黒手袋の嘯き屋
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「ねえ君って馬鹿なのかな」
平然と言ってのける。
その度胸と口の悪さに敬意を表しはする。
しかし憧れないのは何故だろう。
誰にだって喧嘩を売ってみせるのは黒手袋の悪いところだ。
けれどそれで黒手袋はいつだって物事をどうにかしてしまう。
ああ、ぼくは人に嫌われるのが怖いのだ。
ぼくは絆に縛られている。
「人間関係は複雑だ。
命だって賭けてもいいと思えるヤツもいれば、合わないヤツだっているさ。
僕はその両方に、全力でぶつかっていってるだけだよ」
ああ、君は正直すぎるよ。
かくいうぼくは、
正直であろうとしてそうあれず、
誠実であろうとして空回り。
ぼくをひねくれ者だという評価に確かにそうだと頷く。
誰かのためを言い訳にすることがぼくの特技です。
趣味は特にありません。
好きな言葉は八方美人です。
出来れば楽して生きたいです。
誰か、とは誰のことだろう。
背中を預けられるほど仲のいい人もいないのになぁ。
「やっぱり君は馬鹿だ」
その通りさ、黒手袋。
「せいぜい足掻くことだね。
僕は君を救うつもりなどない。
ただ、僕の気まぐれが偶然にも君を救う結果になった時は
まぁ、それはそれだよ」
誰かぼくを叱ってくれないか。
ぼくは弱虫だから自分から干渉なんて出来ないさ。
誰かぼくと強引に関係してくれ。
その関係に縛られていたい。
ああ、叱ってくれたはずの誰かと
かつて結ばれていたはずの絆を断ち切ったのは誰だ?
「愚かな親切を押し付けるのが僕の趣味です。
特技はありません。なんてね」
「哀れだ、と思っている時
真に哀れなのはそう感じている自分自身だといつか聞いた気がした。
確かにそうだ、と思うのと同時に
それを言ったそいつは言ってて寂しくならねぇのかと思った」
黒手袋のいいところ。
諦めが悪いところ。
人を選り好みしないところ。
こんなぼくにさえ話しかけてくれるところ。
黒手袋の悪いところ。
しつこいところ。
空気が読めないところ。
独りでいたいぼくに話しかけてくるところ。
美徳は悪徳にさえなるのだ。
これをあいつに言ったなら、
「ならば、悪徳の改善は美徳の喪失だね」
簡単に想像できるぼくが嫌いだ。
あいつは黒手袋。
黒手袋じゃない日は一日たりともない。
その理由を聞いたことはないが
何となく想像できてしまう。
「素手で人に触れてみろ。
君はその感触に永遠縛られ続けるはずさ。
温もりを拭いやすいように
君も気をつけるといいさ」
手遅れだろうがね、と付け加える。
にやりと不敵、あいつは嘯き屋。
一方ぼくはと言えば
ぽつりと独り、蚊帳の外。
自分の求めている物が分からなくなるヴィジョン。
フィクションへの憧憬が霞む感覚でぼくは
あいつの言葉の意味を知る。
「独りで痛い僕は嫌いだ」
痛みさえも共有しよう。
ぼくが哀れな時、
君も哀れなのさ。
孤独を繋ごう。
ファッション感覚の絆。
虚飾が彩る華美な世界。
心情はどこへ
騙し合いのゲームならいらない。
雑踏の孤立感が満たす心と
喧噪の焦燥感に消え入りそうになる純真。
ああ、ぼくはいつから
問いかけても答える声がないことを知っている。
「ちっぽけな存在さ。
君も僕も大して変わりはしないのさ。
プライドなどに意味はないよ。
さぁ、腹を割って話そうか」
ああ、神様。
どうしてあなたは他人の欠点をこの胸に括り付け
ぼく自身の欠点をこの背に垂れ提げたのか。
ひとごと。
一秒一秒破滅に向かおう。
「没個性の精神で社会に溶け込もうか」
声を嗄らそう、息を潜めよう。
「哀れな君に僕は眉を顰めるのさ」
こめかみに銃口を当てる。
「さぁさ皆様お手を拝借。
今夜お目にかけられますは、荒唐無稽な黒手袋の噺」
君は黒手袋の嘯き屋。
舞台の上で演じている。
その姿はぼくのようで
ぼくはようやくぼく自身の欠点を見るのだ。
醜く膨れた悪意の袋。
お読み頂き誠にありがとうございました。