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37 ロリア南東砦の惨劇



鬱蒼うっそうとした森の中、人工的に切り開かれた平地が広がり、その場所に不揃いな石で積まれた中規模の砦がひっそりと佇んでいた。


インフィたちが物資を運ぶ目的地、ロリア南東砦で異変が発生していた。


その砦の司令部に、偵察部隊から報告が届いていた。


「砦の北北西、八キロの地点に信徒の部隊を確認。数は約百名。第八小隊の近くに位置しています」


「百か。第八小隊に足止めを命じろ。第三大隊を援軍として送れ。伝令を急がせ!」


小隊は十数名、大隊は百名で構成されていた。


敵の信徒はレベル十五未満。対するロリア南東砦の兵は十五を超えており、魔法を扱える兵士も多数いる。砦には十分な魔法部隊が配備されていた。


要するに、ロリア南東砦の戦力は圧倒的で、敗北する理由は見当たらなかった。


信徒たちは村を襲い、穀物を奪って素早く逃げることを常としていた。


今回も、出鼻をくじけば被害を最小限に抑えられる──その判断に基づき、指示が下された。


だが、その判断こそが致命的な過ちとなる。


……


第八小隊長は、獲物を見つけたかのように口元を吊り上げた。


「いつものように、遠距離攻撃で敵を混乱させろ」


任務は数刻の足止め。投石や爆矢を遠距離から撃ち込み、敵を混乱させる。それだけのことだった。


だが、今回は違った。


「現人神の導き!」「ヴァンダル神国に栄光を!」「エグズ様、我らをお守りください!」


狂気を帯びた叫び声とともに、信徒たちは逃げるどころか、逆に突撃してきた。


「な、なんだこれは……! 応戦しろ! 近づけさせるな!」


第八小隊も持てる限りの攻撃を繰り出す。腕が吹き飛び、身体が炎に包まれても、それでも信徒たちは前に出た。


「だめだ、退却だ……!」


指示が出された頃には、すでに手遅れだった。小隊は次第に総崩れとなり、なすすべもなく崩れていく。


ヴァンダル神国の信徒たちは、やせ細った身体のまま、笑いながら死んでいった。炎に焼かれ、肉体が損壊してもなお、恍惚の笑みを浮かべて。


人の常軌を逸した戦い方であり、正気で見ていられるものではなかった。


兵たちは恐怖に凍りつく。何度斬っても、焼いても、血まみれのまま笑って迫ってくる姿に、剣を握る手が震えた。


ヴァンダル神国の民は、飢えと苦しみの中で王を生神として崇めていた。王のために死ねることが、この国では至高の喜びだったのだ。


……


その時、第三大隊が戦況を受けて救援へ向かっていた。


やがて、壊滅寸前の小隊が追われる様子が視界に入る。数名の兵が命からがら逃げていた。


「間に合わなかったか……! 小隊を救え! 全軍、突撃! 敵を押し戻せ!」


大隊長の号令と共に、兵たちは突撃した。これで形勢が逆転する──誰もがそう思った。


だが、林の左右から、突如として鬨の声が響いた。その数、数百。明らかに数倍の兵力が現れた。


「敵の罠か……!」


前回とはまるで違う。信徒たちは罠を張り、統率された戦術で誘い込んできたのだ。


「伏兵か……! 今退けば総崩れだ! 突っ切って、小隊と合流しろ! 守りを固めるんだ!」


だが、伏兵もまた、命を捨てるように突撃してくる。レベルも練度も勝っていても、命知らずの特攻には、熟練兵でさえ恐れを抱く。


どうにか第八小隊と合流できたが、損害は甚大だった。


やがて敵の攻撃が緩み、彼らは残された兵を包囲するように布陣を変えた。


――数百の信徒に取り囲まれ、逃げ道は完全に絶たれていた。


それでも敵は殲滅には動かず、あえて殺さずに包囲を維持していた。


……


砦の司令部では、緊迫した伝令が駆け込んでいた。


「第八小隊、壊滅状態。計略にはまり、第三大隊も大損害。敵の増援により包囲され、危険な状況です!」


報告を聞いた司令官は、渋柿を噛んだような顔で天を仰ぎ、上官たちと対応を協議する。


「……これも本体を誘き出す罠か。だが、見捨てれば指揮に関わる」


本来なら退くべき状況だった。だが司令官は決断した。


「たかが狂信者。我らが負けるはずがない。一気に蹴散らすぞ。私も出る。守備兵だけを残し、全軍出撃だ!」


……


その判断が、最悪の事態を招いた。


敵部隊には魔法隊がいた。今までの信徒とは違う。弱く、逃げ惑うだけの存在ではなかった。


本体同士の交戦は、狂気の突撃と魔法の連携により、戦場全体が混乱に包まれた。


戦力ではロリア南東砦の方が優っていたため、かろうじて勝利は収めた。


だが、代償は大きかった。多くの兵が傷つき、何より兵たちの心が壊れた。


あの狂気の笑みを、突撃を、恐怖を、誰も忘れられなかった。


「エグズ様、我らをお守りください!」


戦場に響いたその声で、兵たちは知った。


――あの悪名高き『エグズ使徒』が率いる『第二十三神団』が、まだ控えていることを。


指揮官は鼓舞のために勝鬨かちどきを上げた。だが、兵たちの心から恐怖は消えなかった。


森に覆われた薄暗い道を、砦へ戻る兵たちの足音だけが、かすかに、虚しく響いていた。

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