表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第1話「甘い香りと、泣かない妃」

蓮華楼に、蜜柑のような香りが漂っていた。

穏やかで、心を落ち着かせる香り――そのはずだった。


「……この香、甘すぎる。媚薬成分が強すぎる」


燕蘭は香炉の匂いを嗅いで眉をひそめた。

目の前でうつむく若い妃――**玉春妃ぎょくしゅんひ**が、ふらつきながら床に手をつく。


「頭が……痛くて……」


彼女の口元には、微かに紅の血が滲んでいた。


「これは香じゃない。“合歓香ごうかんこう”を装った血管拡張毒ね」


蘭は即座に香炉を水に沈め、妃の腕を取り、手首の脈を探る。

鼓動が速すぎる。だが、致死量ではない。


「この程度で済んだのは運が良かったわ。けど、あなたが狙われた理由は……“子”でしょうね」


その言葉に、妃の目が見開かれる。

後宮の中で、子を成すことは最も価値あること。

その芽を摘む――それは暗黙の殺意だ。


「……誰が、こんなことを」


「香に混ぜた毒は、ごく微量で、調合できる者は限られる」


蘭は香の残り香を、袖の中に隠した小瓶に吸わせる。


そのとき、静かに部屋の障子が開いた。


「やはり、あなたが来ていたか。毒の気配が強かった」


現れたのは、長身の宦官――玄霄だった。

目は鋭く、無表情のまま部屋を見渡し、香炉と妃に目を留める。


「また、“香”の中に毒があったか」


「ええ、そしてこれは“直接手渡しされた香”じゃない。おそらく妃の“専属侍女”が仕込んだ可能性が高いわ」


「……毒を使う者は、どこかで自分の行いに酔う。それが香なら、必ず“香調”に癖が現れる」


玄霄が蘭を見る。


「解明してくれ、燕蘭。この香を使った者の“癖”を。そうすれば、犯人は浮かび上がる」


蘭は一歩、香炉に近づき、微かに笑った。


「香は嘘をつけないから、嫌いじゃない。……人間よりも、ずっと誠実」


彼女はそう言って、香の底に残る“嘘の残り香”を嗅ぎ取った――


事件の真相へと続く道が、静かに開かれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