隠れ家レストラン まんまと戦場に行かされた件スピンアウト 散文詩
隠れ家レストランの奥山紅葉 まんまと戦場に行かされた件 抜粋
ドラマを詩のように書いて能の幽玄ぽい世界を作りました。散文詩として発表します。
奥山紅葉が八十島海人に隠れ家レストランの説明をします。
これで、興味が出たら本編もお楽しみください。
わたしはもみじ、紅葉と書いてもみじ。
奥山紅葉。
年齢は見た目通り二十歳ぐらい、ではないのです。
内緒だけど三十路のずっとずーーと前のアラサーなので、八十島海人様よりずっとずっとずーーーと年下の二十代です。
そして日本政府から給与をもらっている特殊な国家公務員です。
表向きはこの国ライラ・マーの大学院生。
この国で考古学を研究している英国系ライラ・マー人の女性教授から指導を受ける日本人大学院生です。
いま六十代の指導教授は優秀な考古学者であり、内緒ですが、実は現役バリバリの工学エンジニアで凄腕ハッカーでもあるのです。
そしてわたしのハンドラーを務めてます。
ハンドラーという言葉でわかってもらえたと思いますが、ボスは現地スパイ組織の元締めでわたしがハンドルされるスパイの一人というわけです。
スパイと言っても、自分たちで他国の秘密を盗みもしなければ、謀略活動もしない。
新聞やテレビで報道される公開情報を収集するのが主な仕事で、政治や経済や学術、あるいは情報のキーパーソンの周りで色々動き回るのが役目です。
少なくとも今までは。
今の説明で「どう動き回るの」と聞きたくなっただろうけど、それは内緒でございます。
さて、八十島海人様。
彼は重要な役割をこれから負うことになります。
わたしが負わせます。
そうしろとハンドラーに命令されましたからね。
その八十島海人様は、わたし、奥山紅葉の方を見たかと思うと首を右に左に上にとキョロキョロを止めないのです。
落ち着きが無いのはしょうがありません。この空間に初めて入った人は皆そうなるのです。
「さっきなんて言っとたの『ジクウー』とか『湯が出るとか』『恰好がどうとか』言っとったように聞こえたんやけど」
と八十島様。
「落ち着いていらっしゃいますのね。八十島様は」
とわたしはカウンターの中で八十島様が済ました食事の後片付けをしながら
「確かにそうお伝えいたしました。この部屋は時空が歪んでいるのです」
八十島様が「ひえーっ」だか「ひゃあー」だか分かりませんが、驚いて息を吞む音が確かに聞こえました。
わたしは深呼吸し八十島様の目を見ます。
奥の方まで、心まで見えるように。
「いま、八十島様がおられるのは、
日本の昭和十七年九月二十五日、
神戸・須磨の浜辺でございます」
八十島様が私の顔を凝視していますが、私の顔には西日が当たって眩しくて表情がうかがえません。
「それでは八十島様、あらためて、この部屋の説明を、この時空間の時間と場所とをご説明申し上げましょう。今、ここは、続けて話すと、日本の昭和十七年九月二十五日の兵庫県神戸市、須磨海岸の浜辺です」
カウンターを拭き終り、八十島様の空になったコップにビールを注ぎます。
「いいですか、もう一度言います。ここは昭和十七年九月二十五日。神戸・須磨の浜辺です」
八十島様はとうとう声も出なくなったようです。
キョロキョロ見回していた八十島様の首と目の運動は止まりました。
わたくしをポカンと見ています。
焦点が合っていない目で、思いつめた表情で、口も少し開いています。
思ったよりショックだったようですね。
でも、すぐに立ち直れるでしょう。
そうでなければ任務に使えませんからね。
しばらくして、八十島様は目の前のコップに気が付いたようです。
手に取ると、入っているビールをゴックンと音を出して一口飲み込みました。
立ち直る試みとしていい方法です。
流石です。
「僕、帰れんの」
あら、まだ明らかに立ち直りきっていませんね。
引き続き声をかけ続けましょう。
「もちろんです。わたくしのいう事を聞いてそれに従って頂けさえすれば」
「ひょっとして脅してんの」
おお、自分が客観視できるようです。
さすがは八十島様です。
「まさか脅してなんかいませんよ。お帰りになるには、あわてずに、ちょっとした注意が必要なだけでございます」
「・・・」
「要は出口をお間違えにならければ、いつでも、誰の許可も、命令も得ずに、お帰りになれますから」




