彼女の事を慕ってやまない。

 こんなに条件が揃う完璧な人間なんて、別人であるほうが難しいのかもしれない。


「リョウさん、嘘をついていても、いずれバレます。勇者にはステータスを見る能力があるんでしょう……?」

「ロイ、さん……?」


 喉の奥が渇いて声が思うようにでなくなる。

 嘘だ。そんなの嘘だ。これはきっと、何かの間違いだ。そうだ、リョウの言う通りなんだ。だから、もうこれ以上の言葉は、いらない。

 この考えは間違っている、なぁ、そうだろう?だって有り得ないだろ?

 なぁ、ロイさん。そうだって言ってくれよ。


『あなたは転生者でしょう?せっかくの二度目の人生なのに……何故?……』


 この言葉を言う為に、2人の転生者が必要だった。ロイさんは、知っている。誰が転生者なのか、知っている。

 魔王がもし、もし彼女なのだとしたら。俺が命を奪わなきゃいけない相手は―――。

 ドッドッドッと破裂しそうな程心臓が速い。聞きたくない。聞きたくない。しかし、真っ直ぐにこちらを見据えるロイさんから、目が離せない。逃げ出したい、聞きたくない。それを聞いてしまったなら、俺は―――。


「柊くん、あなたが今から討伐するのは―――」


 いらない、その先の言葉はいらない。だから、黙ってくれ、ロイさん。聞いたって、何にもならないだろう?だから、頼むよ、なぁ―――。


「転生者、井上いのうえ優樹ゆうき―――魔王、アルリリアです」

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