21 雷鳴の終焉
天上に大きな満月が輝いていた。
その下、淡く青く浮かぶゲルの集落。幻想的で、どこか異国の空気が漂っている。だがその静寂を破るように、罵声、悲鳴、泣き声、鼓舞の叫びが夜に響いていた。
そして──
「グオアアアアアアアアアアアァァァァァーーッ!!」
インフィの喉から、この世のものとは思えない雄叫びがほとばしる。
言葉では到底言い表せないその音は、まるですべての生き物の心臓を鷲掴みにするかのようだった。空気が震え、大地さえ揺れるような力があった。
その場にいた者たちは、家畜までもが崩れ落ち、地にひれ伏した。
──ただひとり、インフィを除いて。
彼はすでに、防衛線を飛び出していた。
二本の剣を高く掲げ、盗賊の親玉へと一直線に駆けていく。
まるで時間が止まったかのような静寂。誰も動けない空間を、ただひとり、彼だけが風を切る。
親玉は、死の予感に怯えながら、ワナワナと体を震わせ、立ち上がろうとしていた。
《その脇腹に、全体重をかけたインフィの剣が突き刺さる》
少年の力とはいえ、鋭利な刃は深々と肉を貫いた。
その瞬間、集落の人々は息をのんだ。そして──かすかに、希望を見た。
「ぐぅ、うぅぅ……腹が焼けるようだ、このクソガキが……やってくれたな!」
親玉は呻きながらも、インフィの左頬を拳で打ち抜いた。
少年の意識は途切れ、地に倒れる。
直後、周囲の金縛りが解け、再び戦が動き始める。
だがそのとき、親玉の腹が淡く光った。
剣がするりと抜け落ち、傷が瞬く間に塞がっていく。
「くそ……この回復薬、いくらすると思ってるんだ……こんなガキ相手に使うなんてな……」
それは、家一軒にも相当する、最高級の回復薬だった。
《少年の決死の一撃は、届かなかった──》
女たちはほとんどが倒れたまま、男たちも満身創痍。回復薬の備えも尽き、今やガルダンたち先鋭のみが、入口を守っていた。
誰の目にも、勝敗はすでに明らかだった。
集落に警鐘が鳴ってから、すでに数刻。皆が疲弊しきっていた。
「……まったく、手間取らせやがって。さっさと拘束しろ!」
親玉が勝利を確信し、最後の命令を叫ぶ。
そのとき──
遠くから、馬のいななきと蹄の音。そして、人の叫ぶ声が聞こえてきた。
「くそ……なぜだ……なんてこった。お前ら、退却だ! 逃げるぞ、急げ!」
「このガキだけは連れていけ!」
親玉は瞬時に状況を把握した。増援の接近と部下たちの疲弊を見て、撤退を決断したのだ。
さすがに、これだけの盗賊団をまとめる男だけのことはある。
盗賊団の動きは素早く、防衛隊が状況を把握するより早く、その姿は闇に消えていた。
「どうした? 何が起こった? あれは……ダルドたちか? 助かったのか……?」
ガルダンがうめきながら周囲を見回すと、
「大丈夫か! 怪我人は? 死者は!? ……なんてことだ!」
ダルドが駆け寄り、ガルダンのもとに膝をつく。
「大丈夫だ……なんとか守った……守ったぞ……」
……
「あ、インフィだ……インフィが連れ去られた。奴ら、奴隷商人だ……!」
ガルダンは満身創痍の身体で、なんとか言葉を絞り出した。
防衛隊に、もはやまともに動ける者はいなかった。
「インフィだけなのか? 他にも連れ去られた者は?」
「……いや、インフィだけだ。すまない……」
ダルドの顔に怒りが滲む。
馬に駆け寄ろうとするが、疲れ切った愛馬はすでに立つことすらできず、盗賊たちの姿も遠くに消えていた。
この世界では、遊牧民の子どもが人さらいに遭うこともある。彼らは自由の代償として、どこからの保護も受けずに生きている。そのため、遊牧民たちは街から遠く離れた地で暮らすのが常だ。
今回の商談で町に近づいた際も、ダルドたちは慎重に場所を選び、できる限り距離を取り、見晴らしのよい高台にゲルを設営していた。周囲には、簡素ながらも頑丈な柵をめぐらせていた。
だが──今回の襲撃は偶然ではなかった。
ダルドたちが街に近づく時期を盗賊たちは把握していた。警備が手薄になるのを見計らった、計画的な襲撃だった。
唯一の誤算は、ダルドたちが早く戻ってきたこと。
もし間に合わなければ、子どもも女も老人も、誰ひとり残らなかっただろう。
ダルドたちがこれほど早く戻れたのには理由があった。
街で情報を集めていたとき、「奴隷商人が近隣で動いている」という不穏な噂が耳に入ったのだ。
念のため戻るべきか──そう仲間たちと相談していたところに、集落が襲われたという伝書鳩が届いた。
“鳩”と呼ばれるその鳥は、魔物に近い性質を持つ。夜間でも飛行可能で、主人の元へまっすぐ戻る。
騎士時代にその力を知ったダルドは、密かに飼育し、フランに「迷わず飛ばせ」と託していたのだ。
素早く封を開けたダルドは、目を見開いた。
──火の手。叫び声。倒れる者たち。カイナ、フラン、そして集落のみんなの顔が浮かぶ。
「行くぞ!」
(カイナ、フラン、守れなかったら──)
(誰か一人でも欠けていたら──)
そう思うだけで、胸の奥が焼けるように熱くなった。
ダルドは、馬の腹を蹴りつけるようにして走らせた。「間に合え……無事でいてくれ……」という強い焦りと共に。
襲撃の混乱がようやく収まり、状況を確認すると──奇跡的に死者はいなかった。
盗賊たちは勝利を確信しており、男たちも含めて皆を奴隷にするつもりだったため、とどめを刺さなかったのだ。
この規模の戦闘で死者も重傷者も出なかったのは、極めて幸運だった。
初級とはいえ回復薬の備えがあったことも大きい。ダルドが万が一に備えて準備していたことが功を奏していた。
ダルドたちはその後、街でインフィの行方を捜したが、手がかりは得られなかった。
カイナは「もっと探す」と泣き叫んだが、この世界では、生きている者が優先される。
ダルドたちは、ウルラン高原へと帰っていった。
カイナは泣き続けたが、時がその涙を癒してくれるだろう。
遊牧の暮らしは厳しい。
自然の過酷さに比べれば、今回の出来事でさえ、日常の一部なのだ。
『少年は、今どこにいるのだろうか』
『生きているのだろうか、それとも──』
『「インフィ」と名付けられた少年の《運命》と《定め》は、いったいどこへ向かうのか』
ウルラン高原に、雪雲が広がる。
初雪が静かに舞い降りる。命の儚さを物語るように。悲しみをそっと覆い隠すように。
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