第8話 女神と見たことのない存在
思考が止まる。
脳が理解することを拒絶する。
(…ありえない…)
それが彼――ライト・ガルデスを見た私、サルツの脳裏によぎった言葉だった。
鑑定していないのに、背中を流れる冷や汗。
心臓を握りつぶされるような恐怖が本能を支配する。
(逃げ出したい)
それでも私は必死に衝動を抑え、意識をつなぎとめた。
目の前で緊張気味に話す5歳の少年。
先日行われた洗礼の儀式で明らかになった事実。
――私は気付いてしまった。
それを“理解しよう”とすることすら烏滸がましい、と。
だが私は王命を受けてここにいる。
私の存在理由でもある“隠匿を見破る鑑定”。
祈りを込め、私はそれを解き放った。
殿下の願い、そして――この国の未来のために。
※※※※※
数日前。
マイハルド王国ノースルナーク王宮。
謁見の間は驚愕に包まれていた。
『女神の加護を得た5歳の少年』
『全属性、第10位階までの才能』
『剣聖に武神、そして伝説級のスキル』
教皇ビーンジャは報告の書簡を握りしめて詰め寄る。
「信じられぬ…よもや誠にそのような存在が!?」
報告を聞いた陛下は静かに口を開いた。
その表情には、誇りでも恐怖でもない――“覚悟”が宿っていた。
「ふむ。我もすでに聞いておる。二心はあるまい。父であるガルデス辺境伯から詳細が届いておる」
言い終え大きなため息を吐く陛下。
周囲の近衛や重鎮が一斉に息を呑み、やがて安堵の吐息が漏れた。
「しかし陛下……これは捨て置いてよい案件ではございますまい。どうか我が教会での管理――お認め下され」
教皇の瞳がわずかに光を帯びる。
だがその光は、焦燥と恐怖の裏返しでもあった。
今――この王国のみならず、世界全体が不穏な気配に包まれていたのだ。
女神が失われて久しい今の世界。
かつて“伝説の時代”。
人々は“魔王”を名乗る異形の存在と、その軍勢に滅亡の淵へと追い込まれた。
だが、女神自らの“存在を賭した封印”によって、彼らは姿を消した。
しかし――ここ数年。
再び世界はざわめいている。
魔物は強さを増し凶暴化。
各地で異常が相次ぐ。
そして辺境の地に暮らす“伝説の一族の長老”がこう告げた。
◆◆
曰く、
――その者“黄金の魔力”を纏いこの世に顕現する。
その力はすべてを凌駕し、闇を払う。
傍らには女神ティアリーナ様が寄り添うであろう。
そして真の平和がもたらされる。
だが心せよ。
かのものは善ではない。
ただ己の信念に殉ずるものなり。
恐れてはいけない。
崇めてもいけない。
拒絶・篭絡・畏怖・嫉妬。
この世界を滅ぼしたくなければ欲をもって係わってはいけない。
その者はただ。
緩やかな平穏を求めるものなり。
◆◆
さらに東の大帝国で発見された古文書にも、
同じ内容が記されていたという。
――予言は、伝承は、確かな形を帯びつつあった。
※※※※※
「宰相、どう思う?」
「はっ。常人の理解を超える存在かと。……探りましょうか」
「必要である、な。……ロキラスをここに」
やがて陛下の御前に姿を現し、平伏するロキラス殿下。
「お呼びと聞きはせ参じました」
「うむ。面を上げよ」
「ありがたき幸せ」
王は小さく笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「むう、真面目な奴め。……父として息子と話すこともかなわぬか?」
「お戯れを。ここは謁見の間ゆえ」
ため息一つ。
そしてその表情を変え、改めてロキラスに視線を落とした。
「ふむ。…ならばお前に一つ任務を授けよう。この書簡に記されている事、調べてまいれ」
「はっ。必ずや」
「人選は任せる。……出来れば大事にはするな。我は、世界が滅ぶのを見たくはない」
ざわめく謁見の間。
王の言葉に、皆が息をのむ。
彼の顔は真剣そのもの――予言を、そして伝承を真実とみていた。
「…委細承知いたしました。サルツを伴っても?」
「かまわぬ。いずれ王席から離れるお前の目を信じる。教会は抑えよう…教皇、良いな?」
「御意」
「……承知いたしました」
そして今回の訪問が行われた。
※※※※※
そして鑑定でライト様を見た瞬間――私は絶望に囚われた。
神をも超える存在。
“力そのもの”がそこにある。
同席しているロキラス殿下は相当の実力者だ。
レベルは80、人外とすら呼べる。
ノイド様もまた、同じ高みにいる。
だが。
伝承にある最強の勇者でさえ――レベルは300。
誰もが到達できないとされた高み。
私は自分の目を疑った。
目の前の5歳の少年。
レベルは1000。
※※※※※
私の一族はただ一点、鑑定に特化した一族だ。
国境の山奥でひっそりと暮らしていた。
だが幼い日、魔物の群れに襲われ、命を救ってくれたのがロキラス殿下だった。
だから私は誓った。
殿下の力になると。
私の鑑定は巷のそれとは違う。
隠匿を見破る、真の鑑定。
――だから見えてしまったのだ。
ライト様はすでに“全てを兼ねて”いた。
理解を超えた情報が、脳を焼くように流れ込む。
激しく鳴る鼓動。
食い込む指先。
滲む血。
私は気を保つのに必死だった。
そして――彼の隣にいる“守護精霊”と名乗る少女。
女神ティアリーナ様だった。
伝承は。
予言は。
真実だった。
私は彼の根源――魂を覗いてしまった。
それは驚くほど凡庸で、穏やかで。
安寧と平凡を求める、“人”そのものの魂だった。
ほっとした自分に驚く。
空気がこんなにも甘いと思ったのも初めてだ。
しかし。
もし彼が少しでも英雄気質があり、気に入らずその力の一端を振るったとき。
この世界は終焉を迎える。
でも彼はそれを望まない。
そう確信できるほど彼の魂はどっしりとそして安定していた。
彼の根底に流れる深い愛情。
暖かく、柔らかく――
それは彼の血液となり、全身を包み、巡っていた。
私は辺境伯とその奥方を心の底から尊敬する。
怪物を人で『いさせてくれた』その溢れる愛情に。
彼から今の環境を奪ってはいけない。
そう心に誓った。
冷や汗はすでに――熱いものへと変わっていた。
測りしれない存在。
――畏怖と興味、そして尊敬。
その感情を募らせながら。
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