第4話「宦官様の秘密と、香に沈む者たち」
「……玄霄様って、本当に“ただの宦官”なんですか?」
燕蘭は、調香局からの帰り道、ふと横を歩く男に問いかけた。
「ああ?」
「妙に動きが洗練されてるし、やけに私の行動を気にしてくるし、何より情報通。……本当は誰かの密命でも受けてるのでは?」
玄霄は立ち止まり、にやりと笑った。
「さあ、どうだろうな。お前が可愛いから、気になってるだけかもしれんぞ?」
「……気色悪っ」
「おい、本気で傷ついたぞ?」
からかいながらも、彼はふと真剣な表情に戻る。
「でもまあ、ただの宦官じゃないのは事実だ。……俺の主は、後宮の“腐った根”を抜くために動いてる」
「腐った根?」
「――皇后だよ」
沈黙が落ちる。
玄霄は、少し声を潜めて言った。
「俺の任は、香にまつわる毒の流通経路を暴き、誰が裏で操ってるのか明らかにすること。そして、その“香毒”は、皇后と繋がっている」
燕蘭は、目を伏せる。
「香は人を癒やすもの。でも、毒にもなる。私は……香を“道具”として見てる人間が許せないの」
「だったら協力しろ。お前の鼻と知識、借りたい」
一瞬、蘭の瞳に迷いが宿る。だが、すぐに決意の色が宿った。
「いいわ。けど、私の条件も飲んで」
「なんだ?」
「……私の家族のこと。私の出自、全部調べて」
玄霄は目を細めた。
「まさか、お前も“何か”を知ってるのか?」
「知らないの。でも、母が死ぬ前に言ったの。“香を学びなさい。あなたの血の中にあるものが、いつか全てを解く”って」
その言葉が、香の煙のように宙に漂う。
翌朝。
調香局にて、香師長・香琅が一人の女と密会していた。
「“毒姫”が動き出したのですね。厄介なことです」
「問題ありません。次の香は、あの娘の“記憶”に触れる香。自分自身を壊してくれますわ」
「……“記憶香”を?」
「ええ。蓮華楼に仕掛けましょう。香で過去を暴かせ、破滅させるのです」
その言葉に、静かに毒が香った。
その夜、蓮華楼に謎の香炉が届く。
「皇后様からの贈り物」と添えられたそれは、桃花と杏仁、そして――記憶香の成分を含んでいた。
そして、燕蘭は眠りの中で見る。
――炎に包まれる家。
――女官に抱えられ逃げる幼き自分。
――紅玉の香。
――それを背後で見下ろす、緋色の衣の女。
「……だれ……? あなた……知ってる……」
その目は、皇后と同じ、朱の瞳だった。