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2 ミニスライムとの死闘

朝の光が、草原にやわらかく降り注いでいた。


雲ひとつなく澄みきった空は、どこまでも青く広がる。そのふちを、氷の王冠のように山々が取り巻いていた。地には瑞々しい緑、遠い雪の光、風に揺れる若草。早春の冷たい空気が、まだ見ぬ命の香りを運んでくる。


少年は、まだ地に這いつくばったまま、短く息を吐く。


「はーー、寒い。寝てたのか……。体は……動く。腹、溶けてない……? ちょっと、かゆい……。あれ、どこいった……げ、そこに……潰れたスポンジ……きもい」


言葉は頼りなく、空へとほどけていく。

それでも、小さな決意だけが胸の奥でゆっくりと灯る。


「レベル……上げないと。まだ、立てない。まだ……這うしかない」


動かない体。それでも、心の奥で静かに震えるものがあった。氷の風に身をすくませながら、それでも、彼はほんの少しずつ前へ進もうとする。


「明るくなってきた……。あ、何か動いた……え、あれか……無理……不味すぎる。もう噛みつくのは……無理……」


体は、かすかな恐怖でこわばる。それでも、どこかから衝動が這い上がってきて、抗いがたい力で背中を押してくる。


「くそ……。絶対、諦めるか」


まだ立てない。けれど、彼はありったけの意志で草の間を這い進む。


昨日と変わらない、ゆるやかな進軍。

草のしずくが手足にまとわりつき、冷たさと湿り気が、まだ未熟な皮膚をしっとりと濡らしていく。

ひとつ、またひとつ、息を潜めて、蠢く影へとじりじり近づく。


「使えそうな石……ないか……これ……重い……これも無理……これも……だめ……なんなんだよ、この体……あ、持てた。いく」


小石は、幼い手の中で心細く震えていた。

最初に掴んだ大きな石は、手からこぼれ落ち、無力な指先が頼るのは、ただの小さなかけらだけだった。


──結果は、初めから知れていた。


振り下ろす小石は、草を撫でるだけの力しか持たない。

ミニスライムの冷ややかな表皮にはじき返され、傷ひとつ残らなかった。

昨日と同じ、じりじりと距離を詰めるだけの、無音の恐怖。


「うっ……倒れる」


視界が傾ぎ、仰向けの世界に陽が広がる。

ミニスライムのぬるりとした重みが、胸の上に落ちる。


「噛む……いや、無理……無理すぎる……石で……叩く」


小石で何度も、必死に叩いた。

だが、結果は大地に吸い込まれるように同じだった。


「くそ……昨日と同じ……ばか……」


叩く音が途絶え、思考だけが取り残される。

答えのない迷路に、ただ冷たい風だけがそっと吹き抜けた。



かゆみがじわじわと腕に広がり、どこか遠い意識が霞む。

このままでは、きっと終わってしまう――そんな静かな焦りが、胸の奥底から波のように押し寄せてきた。


再び、あの感覚が蘇る。

心の奥に眠る獣のような衝動。

それは、理屈や思考を超えて、ただただ「生きろ」と叫ぶ。


「レベルを上げるんだ……。諦めるか!」


思考のすべてを振り払い、渾身の力でミニスライムへ噛みついた。


「ガブッ! ガブッ! ガブッ!」


昨日と同じように、嘔吐をこらえ、涙を滲ませ、何度も何度も噛み続ける。

やがて、淡い光の粒がまたひとつ、少年の中へ静かに溶け込んでいった。


「……倒せたのか。グウェッ……吐く、吐く……がまん……液体は……甘い。飲む……」


※ミニスライムの体液は甘くない。毒はないが非常に不味く、栄養もほとんどない。

あまりにも苦く渋い表皮のあとでは、相対的に甘く感じたのかもしれない。生命とは逞しいものである。


苦しさと吐き気だけが口の中に残る。

昨日のような小さな達成感さえ、今日はどこかへ消えていた。

少年の口からは、不満とも怒りとも悲しみともつかぬ呻きが、低く漏れる。


「くそ……なんなんだよ。どうなってんだ、ちくしょう……」


冷たい空気が喉を刺し、心は静かに沈んでいく。

落ち着こうと、少年は自分に言い聞かせる。


「はーー……少し落ち着いた。冷静になれ……僕は……何なんだ……?」


「顔は……わかんないけど、体は人間……十歳くらい……? なんで、こんなに力がない……? なぜ、魔物を倒さなきゃって思う……?」


考えようとするたびに、内側から波のような不安が押し寄せてくる。


「グウェッ……また、吐きそう……」


「うっ……うっ……うえーん……」


少年は泣いた。

