5 雪虫との死闘 後編
そして、また翌朝。
抜けるような青空。山沿いの彩雲が間近に見え、少年の周りの凍えた空気がきらめいて輝いている。まるで神の子が倒れているかのような神秘的な光景だった。
「また意識が飛んでたのか……きれい……天国じゃないよな……これ、いつか死ぬな」
少年は、ぱっと目を見開き、小さくうなずいた。何かを思いついたらしく、辺りを鋭く見渡すと、高さ二、三メートルの大岩を見つけてにやりと笑い、すぐに歩き出した。そして、その上に腰かけて足をぶらんと垂れ下げる。
「あいつらを釣ってやる……ぼく、天才」
少年は、自分の足を餌にして雪虫を倒すことを思いついたようだった。
雪虫の群れが、こちらに向かってじりじりと登ってくる。遥か下方から、乾いた雪音がキュキュと連なり、まるで何百もの歯車が回っているかのように一定のリズムで迫ってくる。
少年は大岩の上に座ったまま、表情ひとつ動かさず、その光景を見つめていた。
風が唸る。足先が冷える。だが、怖くない。
瞳が、深く、冷たく、冴え渡っていた。
雪虫たちの先頭が、岩の下へと到達する。光を反射してきらめくエメラルド色の外殻が、太陽に照らされて美しい。その中の一匹が、前肢を岩にかけ、這い上がろうとする。
少年は、前かがみになった。
這い上がろうとする雪虫が足元に近づいてくるのを見て、すかさず二匹を捕まえる。
ぎゅっと目を細め、勢いよく噛みついた。牙の跡が残るほど、力を込めて。
それによって、雪虫は硬化する。
次の瞬間、固まった二体を思いきりぶつけ合わせた。
「パリン!」
鋭い破裂音とともに、一匹の雪虫が砕け散る。きらめく光の粒が空中に舞い、淡く少年の体へ吸い込まれていく。
「もう一匹。」
次を捕まえ、また噛みついて硬化させる。
「ガツン。パリン。」
それを繰り返す。一定の動作、迷いのない手つき。指先は凍え、唇は紫に染まりつつあった。
「手が、凍る……でも……倒す……レベルを上げる……」
雪虫の群れは止まらない。だが、岩の上の少年には手が出せない。粉雪を失ったこの場所は、彼にとっての安全地帯。
ただし、その中で繰り広げられるのは、静かで凄絶な戦いだった。
指が裂け、血が滲む。だが、やめない。目が潤み、意識が揺らぐ。だが、止めない。
「ぼくは……絶対に……あきらめない。」
砕ける音。光の粒。冷たい風。凍えた空気。すべてが、少年を取り巻く。
その手が、とうとう動かなくなりかけた時だった――
「テレテレッテッテッテー」
体の中に、あの音が鳴る。心の奥で、鐘が鳴る。
少年の体が、淡く、輝きはじめた。
千匹ほどいた雪虫は、すでに半数以下にまで減っていた。少年は、数百匹の雪虫を倒したことで『レベル2』へとレベルアップしていた。
「こいつ……雪虫……レベル2の、ただの雑魚じゃないか」
少年は、レベルアップと同時に雪虫の知識が頭の中に流れ込んできたのを感じた。
「あれ……どうした……雪虫、離れていく……なんで?」
雪虫たちの動きが変わっていた。さっきまで敵として襲いかかってきたのに、今はまるで興味をなくしたように、元の道へ戻っていく。
「ふー……ふーー……ふーーーー。つかれた……死ぬよりつかれた……ねる」
少年は、脳の警報がやんだことにほっとして、そのまま雪の上に身を投げ出した。何とも大胆で、たぶん、あまり物事を深く考えない性格なのだろう。その寝顔には、満足げな笑みとあどけなさが混じっていた。
『この少年の、あまりにも過酷な試練は、いったいいつまで続くのだろうか』
『無事にこの山を越える日は、本当に来るのだろうか』
『何を成すために、この場所にいるのだろうか』
日が傾き、彩雲は赤雲へと変わってゆき、あたりが朱に染まる中で、少年は静かに寝息を立てていた。