第88話 決議
陽介は住人に振り返ると、ニヤッとした。
やる気がでるのは結構だが。
こっちも商売だし、負けてやるわけにはいかない。
「ご指摘はごもっとも。今回は第三者をお呼びしています。さっ、先生。入ってきてください」
ガチャ。
ドアが開くと女性が入ってきた。
葛城より背が小さいが、ショートカットの知的な雰囲気の女性だ。
女性は前まで出ると、自己紹介した。
「わたしく、弁護士の市川睦月と申します。この度、山路さんからのご相談で、本件のご説明に参りました」
胸のひまわりバッジがキラリと光る。
「おぉ」
「綺麗な弁護士さん」
どこからかそんな声。
よし、第一印象OK。
やはり、この人選は正解だ。
睦月は咳払いした。
「こほん。山路さんのプランについて、わたしの方からご説明します。まず、本件の5戸については、相続登記もせずに放置。調査の結果、その中の3件は相続人不在」
「残りは?」
「残りの2件は相続人が見つかりました。山路さんの方で、相続人の方に管理費滞納の実情をご説明の上、任意売却で話をすすめているそうです」
「その5軒、……いや3軒か。勝手に売れないだろ」
理事長の声。
「総会議決があれば可能です。まず、裁判所に財産管理人を選任してもらい、山路さんの会社が安く買い取る」
「だからそれが利益相反なんだってーの」
陽介が叫んだ。
「もちろん、販売には裁判所の許可がいります。逆に言えば、OKがでれば問題はありません。本件は給排水管工事ナシでは価格のつかない不動産です。これをご覧ください。仲介大手A社とB社の査定書です」
査定書には『査定価格10万円』の文字。
「配管更新費用を考えれば、10万円でも赤字です。妥当な価格ですので売却許可はおりると思います」
「それって、買いたたきだろ?」
「いや、空き家がいくらになろうが、俺らには何の損もないし」
住人たちが再びザワつく。
理事長は、誰とも話さずに真剣に聞いている。
今回、特別決議に必要なのは9票(9/11)。
既に書面による反対が2票でている。
他の住人もだが、理事長か谷川長男のどちらかが反対した時点でアウト。
——つまり、この場の全員が賛成しなければ可決できない。
そこからは、俺が話を引き継いだ。
「その場合、弊社で更新費用の一部を負担します」
俺は電卓を叩いた。
「このスキームなら一戸あたりの負担額は50万円まで下げることができます。もし2,000万の交換費用を普通に15戸で負担すると、一戸あたり約133万円の負担です。いかがでしょう?」
会場はますますザワついた。
理事長が頭を抱えている。
俺は言葉を続けた。
「工事をすれば、資産価値は、ほぼ確実に50万円以上あがります。わたしが皆様の立場でしたら、正直、反対する理由が見つかりません」
参加者の数人は頷いた。
理事長は顔をあげた。
「ええと、その場合、財産管理人とやらは、誰に頼めば?」
「たとえば、この市川先生は不動産再生のスペシャリストですよ。もちろん、誰に頼むかは、みなさまのご自由ですが」
俺は睦月に目配せした。
すると、睦月が話し始めた。
「今後のためにも、修繕積立金は新設すべきです。また、管理につきましては、歴史のある物件ですので、住人の方に管理人をしていただくのも良い手かと思います。力仕事もありますので、できれば、若い男性の方がいいのですが……」
俺は手を上げた。
「あの。陽介さんはどうですか? この団地のことを思うさっきの表情、適任だと思います」
「そうだよ。よーちゃんにやってもらおう。気心も知れてるし」
その場の全員が拍手した。
理事長の方を見ると、頬を拭っていた。
管理人が声を上げる。
「では、給排水管の更新について賛成の方は挙手を……」
♦︎
駅までの帰り道。
葛城が後ろ手を組んで、俺の前に回り込んだ。
「でも、無事に可決されて良かったですねぇ」
「ほんとにな。どうなるかと思ったよ」
「他の件はどうなるんですか? 管理人さんとか裁判所にを財産の管理人を選任してもらうのとか」
「それぞれ組合の決議は必要だけれど、理事長があの様子なら大丈夫だと思う」
「ふぅーん。じゃあ、物件を安く買い取るのは? 裁判所は本当に許可を出してくれるんですか?」
「あぁ。それも大丈夫。査定書もあるし。それに直近の事例2件は、うちが1万円で買い取った事例だからな」
「あーっ。もしかして、それで先輩、相続人が見つかった時に喜んでたんですか? これじゃあ、とんだ出来レースですよぉ」
葛城は大袈裟に大手をあげた。
「滅多なこというなよ。『たまたま』そうなっただけだし。それにしても、今回は売りの苦労がないからラクだよ」
「なんで? 仲介部門もあるのに、外注するんですか?」
葛城は不思議そうな顔をしている。
「ん。査定書を作っててくれた仲介のA社とB社に選任専属で媒介を出すからだよ。今やってるのも含めてうちの所有が6部屋になったら、平等に3部屋ずつな」
「選任専属?」
「お前なぁ。不動産屋なんだからもうちょっと勉強しろ。『A社とB社だけに販売をお願いします』っていう契約だよ」
「うちからも売れないの?」
「あぁ。そうだよ。たとえば葛城が仲介だとして、広告費かけて頑張って売ろうとしてるのに、持主が知り合いに勝手に売ったらどうするよ?」
「マジでムカつきます」
「そういうこと」
「あっ」
葛城が目を見開いた。
「そのA社とB社って、やたら安く査定してくれたとこですよね。偶然ですか?」
「あぁ、ほんとうにたまたま。宝クジ的偶然だな」
俺は葛城の顔を見て笑った。
すると葛城は頬を膨らました。
「それは必然っていうんです。わたし、やっぱり先輩は守銭奴だと思いますっ!」
「だから、最初からそう言ってるだろ?」
2人でまた歩き出す。
駅が見えて頃、葛城が言った。
「さっきの可愛い弁護士さんって、先輩のお知り合いですか?」
「そだよ。 大学の後輩」
「ええっ、すごーい。だったらもっと早く頼んだら良かったじゃないですか。美人で頭良くて可愛くて。さっきの陽介さんだって、デレデレしてましたよ」
「会いたくなかったんだよ」
キキーッ。
目の前にピンクの軽自動車が止まった。
ウィーン。
運転席のウィンドウが開く。
市川……市川睦月だ。
「あっ、さっきの弁護士さんだ」
葛城が頭を下げた。
すると、睦月は言った。
「春馬先輩。ありがとうございました。財産管理人の依頼もらえちゃいそうです」
睦月はピースした。
「よかったな」
「それで、いつ結婚してくれるんですか?」
睦月はニコーっと笑った。
頭が痛い。
だから会いたくなかったんだ。




