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38 ロリア南東砦の絶望



昼夜を問わず行軍を続けた奴隷新兵たちは、砦に到着すると倒れるようにその中に入っていった。インフィの表情にも苦悩が浮かんでいた――いや、無限持久力があるインフィは疲れてない。自分の異質な体質を悟られないように周囲に合わせていただけであった。


援軍として到着した兵たちは、砦に辿り着くも安堵する暇もなく、砦の異常に圧倒されていた。


周囲は騒然とし、人々が忙しく走り回り、生臭い血の匂いが漂い、呻き声や嘆き声、そして戦闘の叫び声が響き渡っている。


兵士がひっ迫した顔で走り寄り、物資の運搬を指示する。


回復薬が負傷兵に配られるが、その薬は高価であり、重傷者には与えられない。戦線に復帰できる者だけが手にするものだ。当然、奴隷兵たちには配られない。この世界では、命は小石よりも軽い。


インフィたち奴隷新兵たちも、状況の厳しさを察し、心の中で生への執着が騒ぎ始める。その心は、ただの人形ではなく、まだ生きることに望みを持ちたいという思いに動かされていた。


その頃、司令官室では、伯爵たちと砦の指揮官が対話を交わしていた。


司令官は、疲れ切った笑顔で、歯の浮くような謝辞を述べている。


「ハーザー伯爵家の皆さま、そして英雄であられるランドル三世様、援軍を賜り、感謝の言葉もございません。この後は、ランドル三世様の指揮下で進行させていただきたく存じます。」


ハーザー軍の参謀官が、司令官にこの惨状の詳細を尋ねる。


「は! 実は昨日、大規模な交戦となり、少し被害を受けました。また、ヴァンダル神国のエグズ使徒率いる第23神団が増援として到着しました。敵の決死の突撃を受けて、被害を出しましたが、敵は壊滅状態にあります。」


参謀官の顔に一瞬の驚きが走り、そして冷静に答える。


「ほう、第23神団が壊滅状態とは、良い報せだな。」


「あの、いえ、23神団は数日後に到着する予定で、先行部隊が壊滅状態です。」


「先行部隊とは、兵士ではなく、口減らしの民兵であろう。それと戦ってこの惨状とは、貴様らは無能か!」


「申し訳ありません。普段の烏合の衆とは異なり、魔法部隊も含まれており、エグズ使徒の指揮があったのだと思われます。しかし、このような状況でも砦は死守しております。ハーザー様の軍が来れば、赤子の手をひねるような戦いとなるでしょう。では、この後の戦略についても……」


参謀官が『第23神団』の名を聞いたとき、顔が一瞬歪み、後ろの者に合図を送る。すると、伝令兵が割って入ってきて、会話を遮る。


「ご無礼をお許しください。王命により、ランドル様には直ちに王都に戻り、はぐれドラゴンの討伐に向かうようとの指示がございます。こちらが王命書でございます。」


王命書を参謀官に渡し、参謀官はそれをうやうやしくランドル三世に見せる。


「ランドル様、このような状況でありますが、伯爵家として王命に背くわけにはいきません。直ちに王都への行軍を行いたく存じます。皆の者、王命を賜りし者。我らは王都に向かう、出発するぞ。」


砦の司令官の顔が蒼白になる。この状況で見捨てられたら、砦の陥落を防ぐことはできないだろう。自分たちの命だけでなく、近隣の村落も略奪され、何一つ残らないだろう。


「待ってください。それでは、この砦は防ぎきれません。近隣の――」


「愚か者が!」参謀官が鋭い声を上げる。「貴様は司令官であろう。死しても、この砦を死守しろ。分かったか!」


「ランドル三世様も断腸の思いでおられる。一度とはいえ、王から託された任務だ。兵士は残そう。死守せよ。もし砦を守り切れば、ハーザー家より褒美が出るだろう。」


「だが、万が一逃亡でもしようものなら、親族三代まで極刑が及ぶだろうな。砦が陥落してランドル三世様に汚名を着せることとなれば――」


 そして、配下の上官の一人を指名して、最後の一言を加える。


「貴様は此処に止まり、勇壮な武士もののふの戦い方を見て学べ。何一つ見落とすなよ」


この砦を監視して、逃げた者は報告しろとの意味で、部下の上官一人を残す指示を出したのだ。


この上官も、自ら戦う気はない。砦が落ちそうになれば、真っ先に逃げるだろう。


ロリア南東砦の司令官と上官たちは、今にも崩れ落ちそうだった。


ハーザー家の皆は、その姿も目に入らぬかのようにしゅを返し部屋から出て行く。


ランドル三世は、絵に描いたような美しい笑顔のまま司令官の椅子に座っていた。そして、爽やかな風をなびかせ、爽やかな笑顔のまま去っていく。この後、どのような惨劇になろうと、髪の毛ほども気にならないかの如く。

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