13話
結局、リョウに日本語の件について聞き出す事は出来なかった。なんだか、その話に持っていこうとすると、あからさまに避けられたり、別の話題を出したりするのだ。
良く分からないが、知られたくない何かがあるらしい。あんな気になる事言っておいて、教えて貰えないとか……餌を前にした犬のような気持ちとは、こういう感じかな。……違うか。
リョウは日本語を話したが意味までは知らなかったという。「音」だけ拾って意味も理解せずに覚えているってかなり規格外だと思うのは俺だけだろうか?
いきなり外国語でペラペラ話されたモノを覚えてたって事だろう?俺なら無理だ。
でも、そうすると、リョウ以外の誰かがしゃべったという事になる。内容は転生者だったから……日本人がこの世界に転生していたって訳だ。まぁ、勇者召喚がアリなら、転生もアリだろうな。
俺はその転生者とやらに会ってみたいんだが……あの様子じゃ聞き出せそうにないけどな。
モヤモヤしつつ、ブラックフォードに着いた。ブラックフォードに近づけば近づくほどに魔物の数は増えて、魔物のレベルも強くなっていった。因みに俺のレベルは今はこうだ。
柊鏡夜
LV:33
16/勇者/火・水・風・土・光
攻撃力:267
防御力:202
魔法攻撃力:299
魔法防御力:132
魔力:1376
『救世主』『神々の祝福』
うん、結構強くなってきたんじゃないか?相変わらず、光属性は使えてないけど。きっとなんとかなるさ、うん。まだまだ時間はあるさ。
進んでいると、魔物の集団に出くわす。もはや少し歩くだけでもドンドンと魔物に出会う。このエンカウト率は異常だ。何故こんな状況になっているのだろう。
ブラックフォード全体を覆う大きな結界が揺らいでいる。かなりのダメージを負っているのが分かる。というか、魔王さん、ここにも結界してたんですね……。途中訪れた街も、ほぼ100パーセントの確率で結界が張られていた。大きな街も小さな村も念入りに。
魔王が大切に想うこの世界を俺は、守れるだろうか……。胸に訪れる大きな不安を押し込めて、魔物と対峙する。
大量の魔物と戦い、ブラックフォードの冒険者たちが戦っている所までやって来た。焼け焦げた匂いと血生臭い匂いで、吐き気が込み上げてくる。見ると、戦っている人の中に腕がない者までいる。地面に足やら、何やらがゴロゴロと、魔物の死体と共に人の死体も転がっている。
そんな戦場において、俺が耐えられるはずもない。
「おええええええっ」
吐いた。周りは戦場。だが、今の俺は戦う事もままならない。俺はこんな風にズタボロになった死体を見た事がなかったのだ。
母の時は、眠っているような綺麗な死に顔だったし、幼馴染に至っては死体すらなかった。
だから、恐怖や絶望に顔を歪めたまま死んでいる人達を見て、耐えられるはずもなかった。
今までは魔物としか戦って来なかった。だからまだ慣れる事が出来た。でも、これは違う。人の死は、精神的にきつい。
「勇者様、大丈夫ですか?」
背中をさすられてるが、気持ち悪さは引いてくれない。胃の内容物は殆ど出し切っているのに、まだ吐き気が込み上げる。もう胃液しか出ない。
「リョウ!来るぞ!」
ギルの呼びかけで、リョウはハッと顔を上げて周りを警戒する。小さく詠唱を呟き、こちらに魔物が来ない様にしてくれる。リョウの額には僅かに汗が滲み、焦りを浮かべている。
「ぎゃあああっ」
人の悲鳴にハッとして声の方に顔を向けると、下半身を丸ごと食われている兵士がいた。
「マリアっ!」
リョウが叫び、マリアの回復魔法を望む。が、マリアもすでに詠唱をしている所だった。あれだけの傷だ。「ヒール」程度じゃ治らない。マリアは長ったらしい上級の詠唱にやきもきしながら早口でまくしたてる。マリアの唇と手が僅かに震えている。早く自分がなんとかしないと、死ぬと分かっているのだ。けれど、詠唱が長い。
