第8話: 追放された毒姫の中に眠る“禁じられた調香式”──母の遺言と香に隠された真実
「香炉の蓮花香袋の裏に……母の手がかりが?」
そう呟いた蘭は、香袋の内側に浮かんだ文字を指先でなぞった。
「蘭へ。香の道を進め。真実はそこにある。父の名を問え」
「父……。私の知らない、もう半分の血」
香の専門家として、化学者として、そして今や“毒姫”と呼ばれつつある蘭。
だがそのルーツには、まだ知らない何かがあった。
「蘭様、調香局の旧記録室で奇妙な文書が見つかりました」
玄月が手渡したそれは、古い帳簿と香の配合記録だった。
しかし、その中に混じって、赤い封蝋の施された一冊があった。
「これは……?」
封を切り、中を見ると、精密な香式とその解析記録。
だが、後半は墨で潰されており、読めない。
「“禁じられた調香式”……?」
裏表紙には、かつて蘭が見たことのある印。
――母の遺品にも同じ印があった。
「これ、母が書いたもの……? でも、この香式は、毒性が強すぎる。
人体に作用する揮発性毒――まさか、“意図的に人を操る香”……?」
その夜、蘭は夢を見る。
かつて幼い頃、母の研究室で見た“青い香の煙”。
──「蘭、香は嘘をつかないのよ。だけど、人は香に嘘を嗅がせることができる」
「……どういう意味だったの、母さん」
目覚めた蘭の隣で、玄月が静かに口を開いた。
「蘭様……俺は、あなたの母君の従者でした」
「え……?」
「彼女は、“後宮の真実”を暴こうとして処刑されたんです。あなたを守るために、すべてを……」
蘭の中で、何かがはっきりと形を成した。
「……香を操り、毒を使い、人の心までも支配する。
もしそれが後宮の真実だとしたら、私はもう逃げない」
蘭は静かに立ち上がる。
香の式を一枚一枚、灰にしていく。
「この“毒”を、私の中で終わらせる。母が望んだように――」
だが、皇后はすでに次の一手を打っていた。
「蘭。貴女を、皇帝陛下が“毒香妃”として召喚されるそうですわ」
皇后の微笑みは、毒そのものだった。