表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第7話「涙の正体は塩じゃない。女官の死の裏にあるもの」

蓮華楼に、不穏な報せが届いたのは、夜明け前のことだった。


「女官が……香炉の前で、死んでいました」


調香局の若手香師が蒼白な顔で報告する。

亡くなったのは、皇后付き女官の莉華りか

遺体は目を見開き、顔には涙の跡があったという。


「涙を流して、死んでいたの……?」


燕蘭は、死体を見た瞬間、ある違和感を覚えた。


「……変ね。涙の跡が、乾いていない」


「それが……朝露のせいでは?」


「違うわ。瞳孔が開いてすぐならともかく、こんなに鮮やかに残るのはおかしい。

それに、目元の皮膚が赤く腫れてる。……炎症反応?」


彼女は目元を拭い、涙痕を瓶に採取した。


「玄霄、少し火を貸して。香材を試すわ」


調香局の簡易実験室。

涙痕の成分に薬液を加えると、青紫色に変化した。


「……やっぱり。これは“硫酸銅”の反応」


「硫酸銅?」


「うん。“涙”に見えたのは、ただの塩水じゃない。

涙のように見せかけた、硫酸銅溶液だった。これで皮膚の刺激反応も、全部説明がつく」


玄霄が眉をひそめる。


「じゃあ、あれは泣いてたんじゃなく……“誰かが意図的に塗った”ってことか?」


「それだけじゃない。硫酸銅が含まれていたなら、目から吸収された可能性もある。

莉華は……“香炉の煙”で死んだんじゃない。涙に見せかけた液体によって殺されたの」


燕蘭は、調香局に保管されていた“香炉”も調べた。

焦げ跡の残った香灰の中から、わずかな金属成分――“亜鉛”を検出。


「これは……“硫酸銅”と“亜鉛”が反応すると、“水素”が発生する。

香炉の中で二つを混ぜれば、瞬間的に可燃性のガスが……」


「つまり、微細な“爆発”だ」


玄霄が頷く。


「そう。死因は、“目の粘膜から硫酸銅を吸収しての中毒死”と、

“香炉からの微細なガスによるショック”」


燕蘭の目が鋭く光る。


「これは、誰かが莉華を確実に殺すために設計した“化学的殺人”。

香のせいじゃなく、化学反応を利用した“毒”よ」


その夜。

皇后は、静かに扇子を閉じた。


「莉華は、よく働く子だったのに。残念ね」


香琅が静かに進言する。


「お疑いでしたら、証拠を見せましょうか? ……“あの娘”が動いてます。化学に詳しすぎる」


「それでいいのよ。燕蘭が真実に近づくほど、この後宮は揺れる。

いずれ、あの子の存在が――“皇帝の耳”に届けば、どうなるかしらね」


皇后の瞳が、妖しく光った。


一方――蓮華楼の裏庭。


燕蘭は、ひとり香炉を見つめていた。


「母は……あのとき、何を残そうとしたの……?」


その手には、小さな封印袋。


亡き莉華の髪の中から見つけた――“蓮の花を模した密封香”が握られていた。


「この香……私が子どもの頃、母がくれた香に似てる。まさか……!」


開封した瞬間、甘く懐かしい香りが広がる。

そして、封の裏に小さな文字が現れる。


「蘭へ。お前は香で人を救う子になる。真実を見失うな。香の道の先に、父の答えがある」


「……父……?」


その言葉は、彼女にとって最大の謎であり、唯一の希望だった。


燕蘭は立ち上がり、夜空を見上げた。


「私は、止まらない。

誰が相手でも、香の真実で立ち向かう。――それが“毒姫”だから」


そしてその香が、次なる事件の扉を静かに開いた――。



別作品として薬学の知識を盛り込んだ新シリーズ蓮華楼の毒姫 ~帝を救うは、薬か罠か~を全5話連載していますので、そちらも時間がございましたら、お読みいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