「―――っ!」
兵士はマリアの姿を見つめたまま、その瞳の光をなくした。
死んだのだ。
マリアが息をのむ。そして……。
「――――っ……ヒーラス・エポート・ボウ・トゥ・リーブ・サムワン・アインスト・グローブ・クイック・リィング!!」
詠唱を終えて叫んだ。すると、広範囲に光が溢れてキラキラ輝く。腕をなくした者、両足を失った者、片目から血を垂れ流している者……全ての人間が癒される。聖女の上級全体魔法。
その光り輝く地面にいる限り、怪我はすぐにふさがるし、体力も戻る。即死級の技を受けない限り、無敵になれるような、そんな奇跡のような魔法。
けれど、先程の兵士は動かない。
聖女の回復魔法をもってしても、死者は蘇らない。そのあまりに衝撃的な出来事に、クラクラする。目の前で、人が死んだ。これはテレビの映像なんかじゃない、作り物なんかじゃない。遠い世界では確かに戦争が起こって、人が死んでいたかもしれない。
でもそれは俺とは関係のなかった話だ。戦いがない日本で、こんな、こんな無残な死に方を見る事はなかった。
マリアは兵士を一瞥して唇を噛みしめる。ギリギリと食いしばり過ぎて、血が滴り落ちていく。しかしその傷も聖女の作った「場」の御蔭ですぐに治る。
キラキラ輝く地面を保つ為に、マリアは詠唱を口ずさむ。まるで歌っているように、死者への手向けのように。
その黄金に光る場を作る神々しい聖女の姿に、冒険者達が喝采を上げる。
「――――エクスプロージョンッ!!」
「――――テンペスタ!!」
その喝采と同時にギルの上級火魔法。リョウの上級風魔法が魔物に襲い掛かる。圧倒的なその威力に、目を奪われる。まるで災害ともとれるような爆風が生じ、魔物達が霧散していく。
一瞬だけ、シンと静まり返り、また「わぁっ」と喝采があがる。
「増援だ!」
「あれは、まさか、聖女なのか!?」
「助かった!」
「傷が、癒えていく!」
「これで勝てる!」
防戦だった冒険者たちが、攻撃に回る。怪我が完治した者もだ。戦意は失われていない。むしろ、聖女の登場に高まっている。
しかも強い魔術師2人つきだ。そしてラインハルトもまた、鬼神の如く魔物を高速で切り捨て続けている。
劣勢だった戦いがたった4人加わっただけで優勢になった。これが勇者パーティー。ギル、マリア、リョウ、ラインハルト……全員とんでもなく強い事が分かる。だが、今のですべて一掃出来たわけではない。むしろまだうようよと魔物は沸いてきている。
良く今までこいつらを止めていたな。ここの兵士や騎士達も相当鍛錬を積んでいる事が分かる。
しかし、死を待つだけのジリ貧の状況だったのが優勢になり、かなり士気が上がった。
流れるように敵を倒していく勇者パーティー。そして、死にきれなかった魔物を他の冒険者たちが潰していく。その手腕は見事なモノだ。まるでずっと戦って来た仲間のような連帯した動き。
圧倒的だった魔物の数も順調に減っていく。このままいけば、確実に勝てるだろう。
俺は、何も出来なかった。
動く事も出来ず、魔術をバラまく事も出来ず、震えるだけだった。人の死を目の前で見せつけられて、ぐちゃぐちゃになった死体を見て無様に地面に這いつくばる事しか出来なかった。
これが勇者?……バカバカしい。
なんて惨めで、情けない。
誰も俺には目を向けずに戦う。俺が勇者なんて、誰も思わないんだろう。
『ヒイラギ……』
気遣うような声が響く。
死というのを、目の前に突き付けられて、身動きが取れなくなる。
「は、はは」
乾いた笑いが漏れる。なんなんだろうな、俺って。ここに来る前は死にたいと確かに思っていたはずなのに。人を殺したいほど憎いと思っていた事もあるはずなのに。実際に目の前でぐちゃぐちゃに殺される人間を見て、恐怖で身が竦んだ。
死ぬのが怖いと、確かにそう思ったのだ。
