表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/95

73 インフィの心 2

通りには活気が満ちていた。朝露に濡れた石畳が太陽の光を反射し、人々の足音が軽やかに響く。市場では果物や香草の香りが混ざり合い、遠くで楽器の音も聞こえてきた。


次の日、インフィたちはヴァルメルの街を歩いていた。


インフィの双剣──中剣と短剣の刃は、どちらも欠けていた。昨日の戦い──インフィの攻撃は、シャリーネに一度も触れることはできなかった。それでも、シャリーネもすべてを躱しきれず、防御の魔法を何度か発動していた。そのため今日は、新たな装備を整えるために、武具屋を訪れることになっていた。


石畳を踏みしめながら、インフィたちはゆっくりと街の通りを進んでいた。ヴァルメルの空は澄み渡り、陽光が屋根の連なりを金色に照らしている。全員でこの街を歩くのは、これが初めてだった。


すれ違う人々の声は、静かだが確かな驚きに満ちていた。

「……あんなパーティ、今まで見たか?」「雰囲気が違いすぎる。強者の風格ってやつか」「え、あれ……インフィじゃないか? 街で見るの、初めてだ」「あの子かわいい……声、かけてみようかな」「やめとけ、死ぬぞ」


レイヴァンには、後ろからは「……あの男の人、カッコいい……」と黄色い声が飛んでいたが、前からは、かすかな悲鳴が聞こえていた。


インフィたちは、白い石畳を抜けて、街の中心──噴水広場へと足を踏み入れた。広場には、涼やかな水音が響き、花壇には初夏の花が咲き誇っている。木陰には椅子が並び、子供たちが遊ぶ声が風にまじる。そして──香ばしい匂いが、どこからともなく漂ってきた。焼きたてのパン、生地を焼く音、蜜の甘さ、香草の刺激……小さな屋台が並び、食べ物の匂いが空腹を誘っていた。


香ばしい匂いに誘われるように、インフィはふと足を止めた。

「……ヨパラさんと前に食べた……買ってこよう」と、小さくつぶやく。


だがその瞬間、隣にいたシャリーネがぴたりと前に出た。「インフィ様に、そのようなことはさせられません」鈴の音のような声でそう告げると、彼女は迷いなく歩き出していた。


シャリーネは、もはや女神像にではなく──インフィに祈りを捧げるようになっていた。言っても聞いてくれないので、インフィも諦めていた。


皆で噴水の縁に腰を下ろし、串焼きを頬張っていた。賑わう広場の中で、そこだけ時間がゆるやかに流れているように見える。いつの間にか、周囲には人だかりができていたが、それを気にしていたのはヨパラだけだった。シャリーネも、人ではないのかもしれない。一日中、シスターの服をまとっているが、汚れひとつ付くことはなかった。


街で一番の高級武器店──重厚な扉をくぐると、煌びやかな魔剣や装飾の施された槍が壁一面に並んでいた。フィディアは目を輝かせ、値札も見ずに次々と高価な武器を勧めてくる。だがインフィは、自分の剣とヨパラの装備だけを手早く選ぶと、さっさと会計を済ませて店を後にした。フィディアは、インフィがまったく相手をしてくれなかったことに、店を出た後もしばらく拗ねた様子を見せていた。


レイヴァンが、また無言のまま勝手に歩き出した。その後を追っていくと、一行がたどり着いたのは、街で最も格式あるメンズブランドの店だった。重厚な扉の先には、絹や金糸の衣装が並び、店内は静かな気品に包まれていた。


レイヴァンは迷いなく服を手に取り、試着室から姿を現す。彼が選んだのは、ダークグレーの高級スーツにライトブルーのシャツ、細身のネクタイ。黒革のシューズと高級サングラスで全体を引き締め、シルバーのカフスとタイバーが控えめに光を放っていた。鏡の前で一回転すると、満足げに「カカカ(はい)」と笑った。


会計の場面では、フィディアが無造作に金貨の山を積み上げた。その光景に、店員の顔が引きつっていた。──レイヴァンが選んだ品は、一体どれだけ高価なものだったのだろうか。


ヴァルメルの街をゆっくり歩くのは、インフィにとって初めてのことだった。街角に並ぶ商品や屋台の香り、細工の施された工芸品。人々の衣装や笑い声までもが、新鮮な彩りとなって胸に刻まれていく。


石畳を渡る風は心地よく、陽光に照らされた街並みが、柔らかく揺れて見えた。何もかもが、これまでに知らなかった感情を、静かに胸の奥に満たしていく。


道の角を曲がったところで、ヨパラがふと足を止めた。「今夜は、宿じゃなくて外で食べるか」そう言いながら、自然な仕草でインフィの頭を軽く撫でる。かつては冷気が走ったその手に、今はただのぬくもりだけがあった。インフィはくすぐったそうに目を細める。


その直後、フィディアが間髪入れずに口を挟んだ。「最高級の料理店がいいわ!」


だが、インフィはその声を聞き流すように、静かに言った。「ヨパラさんの、よく行くところに──連れてって」その声音には、素直な信頼の響きがあった。


店の扉をくぐった瞬間──空気が静止したかのような一拍が落ちた。客たちの視線が一斉に集まり、最前の店員が目を見開いて立ち尽くす。だが、すぐにヨパラの姿に気づいたようで、慌てて深く頭を下げると、彼らを奥の静かな席へと丁重に案内した。


「モテるんですね、ヨパラさん」店員が苦笑まじりに囁くように言うと、ヨパラは気まずそうに肩をすくめた。


やがて料理が運ばれてきた。インフィは、一口頬張った瞬間、ふっと目を潤ませる。シャリーネはその姿に気づき、両手を組み、インフィの横顔にそっと祈りを重ねた。フィディアは、相変わらず周囲の男たちの視線を一身に集めていた。


だが、最も嫉妬の目を向けられていたのは──その隣に座るヨパラだった。


「……次からは、もうこの店には来れねぇな」ぼそりと呟いたその言葉に、誰よりも先に、レイヴァンが「カカカ(はい)」と喉を鳴らして笑っていた。


インフィの心にそっと触れるように、笑い声とグラスの音が交じり合い、酒場には心の奥にふんわりと火がともるような、柔らかなぬくもりが漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