ミニスライムとの死闘
草原に朝日が差し込む。
雲一つない抜けるような青空、それを囲むような神々しい山々、新緑の大地、心地よい風、早春の香り、雄大で生命に溢れた景色が広がっていた。
「はーー、寒い。寝てたのか……。体は……動く。腹、溶けてない……? ちょっと、かゆい……。あれ、どこいった……げ、そこに……潰れたスポンジ……きもい」
少年は、相変わらず説明口調で呟いていた。
「レベル……上げないと。まだ、立てない。まだ……這うしかない」
体は動かない。だが、心の奥から湧き上がる感情が、強く少年を突き動かしていた。
「明るくなってきた……。あ、何か動いた……え、あれか……無理……不味すぎる。もう噛みつくのは……無理……」
身体は嫌がっていた。だが、その奥底から疼くような衝動が、また湧き起こる。
「くそ……。絶対、諦めるか」
少年はまだ立つことができなかったが、全力で前進していく。
昨日と変わらない、ゆっくりとした進み方。時間をかけ、ようやく蠢くものの近くまでたどり着いた。
「使えそうな石……ないか……これ……重い……これも無理……これも……だめ……なんなんだよ、この体……あ、持てた。いく」
最初は大きめの石を持とうとしたが無理だった。結局、小さな小石を手にし、少年は進んだ。
──結果は明白だった。
振り下ろす小石は遅く、弱い。ミニスライムの表皮に弾かれ、傷を与えることすらできない。
ミニスライムは、昨日と同じように、じりじりと迫ってきた。
「うっ……倒れる」
少年は仰向けに倒れ、ミニスライムが胸の上に這い上がってくる。
「噛む……いや、無理……無理すぎる……石で……叩く」
少年は、小石で何度も叩いた。
だが、結果は同じだった。
「くそ……昨日と同じ……ばか……」
叩きながら、考える。だが何も浮かばない。
「……かゆくなってきた。このままじゃ、やられる……」
また、心の奥から、強い衝動が湧き上がる。
「レベルを上げるんだ……。諦めるか!」
思考を止め、渾身の力で噛みついた。
「ガブッ! ガブッ! ガブッ!」
昨日と同じように、えずきながら、何度も噛み続けた。
そして、また淡い光の粒が少年の体に吸い込まれていく。
「……倒せたのか。グウェッ……吐く、吐く……がまん……液体は……甘い。飲む……」
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※ミニスライムの体液は甘くない。毒はないが非常に不味く、栄養もほとんどない。
あまりにも苦く渋い表皮のあとでは、相対的に甘く感じたのかもしれない。生命とは逞しいものである。
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「くそ……なんなんだよ。どうなってんだ、ちくしょう……」
昨日のような達成感はなかった。少年の口からは、不満とも怒りとも悲しみともつかぬ呻きがこぼれた。
「はーー……少し落ち着いた。冷静になれ……僕は……何なんだ……?」
「顔は……わかんないけど、体は人間……十歳くらい……? なんで、こんなに力がない……? なぜ、魔物を倒さなきゃって思う……?」
「グウェッ……また、吐きそう……」
「うっ……うっ……うえーん……」
少年は泣いた。大声で、子どもらしく、無垢に。
──ミニスライムを『歯で噛み切って倒す』。
それは、尋常な精神ではできない。だが少年はやった。
風が吹き渡る新緑の草原。青空の下、泣きながら、少年は何度も心の中で叫んだ──もう無理、絶対無理だ、と。
だが、感情は弱まることなく、心の深層から湧き上がる。
「レベルを上げるんだ!」
深いエメラルドの瞳に、強い意志が宿っていた。
「考えろ……何も思い出せない。名前も、家族も、生まれも……まずい、何も……。なんで、ここにいる……?」
思考は空転するが、答えは出ない。
「未来だ……過去なんて知らない。倒すしかないんだ。感情に勝てるか……力がないのに……。腹、減ってるのに……でも、動ける。人間か? 違うか? そんなの知らない。なんでこんな体なんだ……!」
「噛みつくしかない。死んでも、噛み続けてやる。この体で、やるしかないんだ!」
瞼は腫れ、涙に濡れていた。だが、その瞳は確かに光っていた。
周囲を見渡すと、いくつかの蠢く影があった。
少年は、四つん這いで最も近いものへ向かって進んでいく。
そして、ためらわず『噛みつく』。
えずきながら、泣きながら、何度も何度も……。
──そして、幾度目かの朝。
草は少し伸び、風はまだ冷たいが、陽射しはわずかに強くなっていた。
淡い光の粒が、また一つ、少年に吸い込まれていく。
次の瞬間、少年の体が輝いた。
『テレテレッテッテッテー』
どこかで聞いたような効果音と共に、身体の底から力が溢れてくる。
「え、えっ……やった! レベルアップきた!!」
少年は叫んだ。草原の真ん中で、這いながら、大声を上げた。
もう、数えきれないほどのミニスライムを噛み倒していた。
嘔吐と涙で、顔はすっかり歪み、喜びの表情はお多福のように崩れていた。
「ミニスライムだったのか……」
呟く少年。
倒してきたそれらがミニスライムであると、ようやく分かった。
「ここは……忘れられた地……。この光景……間違いない」
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忘れられた地:この世界の遥か北。標高一万メートル級の山々に囲まれた地。東西南北の山には『氷龍』と呼ばれる守護者が住み、侵入者を排除するとされている。
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「名前……思い出せない。家族も、いたのか分からない……」
何も、思い出せなかった。
「レベルアップすると……記憶、戻るのか……?」
人族は、レベルという進化で魔物と戦う力を得ている。この世界の仕組みが、少しだけ理解できた。
少年は、湧き上がる力を感じ、足に力を込めた。
「やった、やった……立てた! 立ったぞ!!」
初めて、自分の足で立ち上がる。
「歩ける……歩ける! 歩けるぞ!!」
初めて、自分の足で歩く。
「うっ、うっ……えーん、えーん……うえーんうえーん」
少年は泣いた。今度は嬉し泣きだった。
顔はさらに歪み、ひょっとこのようになっていた。
しばらく泣いたあと、落ち着いて考えようとする。
「くそ……レベル0だったのか……。え、まだレベル1……」
「ここ……ミニスライムしかいない……。え、氷龍が周りを守ってる……?」
「レベル、上げられない……?」
「はーー……」
少年は崩れ落ちた。
あの感動は、影も形もなかった。
──最初のミニスライムを倒してから、二ヶ月が経っていた。
毎日、泣きながら、えずきながら、百匹のミニスライムを噛み倒していた。
常人では不可能な苦行。
『この少年は、どこから来たのだろうか』
『この少年の心の強さは、どこから来ているのだろうか』
彼方にそびえる白銀の山々から、悠久の風が吹いていた。
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