39 ロリア南東砦の悪夢
ハーザー軍の退却も素早かった。砦の兵士たちは退却だとは夢にも思わず、到着後、直ちに戦場に向かうとは、なんと心強い援軍だと皆、笑顔で送り出していた。
ハーザー軍が疾風のごとく立ち去った後、生気を取り戻した司令官が、広場の者たちに、よく通る声で状況を伝えている。
兵士たちからは「俺たちは見捨てられた……」「親族三代まで……」「ハーザー家に睨まれたら終わりだ……」と、悲壮なつぶやきが漏れはじめた。
その頃、九十六班の皆は、インフィに指示され、現在の状況を砦の奴隷兵や兵士たちから聞き回っていた。
状況は絶望的である。
自軍は、砦の残兵五百。ハーザー軍が残した兵二百。ただし、奴隷兵で、新兵に毛が生えた程度の者たちである。つまり、援軍という名目の捨て駒であった。
そして、インフィたちロリア奴隷新兵五百。総勢、千二百。
対する敵軍は、先鋒隊千、援軍三千。そして、この援軍は、ヴァンダル神国の十指に入る精鋭部隊であった。
ハーザー軍は奴隷も含めて千。つまり、この戦いは負け戦。万が一勝てたとしても、辛勝に過ぎず、ハーザー家の跡取りである英雄の名前を傷つける戦いにしかならない。あの参謀官は、一瞬のうちに最適解を導き出したのだ。さすがは伯爵家の参謀である。
当初、ハーザー家は、千の弱敵を蹴散らすだけの戦いと聞いていた。ヴァンダル神国の進攻――小競り合いを防ぎ、英雄としてのさらなる箔を付ける戦いだと考えて参戦したのだ。こんな辺境の小競り合いで多大な損害を出す理はない。
司令官の話が終わると、悲壮感に満ちた重苦しい空気が砦に充満していった。
すると、インフィがスクッと立ち上がり、壇上へと歩を進めた。九十六班の皆も、それに釣られるように後を追う。
周囲の兵士たちは、司令官の話に絶望しており、誰も止めようとはしなかった。
インフィが壇上に立つと、司令官たちが訝しげにその様子を見つめ、やがて詰め寄ってきた。
「この砦は守れます」
インフィが、深く濃いエメラルドの瞳を輝かせながら、静かにそう言った。
司令官たちは、なぜかその言葉に耳を傾けてしまった。
みすぼらしい奴隷兵の姿。あどけない顔。そのインフィの言葉なのに。
『インフィは、何を考え、何を思って、このような大胆な行動に出たのだろうか』
『まだレベル9。この砦の中で最弱のインフィに、何ができるというのか』
まだ日は高く、明るい光が差し込む広場で、崩れ落ちていた兵士たちも、壇上の不思議な様子を虚ろな目で追っていた。