俺が情けなく吐いている間に、人が死んだ。その事実が冷たく俺の胸に広がっていく。
もっと俺が強かったら。早くブラックフォードについていたら。情けなくしゃがみ込んでいなかったら。
あの人は助かったかもしれないのだ。
「う、ぁ……」
ボロボロと涙が溢れる。なんで俺が勇者なんだろう。俺じゃなかったら、もっと早く世界だって救えたはずなのに。
気軽に勇者引き受けて、いざとなったら役立たず。本当にどうしようもない。
世界救う為に勇者を引き受けたはずなのに。少しでも役に立てるような人間になりたかったのに。
でも全然だめだった。覚悟が足りていなかった。人の死というものは、思いの外重い。こんな俺に魔王なんて殺せるのか。
わぁ、という声が上がった。
魔物を全て排除し、皆が喜んでいるのだ。
ギル達は、その歓声をあびていた。どうどうと、それが当然なのだとでも言わんばかりだ。……強い者が弱い者を助ける。それが当然なのだと。人々は喜びを分かち合い、泣いて抱きしめあう者もいた。
ほっと息をついた。誰もが油断していた時だった。
『―――ヒイラギ!!後ろ!!』
エイリスさんの悲鳴のような声が聞こえて振り返る。そこにはニヤリと嗤っているクラウドの姿があった。全てがスローモーションのように見えた。これが走馬灯という奴なのだろうか。
クラウドが剣を振り下ろす。他の仲間が叫ぶ。助けようとこちらに足を運ぶ。
だが、絶対間に合わない。俺の剣もクラウドほど速くない。今から剣を手をかけて防ごうと思ってももう間に合わない。頭から真っ二つにされるだろう。俺は目を見開いてその光景を見ている事しか出来ない。
剣が俺の頭を割りにくる直前。
―――ギィン!!
ふわ、と俺の前に灰色のマントを被った人物が舞い降りた。全て一瞬の出来事だった。剣が俺に届く直前に有り得ないスピードでこちらに来て、クラウドの剣を弾き飛ばし、そのままクラウドに回し蹴りをくらわせて飛ばした。
その勢いの余韻で、マントがふわりと落ちる。わいわい騒いでいた兵士や騎士もシンと静まりかえる。まるで時が止まったかのような光景。まるで幻のように現れた男。
飛ばされたクラウドは、悔しそうな顔を浮かべて起き上がってきている。ただ、ダメージがでかいのか、立ち上がる事は出来ないようだった。
幻の男はゆっくりとクラウドに近づき、胸倉を掴んで無理矢理立たせる。ビクッと震えたクラウドは、目を見開いて目の前の男を凝視する。そこで幻の男の興味は尽きたのか、ぺいっと地面にクラウドを投げ捨てる。地面に落とされたクラウドにはもはや起き上がる気力すら沸かないらしい。
振り返った男……はマントを頭にかぶっているので顔は分からない。だが、体格や身長、動作からどう見ても男であるが……。というか、なんで顔からマント?落ちないようしっかりと片手でマントを押さえている。もしかしてあの攻撃中もずっと片手で支えていたのだろうか……?だとしたら相当強い人だろう。
片目だけ見えた鋭い視線が俺をチラリと見つめてくる。その茶色の瞳には複雑な感情がうずまいているように感じた。
呆れ、同情、動揺、怒り、悲しみ……そして僅かに感じる優しさと、懐かしさ。それに既視感を感じた。知らない男のはずなのに、何故かデジャヴを感じる。たぶん、疲れているんだろうと思う。長旅とか、人の死に様を見たから……。
男はチラリと俺を見ただけで、そのまま黙々と兵士や騎士達が騒いでいる所に歩いていく。ハッそうだ、ステータス……。
ネーヴェ
LV:
///
攻撃力:
防御力:
魔法攻撃力:
魔法防御力:
魔力:
……え?ちょっと待て。なんだこの表示。後ろを向いた男のステータスにはそれだけしか表示されない。レベルも、攻撃力も何も見えない?こんな事は今までになかった。
あれ、もしかして……俺のSAN値が下がっている?
