帰したくないんだが
心がすごく落ち着いている…
さっきまで聞こえていた虫の音も聞こえない
本当に時間が止まってるみたいな感じだ
唇にある感触が、少しずつ離れていくのと同じスピードで俺はゆっくり目をあけ、また虫の音が聞こえる
如月も同じようにゆっくり目をあけたのが見えた
俺はそのまま立っていたが
如月はその場からゆっくり歩き出して立ち止まり、俺の方を向いて
「早くしないと…ほんとにあなた轢かれちゃうわよ…」
と恥ずかしそうな表情で言った
さっきまで落ち着いていた心臓が、ものすごい早さになった
俺…如月とキスしたんだ…
俺もゆっくりと歩き出す
何も言葉が出てこない
2人無言のまま、急ぐこともなくゆっくり歩いた
少し前を歩く如月の横に追いつき歩幅を合わせる
そして如月の右手を左手で掴み、手を繋いで歩いた
なんだかすごく恥ずかしくなって、如月がどんな顔をしているのかも見れなかったが、さっきより歩くスピードがゆっくりになったのはわかった
俺の家の前につくと、名残惜しそうに俺は繋いでいた手を離した
スマホの時計を見ると20:57になっていて、遠くの方をみると、如月のお父さんの車がもう停まっているのがわかった
「浴衣着替えなきゃ…」
如月がそうボソっと言った
「そのまま着て帰ったらどうだ?」
「たしかに洗濯もしなきゃいけないし、そっちの方がいいかもね…じゃあさっき着てきた服取りに行くね…」
「あぁ…」
帰したくない…
俺は玄関のドアを開けて押さえておく
「お邪魔します」と小声で玄関に入る如月
帰したくない…
「さっき、そっちの部屋で着替えたんだけど…」
と和室の方を指差す
俺と如月は靴を脱ぎ、その和室の襖をあける
部屋は暗く、俺は部屋の電気をつけると
綺麗に折り畳んだ如月の服が真ん中に置いてあった
如月がその服を取りに部屋に入る
帰したくない!
気づけば俺は如月の腕を掴んでいた
如月はゆっくり振り返り俺の顔を見る
恥ずかしそうにしている如月の顔はほんのり赤くなっていた
俺は離したくなくて、帰したくなくて
俺の方に引き寄せて如月を抱きしめた
如月は何も言わず俺に身を委ねてくれてる
「お、おい…晴翔…」
声のする襖の方を見ると、親父が気まずそうに立っていた
俺と如月は慌てて離れた
「お、親父!こ、声くらいかけろ!」
「い、いや、お前らが家に入ってきてからずっと声かけてたんだが…」
如月を帰したくないっていって思ってて、まったく気づかなかった
「そ、そうかよ!悪かったよ!」
「い、いや、なんかこっちもスマン。で、でもお前ら…仏間でそういうのは…」
「う、うるせぇ」
如月は慌てて自分の服を持って玄関まで行った
「あれ?美琴さんどうやって帰るんだ?」
「あ、あたしは、お父さん迎えにきてるので」
「そうか。白守によろしくな」
「はい。あれお母さんは?」
「あ、あぁ。ちょっと疲れたみたいでもう寝てるよ」
「お母さんにもよろしくお伝えください。浴衣ありがとうございました。洗濯して返しますので」
「あぁ。またいつでも遊びにおいで」
「今日はありがとうございました。お邪魔しました」
そう言って玄関を出る
「ちょっと送ってくる」
俺もそう言って如月と一緒に外に出た