大声で、子どもらしく、無垢に。

涙は頬を伝い、草にしみ込んでいく。


──ミニスライムを「歯で噛み切って倒す」。

それは、常ならぬ精神でなければできない行い。

それでも、少年はやり遂げた。


風が新緑の草原を吹き抜ける。

青空の下、涙に濡れながら、少年は何度も心の中で叫ぶ――

もう無理だ、絶対に無理だ、と。


それでも、心の奥底から湧き上がる感情は、弱まるどころか、ますます強くなる。


「レベルを上げるんだ!」


深いエメラルドの瞳が、光を宿す。


「考えろ……何も思い出せない。名前も、家族も、生まれも……まずい、何も……。なんで、ここにいる……?」


思考は何度も空回りし、答えは得られない。


「未来だ……過去なんて知らない。倒すしかないんだ。感情に勝てるか……力がないのに……。腹、減ってるのに……でも、動ける。人間か? 違うか? そんなの知らない。なんでこんな体なんだ……!」


「噛みつくしかない。死んでも、噛み続けてやる。この体で、やるしかないんだ!」


瞼は腫れ、涙でぬれていた。

けれど、その瞳は静かに、確かに輝いていた。


あたりを見渡すと、草の間には幾つもの蠢く影。

少年は、四つん這いのまま最も近いものへ向かう。

ためらいはない。ただ、ひたすらに「噛みつく」ことしか、今の彼にはできなかった。


えずきながら、泣きながら、何度も何度も――

かすれた叫びとともに、命のやりとりが繰り返される。


──幾度目かの朝。


草はわずかに伸び、風はまだ冷たい。けれど、陽射しだけが前よりも少しだけ強くなっていた。

淡い光の粒が、また一つ、少年の体に静かに吸い込まれていく。


その瞬間、少年の体がやわらかな輝きを放つ。


『テレテレッテッテッテー』


どこか懐かしい効果音が、心の底で鳴り響いた。

身体の奥から、泉のように力が湧き上がってくる。


「え、えっ……やった! レベルアップきた!!」


少年は草原の真ん中で這いながら、歓喜の声を上げた。


もう、数えきれないほどのミニスライムを噛み倒していた。

嘔吐と涙で顔は歪み、喜びの表情も幼い仮面のように崩れている。


「ミニスライムだったのか……」


呟きが、風に溶けて遠ざかる。


倒してきたものが“ミニスライム”だと、ようやく理解する。

彼のまなざしは、空の向こうを探るようにさまよった。


「ここは……忘れられた地……。この光景……間違いない」


――


忘れられた地。

遥かな北、標高一万メートル級の山々に囲まれた孤絶の原野。

東西南北の頂には氷龍と呼ばれる守護者が棲み、すべての侵入者を拒むと言い伝えられている。


――


「名前……思い出せない。家族も、いたのか分からない……」


何も、思い出せなかった。


「レベルアップすると……記憶、戻るのか……?」


人族はレベルという進化で魔物と戦う力を得ている。この世界の仕組みが、ほんの少しだけ見えてきた。


少年は、体に湧き上がる新しい力を感じながら、足にそっと力を込める。


「やった、やった……立てた! 立ったぞ!!」


初めて、自分の足で立ち上がる。


「歩ける……歩ける! 歩けるぞ!!」


初めて、自分の足で歩き出す。


「うっ、うっ……えーん、えーん……うえーんうえーん」


少年は泣いた。今度は嬉し涙だった。

顔はさらに歪み、幼い仮面は崩れ落ちていく。


しばらく泣いた後、静かな呼吸の中で、少年はまた考えを巡らせる。


「くそ……レベル0だったのか……。え、まだレベル1……」


「ここ……ミニスライムしかいない……。え、氷龍が周りを守ってる……?」


「レベル、上げられない……?」


「はーー……」


少年はその場に崩れ落ちる。


あの感動は、影も形も残っていなかった。


──最初のミニスライムを倒してから、二ヶ月が経っていた。


毎日、泣きながら、えずきながら、百匹ものミニスライムを噛み倒してきた。

それは常人には想像もつかない苦行。


『この少年は、どこから来たのだろうか』


『この少年の心の強さは、どこから生まれたのだろうか』


彼方にそびえる白銀の山々から、悠久の風が静かに吹いていた。

おもしろいと感じた方は、「亀の甲より年の功」をクリックして、他の作品もぜひご覧ください。まったく異なるジャンルの物語を、生成AIを駆使して書いています。

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