第81話 翌朝
am 9:00
葛城はようやく起きると、しばらくキョロキョロして、ゆっくりと正座した。
目の焦点が合っていない。
「昨日はすみませんでした」
なんだか、シュンとしている。
「おはよう」
「昨日って、わたし、どんな感じでした?」
そう言いながら寝癖をペタペタと押さえつけた。
「あぁ。まぁ、昨日は飲ませすぎてごめん」
この子、昨日のことを覚えていないのか?
葛城は顔を横に振ると、自分の胸元を覗き込んだ。
「いえ。わたしこそ。あの、すごい聞きづらいんですけど」
「なに?」
「わたしたちって、しました?」
あ、よく見たら、葛城の頬によだれの跡がついてる。拭いてあげたくてウズウズする。
「なにを?」
「だから、えっち……」
あぁ、本当に覚えてないんだ。
「いや、してないよ」
一瞬、からかおうと思った。
でも、面倒臭いことになるだけで、なにもメリットがないのでやめた。
「先輩、優しいんですね」
葛城は視線を逸らすと、前髪をくるくると指に巻きつけた。
微妙な反応だ。
若干、釈然としない。
「ここ、俺の知人の家だし」
すると、葛城は尻餅をついた。
「男の人の家ですか?」
「いや、女友達の家」
「ほっ。わたし、てっきり」
まったく。
なんの勘違いをしてるんだか。
「二日酔いは大丈夫?」
「あっ、はい。頭は痛くないです」
「とりあえず、顔を洗ってこいよ」
「分かりました」
葛城はフラフラしながら、洗面所に行った。
「ふぁーぁ」
あくびが止まらない。
マジで眠い。
昨日、結局、明け方まで付き合わされてしまった。千晴さんも色々とストレスがたまっているらしくて、愚痴がエンドレスだった。
でも、ひとつ発見した。
異業種のグチは、いくら聞かされても、さほど苦じゃないらしい。
というか、むしろ面白かった。
「あ、あの」
戻ってきた葛城が、キョロキョロとしている。
なにやら、挙動不審だ。
「どしたの?」
「隣で、先輩の奥様と娘さんが寝てました」
葛城はそういうと、土下座した。
「すみません、すみません」
「なにさ?」
「だって、公開不倫になってるし」
は?
意味不明すぎる。
「だって、昨日、わたしたちホテルに入ったじゃないですか。わたし、先輩に肩を抱かれて、『御休憩 6,500円』って文字が視界に入って、鮮明に覚えてますもん」
「いや、完全に誤解だって」
「先輩の『大丈夫か?』って優しい声。そして、わたし、足を開かれて。キャッ。この続きは言えません」
葛城はそこまで言うと顔を覆った。
耳まで真っ赤にしている。
勘違いもここまでくるとすごい。
「はぁ。たしかに、介抱した場所は、たまたまホテルの近くだった。それだけだよ」
「でも、足も開かれて」
「それはベンチの前で、葛城が寝返りうって勝手に開いたんだよ。速やかに俺が閉じといたから、安心して」
葛城は口を尖らせた。
「ほんと? 嘘ついてない? わたし、初めての人に、事実ごと消去されたら、わりと本気でへこむから」
えっ。『はじめて』?
いや、ここはスルーだ。
知らぬが仏。
「いや、だから。さっき、最初に否定したでしょ?」
俺がそう言うと、葛城は髪の毛をいじった。
「それ、先輩の優しい嘘なのかと」
壮大な勘違いをされていたようだ。
なるほど。
それで土下座したのか。
ガラッ。
戸襖が開いた。
「あら。2人とも。おはよ」
千晴さんは建具に寄りかかって、頭を押さえている。ずいぶんと、あられもない格好だ。
「二日酔いですか?」
「春馬くんは大丈夫? 昨日は、なんかごめんね」
「こちらこそすみません」
俺は葛城の頭を押さえて一緒に謝った。
葛城は首を傾げた。
「奥様でもない。子供がいる。あっ、現地妻?」
ビシッ。
葛城にデコピンをした。
「なにするんですかぁ」
「失礼すぎるだろ。そのパジャマも千晴さんが貸してくれたんだぞ?」
すると、千晴さんが俺の横に座った。
「そうだよ。この人、わたしがアプローチしても相手してくれないの」
「えっ、こんな美人さんが? 先輩ってもしかしてモブのフリしたチャラ男なんですか?」
「二重三重に失礼なヤツだな」
千晴さんが俺に寄りかかった。
この人の悪ふざけも、どうかと思う。
「葛城さん。わたしが相手されないのも仕方ないの。この人、高2の恋人がいるから」
葛城が半眼になった。
「女子高生って、思いっきり未成年じゃないですか! まじ引くわ〜」
女子2人が「わぁわぁ」騒いでるのを横目に、俺はスマホを開いた。
待受画面の桜藍は、タコ煎餅を一生懸命に頬張っている。
あーあ。
桜藍に会いたいよ。




