表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/95

3 極限の山越え

目の前に聳える山々。その遥かな頂は白銀の冠をいただき、谷から吹き上がる風に粉雪が舞い上がる。

陽光を受けて雪片は紫の雲となり、昼なお深い天に、オーロラのような神秘がひろがっていた。


まるで神が降り立つ聖域――幻想と現実が交わる場所。

その幻想的な景色に包まれて、少年はひとり立ち尽くす。


彼がたどり着いたのは、「忘れられた地」の西山脈のふもと。

休むことなく歩き続けて、一月近い日々が過ぎていた。

二足で歩くようになったとはいえ、その足取りは遅く、幼さを引きずっている。


「やっと……ここまで来た。ここを越えるしかないんだ。レベルを上げるんだ。あきらめるか」


深く濃いエメラルドの瞳に光を宿し、少年は静かに、しかし力強く呟いた。


独り言の多い少年。

今はもう、瞼の腫れもなく、顔の歪みも消えて、あどけない表情が戻っている。

その幼い顔で山を睨みつけ、また小さく呟く。


「ミニスライムを倒しても、レベルは上がらない。他の魔物を倒さないと。山頂が見えない。でも、越えるしかないんだ」


「腹は減ってる。でも動ける。なんで凍えないんだろ……。でも、力はレベル1のまま。弱すぎる」


何も食べていない。けれど餓死もせず、体調も崩れず、眠らずに歩き続ける日々。

夜になれば、世界は氷点下の闇へ沈む。それでも、少年の体は不思議な力に満ちていた。


「腹減った。のど乾く。寒い。凍えるー」


感覚は人間と変わらない。空腹も、渇きも、寒さも痛いほどあった。

精神は削られていく。それでも耐え続けられるのは、逞しさか、それとも極限状態で生まれる麻痺か――

どちらにせよ、辛さだけは決して消えない。


神の手で創られたかのような体。けれど、その力はレベル1のまま。

矛盾だらけの存在でありながら、なお、進むことだけはやめられなかった。


「この峰を越えれば……人に会えるはずだ」


少年はまた、力を込めて歩き出す。よたよたとした幼児の歩みで。


「くそ……また崖か。こんなとこ登れるか。戻るのか……?」


山越えは、幼い力しか持たない少年にとって、まるで鬼の所業だった。

目の前の段差はたった数十センチ。それでも、世界の壁のようにそびえ立つ。

足場は脆く、雪は滑りやすい。何度も転び、冷たい雪に手を埋めて、思うように進めない。


それでも、少年は諦めなかった。

雪を何度も掻き集めて足場を作り、滑り止めにし、幼い手で必死に工夫を繰り返した。

転び、立ち上がり、少しずつ一歩一歩進み続ける。


登り始めて一週間、ようやく標高千メートルを超える。

忘れられた地が標高二千メートルの高地なら、いまや標高三千メートルの空気を吸っていた。


「ふーー……けっこう登った。山頂はまだか。凍える……」


やがて、なだらかな傾斜の雪原にたどり着く。

太陽に照らされた白銀の世界は、雑念を洗い流すように清らかだった。


周囲は細やかな粉雪に覆われている。

その中、淡く光るエメラルド色の何かが、雪原の静寂に浮かんでいた。


「え……宝石? 大金持ちになれる……? やった……これで……ずっと生きていける……」


そう呟いてみたが、不思議と胸の奥からは、何の感情も湧かなかった。


「……動いた。動いてる。こっちに来る……」


少年は大声で叫ぶ。


「レベル上げだ!」


命の危機よりも先に、心の奥底から熱い衝動が湧きあがる。


「なんか……他にも来てる。まずい……勝てるのか」


少年の足元に、一匹の魔物が現れる。


「来た……なんだこいつ……いもむし?」


それは雪虫と呼ばれる魔物だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――

雪虫。

体長は数センチの芋虫。

極寒に生きる虫型の魔物で、攻撃力こそほとんどないが、生き物にまとわりつき、その体温を容赦なく奪い取る。

粘りつかれた者は、マイナス四十度の冷気で凍死することもある。

動きは緩慢だが、いったん粘着されれば逃れるのは難しい。

――――――――――――――――――――――――――――――――


「ボコッ、ボコッ、ボコッ……」


少年は、体を這い上がってくる芋虫を必死で殴り続けた。


「堅い……これじゃ、だめだ」


周囲の石を拾い集めて、さらに殴り始める。


「ガツッ、ガツッ、ガツッ……!」


雪虫は石に打たれて地面に落ちる。

しかし、なお動きは止まらない。


「まだ動いてる……倒せてない」


雪虫は再び少年に這い寄る。石で何度打っても怯むだけで、傷ひとつ与えられなかった。



「ミニスライムと同じ……。噛むしかないのか……。なんでこんな体なんだ!」


少年は雪虫をつかみ、叫んだ。


「くそ……レベルを上げるんだ。諦めるか!」


ミニスライムの戦いで身につけた唯一の戦法――

渾身の力で、噛みついた。


「ガブッ!」


歯が欠けそうな痛みが走る。


「え……噛めない。どうする……冷たい! カチカチだ……!」


雪虫は危機を察すると、その体を一瞬で冷たく硬くする。

少年は凍りついた虫を思わず放り投げた。


その間にも、辺りには淡いエメラルド色の光が次々と集まってきていた。


「どうして……体が動かない……このままじゃ、本当に……死ぬ……!!」


逃げようとした時には、すでに周囲は雪虫に囲まれていた。


足元にも這い寄る雪虫たち――

冷たく湿った無数の体が、少年の体をじわじわと覆い始める。


やがて全身が雪虫に包まれ、その重みに抗えず、少年は雪原に倒れ込んだ。


「冷たい……凍える……凍え死ぬ……!!」


少年の感覚は、人と何も変わらない。

骨の髄まで刺さる冷気。

その中で、最後の力が抜けていく。


「こんな……絶対に死ぬ……」


雪虫の体温はマイナス四十度。

冷気は皮膚を突き刺し、血を凍らせる。

顔が青白くなり、感覚は遠ざかり、

やがて、動かなくなった。


雪虫たちは、静かに動かなくなった少年の上から離れ、また雪原をゆっくりと這っていく。


少年は、死んでしまった。


彼は、何者だったのか。

何を成すべきだったのか。


宵闇が、ゆっくりと静寂を落とす。

風の音だけが、死を悼むように雪原を吹き抜けていた。

おもしろいと感じた方は、「亀の甲より年の功」をクリックして、他の作品もぜひご覧ください。まったく異なるジャンルの物語を、生成AIを駆使して書いています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