61 人との関わり
ちなみに言えば、ことわざは『肉を切らせて骨を断つ』である。
ほぼ殲滅を終え、よだれまみれになった骸骨を見て、ヨパラは楽しげに笑った。
骸骨はさらにおぞましい顔で、ヨパラの眼前で「カカカ、カカカ(いいえ)」と唾を飛ばしそうな勢いで笑う。だがヨパラは慣れたもので、涼しげな顔でそれを受け流していた。もっとも、唾は飛ばないのだが。
それにしても、この骸骨はあれほど噛まれても骨に傷ひとつついていない。防御力はかなり高い。
とはいえ、骸骨のまま戦わせるわけにもいかない。ヨパラとインフィが雨合羽を囲うように陣を取り、雨合羽に引き寄せられる魔物たちを片っ端から倒していった。オサコボラー──レベル12に分類される魔物である。
落とす牙は良質な武器錬成の素材として高値で取引されるため、駆け出しの冒険者に特に人気がある。
体長は160センチ。まるで狼に変身しかけた狼人間のようで、全身は剛毛に覆われ、顔も変化し始めたところで変身が止まったかのような奇妙な姿をしている。頭頂部だけは妙に毛が薄いのが特徴だった。
もし変身元の人間が小柄で髪の薄い中年男だったら、どうなるか。そう、まさにそれがこの魔物の容姿である。正式名称は「オッサンコボルトラー」、通称「オサコボラー」と呼ばれていた。
犬属に分類されるこの魔物は、骨に対して異様な執着を示す。
二足歩行でやや前傾姿勢。防御力は高く、鋭い牙と爪による跳躍攻撃を得意とし、素早さにも優れていた。
ここは、そんなオサコボラーを狙う冒険者たちにとって定番の狩場だった。
「おい、先客がいるぞ。まったく、おめーが寝坊するからだろうが。どいてもらえばいいじゃん。そこの人、これから俺たちが狩るから、どいてちょ」
5人の若い冒険者が現れた。口調は悪いが、装備は立派で、若さゆえの勢いに満ちている。
ヨパラはその顔ぶれを見て、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。どうやら見知った相手らしい。
「あれ、ヨパラのおっちゃんじゃん。他人の酒を勝手に飲んで殴られたって噂のあの人だ。へえ、狩りなんかもするんだ? マジで?」
ヨパラの顔がさらに曇る。誰にでも触れられたくない過去はある。……過去と呼べるほど昔の話でもないが。
「まったく、うるさい連中だな。インフィ、場所を変えるぞ」
ヨパラがそう言い、静かにその場を離れようとする。
「ヨパラ、あり~。根性無しで助かったよ~。またよろしく~」
「え、あのガキ、インフィじゃん? 狂気の声でゴキブラーを喜々として狩る変態って噂の……。で、あの雨合羽は何? まさか雨合羽フェチ?」
「酔っ払いと変態少年と雨合羽マニア。こりゃ面白すぎ、もう無理、ワハハ」
――インフィの世間の評判は、なぜか変態扱いだった。
ヨパラの顔がますます邪魔くさそうにゆがみ、そのまま歩き出した。言っている内容は的を射ているだけに、反論しづらいのが辛い。
「カカカ、カカカ、カカカ……(いいえ)」
雨合羽が静かに首を上げ、大きく口を開けて笑いながら、若者たちの方へと歩いていく。どうやら、インフィに対する侮辱が許せなかったらしい。ヨパラは、やれやれといった風に肩をすくめて後を追った。
インフィはといえば、いつものようにどこ吹く風の様子で、飄々としていた。もしここが唯一の狩場であれば、鋭い目で睨みつけ、場を一瞬で凍りつかせていただろう。
……少し視点を変えて、彼らの言葉を言い直してみよう。
「先客がいたね。もっと早く起きるようにしないと。譲ってもらえないか聞いてみよう。すみません、僕たちも狩りたいので、よければ代わっていただけませんか」
「あっ、ヨパラさん。酒場通いをやめて狩りを始められたのですか。お元気そうで何よりです」
「ヨパラさん、お気遣いありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
「あれはインフィ君ですよね。嫌われ者のゴキブラーを平然と狩るって噂の達人らしいですよ。雨合羽の方、服装のセンスがいいですね。もしかしてモデルさんかな」
「いやあ、本当に楽しそうなチームだなあ」
多少の無理はあるかもしれないが、こういった言い回しであれば、誰も不快にならないだろう。
人は言葉で意志を伝える生き物だが、その使い方は実に奥深く、そして難しい。