「ネーヴェ……今の……」
その男に声をかけた者がいた。小さく話しかけたつもりだったらしい。だが、周りが静かすぎた。妙に響いてこちらまで聞こえてくる。自分の声が響いたのに気付いた男は周りをキョロキョロみて、気まずそうに視線を落とした。
「無事か!」
仲間達が我に返って俺に近づいてくる。その声に他の人もハッとしたようで、ざわざわと騒ぎ出す。「何だ今の」「斬りかかった?」「何故?」「見えなかったぞ」「今のってあのネーヴェか」などなど騒いでいる。
どうやら先程の男は割と有名人らしい。知っている人もいるのか。
「あーと……たぶん、無事です」
自分の体を改めて見て確認する。うん、腕動く。頭も痛くない。斬られていない。もう死ぬとまで思ったのに、不思議な感覚だ。
でも、あのスピードで見えない場所から移動出来るだろうか、普通。いや、無理だろ。この中で最もレベル高いラインハルトさんでも間に合わなかった距離よりもっと遠く離れた所から来たぞ。
その速さはまるで光のようだった。
俺は先程のステータスの件を思い出して、慌てて他の人のステータスを覗く。
リョウ
Lv:44
17/魔法剣士/黒の忌み子/風・土/『理への反逆』:色彩変化
攻撃力:272
防御力:175
魔法攻撃力:402
魔法防御力:245
魔力:0
『自然治癒』『魔力箱』
ラインハルト・ルクセン・ルード
Lv:80
126/剣士/炎剣/土
攻撃力:572
防御力:499
魔法攻撃力:23
魔法防御力:574
魔力:120
『剣と共に』
ギルバート・テレーズ・ドートリッシュ
Lv:64
17/魔術師/『烈火』/火・風
攻撃力:64
防御力:124
魔法攻撃力:685
魔法防御力:484
魔力:798
『詠唱省略・火』
マリア・リィ・ステリッド・マロウ
Lv:66
14/聖女/水・風
攻撃力:32
防御力:66
魔法攻撃力:382
魔法防御力:643
魔力:423
『女神の加護』
あれ?普通に見えるな……って事は別に光属性には関係ない?さっきのネーヴェって人のだけが見えなかったのか。
……さっきの人、何者だったんだ?もしかしたら魔眼では見る事が出来ないようなスキル持ちだったりして。
俺がうんうん唸っている間に、ボロボロになっているレイにクラウドが殴られていた。レイさんマジ苦労性。たぶん、必死で止めていてくれていたんだろう。
「しかし、先程の方は誰なんでしょうね……ネーヴェと呼ばれていらっしゃいましたが……」
本当、何者だろうか。守ってくれて、お礼を言いたかったのに。
―――また守られるだけだった。俺はいつでも守られる庶民Aだ。
なぁ、それで良いのか?俺は、少しでも守る側の人間になりたいと思っていたんじゃないのか?自問自答し、ぎゅ、と力を入れて剣を握りしめる。
―――違うだろう?
守られるだけは、嫌だ。
もう人が死ぬのを見ていたくない。
泣き叫んで、嘆くだけの人間には成り下がりたくない。
彼女は、どれだけ辛くても、泣きはしなかった。どれだけの苦難が待ち受けようとも、止まりはしなかった。死すら簡単に受け止めて、人の為に命を散らした。止まれば後悔すると分かっていたんだ。命は助かっても、自分の精神が死ぬと分かっていたんだ。
死ぬと分かってても止まらない。
そんな人間に俺はなりたい。
汚れている口をグッと袖で拭って立ち上がる。少しふらついて、リョウが手を出そうとして来る。だが、俺はその手を取りはしなかった。もう誰の手も借りたくない気分だった。
もう誰の力もいらない。死にたいと願っていたなら、人の為に命を使う。そんな人間に、俺はなりたいんだ。もう誰も死なせはしない。もうあんな風に目の前で誰かが死ぬのをぼんやり見つめていたくはない。
人を―――助けたい。
力の限り、生きて、全力で。
「あの時ああしてりゃ良かった」なんて考えたくはない。
もう二度と同じ間違いは起こさない。
そうやって生きて、ようやく君と同じ土俵にあがれる気がするんだ。
まだまだダメダメな俺だけどさ、今だって俺のせいで人が死んでしまって、後悔しっぱなしだけどさ……でも俺、やるから。ズキズキと痛む胸をギュ、と握りしめて、歩き出す。前に。
もう、泣いて喚いたりなんて、しない。
地面に這いつくばったり、しない。
だから、俺の成長を見守っててくれないか。
―――なぁ、ゆきちゃん。
柊鏡夜
LV:28→33
16/勇者/火・水・風・土・光
攻撃力:224→267
防御力:179→202
魔法攻撃力:246→299
魔法防御力:112→132
魔力:920→1376
『救世主』『神々の祝福』
道具箱使用可能。(遠隔攻撃使用可能)
念写スキル使用可能。
光属性の攻撃魔法不可。
回復魔法使用不可。




