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間話3

精霊王ガルム・クエイストのお話です。

 精霊王ガルム・クエイストは退屈していた。

 世界は確かに時間が経過しているというのに、この山だけは時が止まっているように思う。

 精霊王ガルム・クエイストはかつて人間だった。それももう随分と遠い記憶で薄れてきてしまっている。遠すぎて眩暈が起ってしまうほど遠い。ガルムだけではなく、有名な4大精霊は全て人間だった者達ばかりである。

 かつてこの世界は魔法なんて存在しない世界だった。手作業で火をおこし、時間をかけて水を汲み、労力を使って木を切った。野生生物を狩るのも命がけ。

 最古参のガルムがかつて人間だった頃に練り上げたのが魔法。

 火の魔法である。その魔法だけで世界は劇的に便利になった。火を簡素におこせて、操れるというのはとても便利だった。悪用も勿論あった。それについては二度と火の魔法を使えなくする事もガルムには可能だった。神のように崇められて、なんだかんだと楽しく過ごした記憶が僅かながら残っている。

 悲しい記憶は忘れた。それで良かった。だが、誤算があった。

 ガルムは死後にも目が覚めた。その体には炎を纏っていた。

 人々からは「精霊王」と呼ばれた。死を経験してなお、死ねなくなったと悟ったガルムは、しばらく荒れていた。その間に出来たのが『業火の炎山』だ。その熱さは人間が踏み入れられる温度ではなかったが、ガルムには関係ない話だった。

 長い時間かけて、火の精霊も生み出し、やがて転機が訪れる。


「……これがあの伝説の火の精霊王か」


 だらだらしていたガルムに声がかかった。驚いて顔を上げると、銀の髪を長く腰まで伸ばした青年が立っていた。翡翠色の瞳を興味深そうに此方に向けている。


「……ああ?なんだ?お前は」

「失礼しました。私はホーエンシュタインと言います。以後、お見知……しなくても良いですが。まぁ名乗っておくのが礼儀ですから」

「……へぇ」


 ガルムは興味深そうにホーエンシュタインを見る。良く見ると、自分が生み出した精霊が彼を手伝っていた。故に彼はこの山に辿り着けたのだろうと推測する。

 純粋に面白いと思った。そこで思いついた。こいつに火魔法を好きに扱えるようにしてやろうと。単なる思い付きだった。これだけ火の精霊に好かれるんだから、自分もきっと気に入るはずだった。

 ガルムは勝手にその青年に口づけを落とした。そうする事で火魔法が詠唱ナシに出来る事を知っていた。かつて愛した人間の女は、それで人生が狂ってしまったようだが、もう顔も覚えていない。

