12 初めてのふれあい
豊かな水が静かに流れ、川面は朝の光を受けて川霧となり、あたり一面を白く包んでいた。その美しさは、かえって誰もいない孤独を際立たせていた。水音が心を撫でるように、さざ波の音を繰り返す。
「ウー、ウー……ワン! ワン、ワン……ペロ、ペロ。」
――首筋に、ぬるい感触。ざらざらとした舌が、唇をなぞる。
「うひょ……うへ……くちゅ……うん~……。」
生ぬるい擽ったさに顔をしかめ、まぶたを開けると、そこは一面、白の世界だった。
「ここは……天国? 死んだのか?」
また舐められた。意識が、じんわりと戻ってくる。
「……犬? 生きてる……?」
犬笛の音が遠くから聞こえ、毛むくじゃらの影は霧のなかに消えていった。ほどなくして、足音――靄の向こうに人影が浮かぶ。
安堵と不安が胸を揺らし、立ち上がろうとしたが、再び意識は沈んでいった。
***
「おい! 生きてるか! 火をもっとたけ、体が氷みたいに冷えてるぞ!」
「どこから来たんだ、こんな小さな子がひとりで……親は?」
人の声、手のぬくもり、毛布の感触。燃える炎の暖かさに包まれて、心がじわじわとほぐれていく。
どこか懐かしい。だけど思い出せない。
「おい、目を覚ませ! 寝るな、死ぬぞ!」
頬に走る痛み。体が強く揺さぶられ、反射的に跳ね起きた。
「……やめろ。」
右手に短剣を持った体勢で辺りを威嚇する――が、手には何も握られていなかった。短剣はまだ、モグラーの喉元に突き刺さったままだったのだ。
「おおっ、目を覚ましやがったか! 坊主、生きてんのか?」
無精髭の男が、笑いながらこちらを見ていた。その背後では、腰を抜かす老婆、親にしがみつく子供たち、大口を開けた大人たちがインフィを囲んでいた。
――助けられたのか。優しい手に、心が少しずつほぐれていく。
「す、すみません……ありがとうございます……驚かせて……。」
深く頭を下げると、場の空気が緩み、あちこちから笑いがこぼれ始めた。
その後、親はいるのか、どこから来たのか、名前は何か、年齢や過去のことなど、様々な質問を受けたが――インフィは、そのどれにも答えることができなかった。
インフィは隠すことなく、正直に「忘れられた地」から来たと話した。だが、そんな過酷な場所から、こんな小さな子供が来たとは、誰も信じてはくれなかった。
「ゴンズじいじゃな。昔、祭りで酒を飲みすぎて落馬して、星の王子様になったとか言い出したっけな。」
「あったあった! 宇宙船作ってくれって泣きついてなぁ!」
すぐに話題は、かつて記憶を失って別人になった老人の話へと逸れていった。主役の座は軽くすり替えられ、話題の中のゴンズは、部屋の隅でうつむいていた。……多分、もう治ったようだ。
「もういい。こいつは俺が預かる。異論ある奴は、言ってみろ。」
髭のおっさん――ダルドが一喝すると、皆が頷いてそれに従った。
「それでいいな、坊主。」
言い残してゲルを出ていった。
中には、赤黒く日焼けした女性と、その娘と思われる少女がいた。女性はダルドの妻フラン、少女は長女のカイナ。二人は鍋を見つめながら、微笑んでいた。
「冷たくなってたのよ。生きててよかった……これ、飲める?」
香ばしく、甘い湯気が漂う。ミルクに草葉の香りが溶けた、どこか懐かしい匂い。
「……うまい。うまい、うますぎる!」
唇が震える。何かが込み上げてくるのを、必死に堪えようとした――
そして――
「うっ……うえっ……うわあああん!」
突然、インフィは大粒の涙を流しながら、声をあげて泣き出した。
あの最初のスライムは激マズだった。それ以降、食べることさえ忘れていた。空腹も寒さも恐怖も、全部、ただ耐え続けてきた。
初めて、人の手で淹れられた飲み物。その優しさに、心がほどけてしまった。
ようやくたどり着いた、小さな温もりの中で――インフィの心は、静かに生き返っていた。