6 氷龍との遭遇
漆黒の闇。死者を奏でるような音。恐ろしくもあり、恐ろしくもない。時間が止まったような異質な空間だった。
前方には、そびえ立つ崖。周りは峡谷。闇に包まれたその谷には、風が葬送曲のように流れていた。
「どこだ……死んだ……?」
少年は恐る恐る後ろを振り返った。
「なんだこれ……本当に死んだのか……うわ……うわーー……すごい」
そこには、星が降ってくるかのような光景が広がっていた。新月の空に満天の星。星の川が流れ、巨大な輪のような星が天を支配していた。
「夜中か……う、さぶ……さぶい……」
日が高いうちに眠ったため、夜中に目覚めただけだった。
体は問題なかったが、五感は人と変わらない。『寒い』『冷たい』『凍る』という感覚にも、次第に慣れつつあった。過酷な環境に適応し始めていた。
「雪虫は夜は動かない。大丈夫だ」
少年は雪虫の生態を思い出していた。つぶやきながらも、冷静に状況を分析している。
「今なら……崖道、行けるかも。ぼく、天才」
闇に目が慣れ、星明かりが周囲をぼんやりと照らし出す。
少年は崖道に歩みを進めた。もはや、歩幅は幼稚園児程度まで成長していた。
「急だな……滑る……狭い……落ちたら死ぬ……雪虫ロードか」
雪虫は季節に応じて山の中腹から山頂へ移動し、その道筋が『雪虫ロード』と呼ばれている。
「あ……明るくなってきた……まずい……逃げよう」
少年は元の大岩に戻ろうとしたが、既に空は白み始めていた。
「まずい……雪虫、うじゃうじゃいる……どうしよう」
夜の闇では気づかなかったが、周囲は雪虫だらけだった。
「やっぱり……ばかだった」
雪虫が淡いエメラルド色に光り、動き始めた。少年は全力で逃げ出す。
「あれ……襲ってこない……なんで……」
雪虫たちは少年に無関心のように、崖道を登っていく。
「ガシッ……ガブッ……安全そうだな……崖道に戻るか」
少年は確認のため、雪虫を捕まえて噛みついてみた。やはり襲ってこない。
「雪虫じゃ……もうレベルは上がらない。ここには雪虫しかいない。越えるしかない」
崖まで戻ったが、道はあまりに急で滑りやすく、雪虫が通ったため氷で覆われていた。
「くそ……登れない……困った……まずい」
少年の足元を雪虫たちが通り抜けていく。それはまるで、動くエメラルドの絨毯のようだった。
ふと思いついたように、少年はその絨毯に腹ばいになる。手で雪虫を掴み、足で蹴って動いた。
「よし……だいじょうぶだ……雪虫をつかめば登れる」
雪虫の進む速度に合わせて、掴む雪虫を持ち替えながら、崖道を腹ばいで登っていく。
「登ってる……すごい……いける……手、冷た……」
滑る手足を使いながらも、少年は崖道を登っていく。その道は切り立っており、下を覗けば足がすくむような高さだ。落ちれば助からない──その現実に、少年は喉の奥がきゅっと締めつけられるのを感じていた。
「世界が……燃えてる……きれいだな」
日が沈み、空は赤く染まり、幻想的な光景が広がっていた。
「あ……止まった。夜は動かないんだった」
雪虫たちが動きを止め、辺りは暗闇に包まれる。
「怖いな……お化けとか出ないよな……疲れた……寝よう……落ちたら死ぬ……寝れない」
寝なくても平気なはずだが、睡魔には抗えない。
「うと……すや……はっ!……無理!」
少年は徹夜を諦め、崖の壁に小さな窪みを見つけ、そこで丸まって眠った。
目覚めると再び雪虫ボルダリングで登っていく。何度か乗り遅れたが、次の絨毯を捕まえて進む。
「あれ……山がない……下ってる!」
ついに標高1万メートルの峠に達していた。雪虫はさらに上へと向かっていく。
少年は降り立ち、辺りを見渡す。日が沈もうとしていた。
「あれ……でかい……なんだ……ドラゴン……!」
遥か空を、氷龍が飛んでいた。
「ずぼっ、ブルブルブル……」
少年は咄嗟に雪に潜り、震え出した。
「あれはだめ……反則……殺される……」
恐怖のあまり動けなくなった。だが、眠気に勝てず、雪の中で眠ってしまった。
翌朝、目覚めた少年は、意を決して雪から頭を出そうとする。
「いない……大丈夫……レベルを上げるんだ……怖くない……」
慎重に山を下り始める。
富士山のような傾斜を、幼稚園児の足でゆっくりと進んでいく。
やがて、生き物の足跡も現れ始めた。
「いける……大丈夫……早く抜けよう」
滝と崖を越えながら、慎重に歩を進める。
「動いた……風か……大丈夫……?」
少年の胸に不安が広がる。
「雪が……おかしい……何か来てる……まずい!」
雪豹だった。真っ白な毛で姿を隠し、レベル30の強敵。
「あ……まずい……逃げろ!」
少年は斜面に飛び込み、雪玉となって転がり始めた。
スピードに乗った雪玉が、雪豹との距離を離していく。
しかし、雪玉は崖の前で止まった。
「くそ……ここまでか……来てる……もうだめだ!」
少年は崖を見下ろす。底は見えず、体が動かない。
「……食われる……!」
その時だった。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
耳をつんざく咆哮が鳴り響いた。
目を開くと、そこにあったのは、漆黒の瞳を持つ巨大な目。
全身が氷の鱗に覆われた、超巨大な氷龍だった。
「うわああああああ!」
少年は腰を抜かし、失禁した。
氷龍は音もなく後退し、また近づいてきた。
その時、少年の心に声が響いた。
「汝は登る者か、下る者か」
「くだり……まう……いっぽも……のぼりませう……」
「我が主なき空虚。命は主にあり。去れ、弱き者よ」
氷龍は空へと舞い上がっていった。
少年は口を開けたまま、魂が抜けたようになっていた。
胸の鼓動がようやく落ち着き始め、凍りついていた思考がじわじわと溶けていく。全身に力が戻り、震える唇がかすかに動いた。
「た……たすかった……あいつは……」
振り返ると、雪豹が失神していた。
「やるか……無理だな」
少年は放置を選んだ。
「急げ……気が変わる前に……下りよう」
雪玉となって山肌を滑り落ちていく。氷龍の威圧のせいか、他の魔物にも遭遇しなかった。
「ぜぇ……はぁ……体が痛い……もう動けない……」
疲労困憊で、ついに麓へたどり着いた。
そしてそのまま、静かに眠りに落ちた。
『この少年の試練は終わったのか、それとも、まだ序章にすぎないのか』
氷龍の威圧により静まり返った闇の中、ただ少年の寝息だけが静かに流れ、まるで遠い昔の子守歌のように、風に乗ってあたりを優しく包み込んでいた。
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