13 子供たちとのふれあい
高く昇った太陽が草原を照らし、風に揺れる草の葉が、子供たちの汗の粒をきらきらと反射していた。空にはかすかに雲がたなびき、遠くでは羊の鳴き声が風に乗って届いてくる。
「だめだな。もっと引きつけないと。腰を落として、相手を引きつけるんだ。」
子供たちが遊牧民相撲で遊んでいる。日本の相撲とレスリングを合わせたような格闘技で、相手が仰向けに転がるか、腹ばいになれば勝ちというルールである。
家畜の世話が終わり、子供たちが集まり遊んでいた。男の子の遊びといえば、この遊牧民相撲であり、この遊びの優劣が、そのまま男の子の序列となっている。ちなみに、この地では十六歳で成人となり、十五歳から大人相撲に参加するようになる。
タムは、まだ十三歳であるが、この子供相撲の頂点に立ち、皆から尊敬を集めていた。そんな彼は、軟弱なインフィを気にかけ、常に指導していた。
「あはは、あはは。インフィ、頑張れ。そんな腰砕けじゃだめだな~。」
タムに振り回されるインフィを見て、周りの子供たちから声援と笑いがこぼれていた。
タムは、いつものようにインフィを振り回しているが、足を掛け、完璧に仰向けに倒したと思っても倒れていない。背負い投げで完璧に投げたつもりでも、投げられていない……そんな不思議な感覚を、偶たまに感じる。しかし、力の無いインフィは、次には倒れているので、おかしいとは思いながらも気にしていなかった。
同年代の周りの子供たちもインフィを格下、子分のように扱っていたが、何か違うなと感じ始めていた。それは、毎週の子供たち最大の嫌事、水汲みである。その日は、護衛の大人たち数人と、男女問わず八歳以上の子供たちが、一キロほど離れた川まで水を汲みに行く。
早朝から日暮れまで、子供たち二十人ほどが、ひたすら川とゲルを往復し、水を汲みに行く。水場には狼などの危険な野生動物も集まるため、集落は少し離れた場所にゲルを設営している。魔物は水を飲まない。魔元素さえあれば生きられる――そう、じいちゃんが言っていた。
「あ~、馬に乗りたい~。相撲したい~。遊びたい~。」
朝日が昇ると共に、子供たちの不満の声が聞こえる恒例行事。護衛の大人たちも、子供の頃を思い出したように、子供たちの不満声を聞いて笑っていた。
「インフィ、遅いぞ。そんな小さな桶でよたつくな。本当にお前は、女に生まれた方がよかったな。」
兄貴分のタムが、大丈夫かと素直に言えないようで、いつもの調子で声を掛けると、周りの男の子たちもけらけらとはやし立てている。
「お兄ちゃんこそ、今日はまじめに運んでね。ほんと、威勢がいいのは最初だけなんだから。」
タムの妹の『カイナ、十一歳』が、女子を代弁するように言っている。この頃の子供たちの中では、体力はむしろ女子に分があり、加えて根気よく物事に取り組むため、こうした手伝いには彼女たちの方が適していた。
「あ~、もう嫌だ。十分に溜まったよな。ちょっと休憩~。」
昼を過ぎた頃から、最初に男子が、その後は女子も休憩する時間の方が長くなってきていた。
「おい、インフィ。おまえも休め。無理はしなくていいぞ。」
護衛の大人からインフィに休むように声を掛けるが、当人のインフィはきょとんとしただけで、休まずに水を汲み続けていた。
ゲルと川までは一キロほどの草原で、見渡すこともでき、危険な獣、魔物もいないことがもう分かっていたので、護衛の大人も、道沿いに散らばって休んでいる。
そんな中を、インフィだけが、ひと息つくこともなく黙々と歩き続け、ひたすら水を運ぶ手を止めることはなかった。
「インフィ、大丈夫か。明日、動けなくなるぞ。こいつ、疲れないのか……。」
朝から一度も休まずに水を運び続けるインフィの姿に、子供たちも護衛の大人たちも驚いていた。
「インフィ、頑張れ……インフィ、すごい……インフィ、お嫁さんにして。」
驚きを通り越して、段々とそんな声援が聞こえだしたが、当人のインフィは、それを気にすることもなく、水を運び続けていた。
頭の中には、あることだけしかなかった。
――レベルが上がらない。相撲をしても水を運んでも、力が付いたと思えないし、レベルが上がる気もしない。
そう、インフィの頭の中には、「レベルを上げるんだ」という強烈な思いだけが渦巻いていた。それは、雪山で凍えながらも必死に魔物と戦い続けた記憶と結びつき、他のすべてをかき消すように心を支配していた。
――魔物を倒すしかないのか……でも、ここにいると心が落ち着く。ご飯はおいしくて、みんな優しい。あたたかくて、離れたくない。
日が暮れて、子供たちは家に帰ったが、インフィはまだ水を運んでいたので、最後は護衛の大人に抱きかかえられ、家まで強制連行されていた。
そんなことなどがあり、子供たちからも大人たちからも、不思議な少年と思われながらも、平穏で心休まる日々が続いていく。
真っ青な青空に夕焼けが広がり、夜の帳に変わる頃、広大な草原の中にぽつんと集まっているゲルからは、それぞれの家族の笑い声と、温かい夕食の香りが漂っている。
このインフィのゲルからは、
『食事をするたびに、激マズスライムとの対比からか、半泣きになるインフィ』
『それを見て、大笑いするダルドの家族たち』
このまま、ここで暮らすことが幸せなんだと言いたそうに、星たちが煌めいていた。
そう、重要なことが抜け落ちていた。
『インフィ』という名は、ダルドが名付けてくれたものだった。名前がなければ不便だというだけでなく、彼なりの思いがあったのかもしれない。
その意味は、遊牧民の言葉で、
《運命の定め》
という意味があり、ダルドが何かを感じ取って付けたのかもしれない。
この少年は、どのような、《運命》と《定め》を背負っているのだろう。