 まさか男相手にする事になろうとは考えていなかったが、すでに色々諦めてしまっているガルムには無関係だった。人間と精霊は種類が違いすぎるのだ。


「おま、何、勝手に変な事してやがるーーーーーーっ!!」


 ホーエンシュタインは杖を振りかざしてガルムを殴りつけた。それなりに痛かった。久しぶりに感じた痛みに、少しばかり笑いが漏れる。

 それからホーエンから外の世界について教えて貰った。長い間外界との接触を絶っている間に色々あったらしい。

 まず、精霊王というのが増えたらしかった。水・土・風……。

 そして闇……。こればかりは世界を震撼させたらしい。世界が暗雲に包まれて壊される寸前に陥ったらしい。ガルムは全く知らなくて愕然とした。

 あまりに知らなさ過ぎて逆に面白くなった。

 無詠唱の火魔法についてはガルムが教える事となった。

 だが、何故かホーエンは滅茶苦茶に火魔法を投げつけた。


「なんで斜め上に飛ぶ!?」

「ヘタすぎだろホーエン!なんでそうなる!?」


 試しに詠唱を聞くと、誇大解釈されて、認知が斜め上を行っている詠唱だった。確かにこれだとガルムの無詠唱は難しそうだった。

 ガルムが拗ねている間に人間が勝手に付け足して、多少間違えているものを無理に繋ぎ止めた詠唱は、ガルムには少々理解出来ないモノもあった。

 ほったらかしにする事で相当ダメな方向に転がったらしい。


「なんでだー!?なんでその理屈になるっ!?もういい!もう詠唱するわっ!」

「だーかーらー!その詠唱の方が間違ってんだって!」


 うだうだと喧嘩するのも中々楽しかった。だが、そういった時間も長くは続かない。彼は人間だからだ。魔力によってかなり延命されたとしても、人間なのだ。

 大賢者ホーエンシュタインはこの世から姿を消す。心に大きな穴が開いた。かつて愛する女が狂った時と同様に、親友を失った悲しみは大きかった。

 ガルムは同様の存在を探す事にした。まずは水の精霊王シャルル・ルーボン。


「あらら?何かしらあっついわねー」

「俺は火の精霊王ガルム・クエイストだ」

「見れば分かるわよ。そして熱いのよ、この引きこもりがっ」


 水を纏ったドエロイ女はいきなり水をぶっかけて来た。

 その力は強大で、俺の力を多少削る事になった。ピリピリしている水の精霊王とはあまり会話にならない。なので断念した。次は風の精霊王カイン・ヴェローテンだ。


「おおっ!?最古参の火の精霊王自ら俺を訪ねてくるなんて!?」


 ははーっと頭を地に擦りつける風の精霊王は大仰な仕草をするやつだった。

 その身には常に心地よい風が凪いでいる。


「やー俺って新人なんっすよ。つってももう1000超えますが」


 風の精霊王がもっとも若いらしい。火、水、土、風、そして闇なので。もっとも若いのは闇らしいが、その姿を見たものはいない。

 そして光に至っては異世界人のみだ。だから闇と光は数に入れていない。

 風の精霊王とはそれなりに仲良くなったと思う。だが、度々地面に頭を擦りつけるのはやめて欲しい。

 最後に尋ねたのは土の精霊王ラルリスエル・アノイ。


「あう……うう……」


 土に埋もれた状態のまま、少しだけ目を出してこちらを伺う幼女。それを守るように前に立ちはだかるのはヴァロアという青年騎士だった。


「なんの御用ですか、火の精霊王殿」


 赤い長髪を後ろで縛って凛と立ち見据える姿はとても堂々たるものだった。

 こちらの方が精霊王のような威厳を持っている。


「いや、用という用はない。ちょっと同族の様子を見に来ただけさ」

「……確かにそのような噂は耳にした事はありましたが……」


 チラリと土の精霊王に目線を向ける青年。


「うう……ロア……ごめん……」

「ああ、いえ……」


 頬を染めて恐る恐る土から這い上がってくる幼女に、ヴァロアも少し頬を染めて俯く。……なんだこいつら。

 精霊と人間で恋でもしてんのか?……ありえねー。

 もう魂の形すら変わっている存在だっていうのに。しかし、ヴァロアという騎士の気配もなかなか変わっていた。土の精霊王の気配が勿論強いのだが、何故か火の気配がした。それも弱いモノではない。それでいて俺の精霊の気配でもない。

 本当に不思議な感覚がする男だった。


 その違和感は直ぐに拭えた。

 彼は炎剣と共に生まれた、剣でもあり、人間でもある存在だったからだ。人間ってのは剣にもなれるようになったのか、と感心してしまった。

 青という奇怪な色を纏う炎は、主を定めると強くなるらしい。原理は良く分からないが、ヴァロアというのはそういう存在らしい。主を決めた瞬間に青い焔が高く舞い上がったそうだ。


 色々訪ねてみると、外の世界ってのは面白い。大きく様変わりした姿はかつての世界だとは思えなかった。

 そして、俺は勇者と対面した。

 その背には白い翼を纏い、歴戦の戦士の風格を持つ男だった。

 その時彼が携えていたのがエイリスフィール。

 勇者が逞しい金獅子ならばエイリスフィールは女神の美しさを持っていた。

 ただ、性別は男のようだったが。


「ほう?そなたが火の精霊王かえ?」

「そうだな。お前剣なのに人になれるし喋れるのか……まぁ、そういうのもあるよな」


 なんてたってヴァロアも良く似た存在だったのだから。

 そしてエイリスフィールは冗談の通じない男だった。

 冗談を言っても冷たい目での冷めた返事しか返ってこない。

 なんて面白味のない男だ。こいつを作った奴は絶対に不愛想な奴だろう。まぁ、あの翼の勇者も真面目で表情の変わらない男だから、きっと気が合うだろう。

 俺には無理だが。ああ、ホーエンとの時間は楽しかった。


 時間が経つと、ヴァロアという騎士は何故か大賢者と呼ばれているのを耳にした。そう呼ばれても自分は無関係だとばかりにラルに尽くしているヴァロアを見て、こいつらは変わんねぇなーと思った。だが、ヴァロアも人間だったらしい。しばらく生きていたが、やはり死んでしまった。

 ラルは塞ぎこんでしまった。彼らの子孫であるノームという種族達も懸命に励ましたがあまり意味をなさなかった。そういうのはきっと時間が解決してくれる。精霊ってのは、時間なんて関係ないからな。


 また俺は山に引きこもってだらだらする。マグマに浸って体を流す。人間だった時にはありえない行為も平気で出来る。ただ、退屈だった。待っても待ってもホーエンのような存在は現れない。

 精霊王の加護の条件をここに来た者にしたんだが、誰も来ない。条件が厳し過ぎただろうか?変えてしまおうかとも考えていたところに、思わぬものが持ち込まれる。

 青い炎を薄く纏った剣だった。精霊たちが頑張って頂上まで持ってきてくれた。ヴァロアの再来かとも思ってラルに知らせようかと思った。

 だが、ぬか喜びさせるのも悪いと思い、取りあえず放置する事にした。


 しばらくすると、大人数で山に登って来る者達が来た。

 正直驚いた。どれだけの精霊に手伝って貰えばそんな事が出来るのか。ゆっくりと登って来るその遅さに痺れを切らせた俺は自分から彼らの方に現れた。


 驚いたことに、剣を返せという男が現れた。間違いなくあの炎剣だった。ずっと塞ぎこんでいるラルは少しは元気が出るだろうか?そう思いつつも俺ははやる気持ちでホーエンのような気配を持つものを探す。直ぐに目についた。銀髪、翡翠の目。ホーエンの再来だった。

 人間の魂ってのは生まれ変わりをするらしい。多少違う気配も混ざってしまっているが、間違いなくホーエンだった。反応も良く似ていて、とても愉快な気分になった。

 まさかかつての親友に会えるとは思っても見なかった。心が浮き立つ。


 そして、驚いたのが、炎剣の者は剣から強く炎を舞い上がらせていた。

 あいつ、もう主を見つけているのか。ラルの気配がないので、別の奴なんだろう。あー……もうこれは知らせない方がいいかもな。

 驚いて剣を見つめるその男からは強い光が灯っている。

 恐らくは主の命に忠誠を誓っている目だ。ああいう目は変わらないんだな。刺し違えてでもその忠誠を守り抜く。それが炎剣という人間だ。だが、探してもそれらしい主は見当たらない。

 てっきりパーティーにいると思っていたんだが、検討違いか?彼らは強さに惹かれるのだ。ラルも強かった。心は弱かったが、力としては強い。だから、魔王討伐メンバーに選ばれるのも必然。もしや、先立たれた?いや、そんな馬鹿な。あの剣に限ってそんな油断などするはずも……。待て、なんであいつは剣を手放していた?

 あれは自身とそう変わるものではないだろう。良く分からない炎剣だ。だがまぁ、魔王討伐は成し遂げようとしているようだ。そういう命令を受けたに違いない。……だが、なんだろうか?少し迷いがあるようだ。主の命令に逆らう事なんてあるのだろうか?


「なぁ?お前ってさ……何迷ってんだ?」

「……は?」


 懸命に剣を振るう炎剣に声を掛ける。気になったら即質問だ。


「何をいっているのか、分からんな」

「おいおい、とぼけんなよ。俺はお前と同じ存在に会った事があるから分かる。お前のような存在は迷う訳がない。其れが主の命ならなおさらだ」

「……俺と同じ存在、か」


 少し考えるように俯く炎剣。


「……迷っているように見えるか?」

「見えるな」

「……はぁ。俺は、まだ迷っているのか。くそ、もう決めている事なのに」


 苦しげに呻く炎剣。その言葉は自分に向けて放っているようだ。


「で?なんで迷ってる」

「……」


 目線を逸らして黙り込む炎剣にイラッしたので炎の球をブン投げる。


「あつっ!?」


 流石は炎剣である。避けやがった。それでも熱いようだが。炎剣でなかったら熱いだけでは済まされない威力だったろう。


「で、なんでだ?」

「……はぁ、主の命令は……主を殺す事だからですよ。精霊王殿」


 諦めた様に溜息を付いて答える炎剣に、驚いて目を見開いた。


「はぁっ!?なんでそんな馬鹿な命令……いや待て、ちょっと待て。お前の主って、まさか……」


 ちょっと待て?なんだ?こいつは魔王討伐しに行っているはずだ。それを躊躇している?それってまさか。


「そのまさかだ。我が主は魔王様だけだ」


「あ、ありえねーーーーーー!!」


 思わず叫んでしまった。魔王の事柄に関して詳しく知っているわけではない。だが、これは知っている。魔王は破壊の権化である。

 いや、強さに惹かれる炎剣の事だからこれに関しては理解できる。だが、彼らは誠実さも求めるはずだ。そんな魔王に忠誠を誓っているだなんてラルが聞いたら卒倒するわ!!意味分かんねぇ!しばらく見ない間に炎剣ってのは変わっちまったのか?


「ご安心を、魔王様に誓って仲間に手を出す事はない。それが魔王様の命なのだから」


 強い光を灯して言い切る炎剣は、かつて見た炎剣そのものだ。

 ありえない……。こんなに忠誠を誓っている相手が魔王だって?しかも、なんだ?この違和感は。魔王に誓って手を出さない?命令だって?……魔王ってのは破壊の者ではないのか?

 俺の認識不足なのだろうか?いやホント俺って山に引きこもってばっかだったからさ。魔王が自分を殺すよう命令した?それは、ええと……どういう事だよ。


「我より長く生きておるというのに、本当にそなたは情報に疎いのう……」


 馬鹿にしたような色っぽい声が響き渡る。


「エイリスフィール……」

「こっちに来い。説明してやる故」


 ちょいちょいと手招きするエイリスフィール。人型になれるのに、歩けないのが不思議だ。癪だが、近寄らない事には話にならない。

 小声で聞こえないように俺の耳に話しかけてくる。

 そして聞いた事実にまた驚かされる。このパーティーは赤髪の少女と青い短髪の男と勇者以外は、かつて魔王と共に戦った仲間であるという。そして、魔王は毒性の強い闇属性に冒されるまでは普通に会話の出来る人間なのだとか。そんな情報知らねぇ。

 だが、それで納得がいった。通りであの炎剣が忠誠を誓うはずだ。まだマトモな状態の強い魔王に忠誠を誓ったのだろう。そして、マトモな魔王の命は破壊の魔王の殺害。こうなる事を予測したマトモな魔王の命なのだろう。

 これだけ忠誠を誓えるんだ。余程良い人物だったことが伺える。そして、その迷いのない命令にも好感を覚える。


「むやみやたらと話すでないぞ?なんだかあやつらも中々心情が複雑ゆえ……」

「言うかよ、んな事。つか、誰も信じねぇだろ。魔王は破壊の権化、これしか人は信じねぇよ」


 俺もエイリスフィールの言葉でないと信じない所だ。

 奴は誰よりも魔王に詳しい。何度もその身で魔王を殺した剣だからだ。


「そうかのう。そなたはおしゃべりゆえ、心配じゃ」

「どーゆー目で見てんだてめぇは!?」


「引きこもりは人に会うと途端に人恋しくなってお喋りが過ぎて困るからのう」

「人恋しくて話してる訳じゃねえ!これは元々だっ!!」


 エイリスフィールを怒鳴りつけていると、その横で大人しくこちらを見ている青年がいた。黄金の髪に青い瞳。正しく勇者そのものの容姿なのだが……なんだか弱そうである。

 まぁ、金獅子のような勇者しかみていないのでそう思うのかもしれない。

 だが、それにしても弱そうだ。柔らかく微笑む姿はなんだか弱弱しく儚い。これは大丈夫なのだろうか?これで魔王を倒せるのか?

 じっとり眺めていたら、「はい?」とでも言ってくるように小首をかしげている。イラッとして火球を投げつけると、顔面に直撃した。


「だぁあっ!?熱い痛い!?」


 威力を抑えてあったので、顔が赤くなる程度で済んでいる。念の為に威力を抑えたのだが、まさか避けないとは思わなかった。


「何をなさるんでございまするか!?」


 涙目で訴えかけてくる口調が微妙に変だ。


「いや……イケメンだとご褒美にも為りうるのか……誰得」


 そう良く分からない事を呟いて冷めた目をしたエイリスフィールに殴られていた。そんなエイリスフィールに頭を地面に擦りつけて謝り倒していた。

 ……この勇者は中々面白そうな奴だった。

前回勇者視点で精霊王の加護がギルで2人目と書かれてありましたが、ガルムは人間時代に女性に加護を与えています。

それからずっと引きこもっているので、歴史書にも残されていません。

本当の加護人数はガルムのみぞ知る。

世間的には2人目で正解です。

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