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第30話 王都の昼下がりと大きな事件

しばらく滞在させてもらうオーウェン伯爵のタウンハウス。

中規模とはいえ――その邸宅は僕の想像以上に居心地の良い様相を呈していた。


僕はあてがわれた部屋へ一歩入り、改めて息をのむ。


反射するほど磨かれた大理石のような床。

程よい高級感とくつろぎを感じさせるゆったりとしたリビングに、奥には寝心地のよさそうな大きなベッドが二つ。


ついため息が漏れてしまう。


脳裏にかつて日本にいた時に『無理をして泊まった最上級のスイートルーム』を思い出してしまっていた。


何はともあれ…とてもじゃないが一人では広すぎる。

まあ、ティアは一緒なのだけれどね。


もちろん彼女の部屋はこの部屋よりもさらに最上級の物が用意されていた。


でもティアは僕との同室を望み。

色々知っている父上の懇願で『そういう事』になったんだよね。ハハハ。


「ライト様?お疲れでしょう。…荷物などはわたくしがほどいておくので、お休みになられたらどうですか?」


わくわくした表情でティアが僕に伝える。

どうやら彼女もこの部屋と言うか邸宅、気に入ったみたいだね。


到着したのが午後の2時過ぎ。

夕食まで僕たち家族は取り敢えずくつろぐことにしていた。


それはそうと。


どうして僕専属の侍女みたいになっているの?

それにいつの間にかメイド服みたいな格好しているし?!


美しい彼女の可愛らしい格好。

思わず目を逸らしてしまう。


「う、うん。でも僕は大丈夫だよ?ティアのほうこそ疲れたでしょ?…少し休んでよ」


正直僕はこの後、こっそりとこの街の確認がしたい。

実は着いた時から“嫌な気配”があちらこちらから感じられているんだよね。


「でしたら……」


何故か顔を赤らめそっと僕の腕を取るティア。

決意じみた瞳に、僕は何も言えず…


あれよあれよという間に僕は上着をはぎ取られ、ベッドでティアに抱き着かれていた。


なんという流れるような早業?!


「んふふ…一緒に寝ましょうね♪…ライト様」


心ときめく香りと体温。

もう心に決めているせいか、僕の心臓は高鳴っていく。


ボクが結婚したい女性。

その女の子が無防備に僕に抱き着いている。


今さっき僕はこの街を見るつもりだった。

でも新たな環境に今のこの状況。


『流されてもいいんじゃないか』と僕の心がざわつき始める。


見つめる彼女の可愛い顔。

魅力的な唇に僕は視線を固定させてしまう。


“儀式”とはいえ僕は彼女の唇に触れた。

その時のあの心震わす幸福感と衝撃。


僕は気づけば彼女を強く抱きしめていた。


「ん…嬉しいです……ライト様…」



僕はそっと優しいキスをしたんだ。



※※※※※



ほぼ同時刻、王都――



昼下がりの王都を、埃を巻き上げながら馬車が駆け抜ける。

石畳を叩く蹄音。


逃げるように――いや、追われるように。


多くの住民が慌てて道を開け、思わず毒づいていた。



「…くそっ、どうして私がこんなっ!?痛っ!?」

「……黙っていろ……舌を噛む」


着の身着のまま、まさにそういう状況で逃げる元教皇ルベストイ。

既に王宮では彼の罪過を確認、早急に街中にそのお触れが交付される段階だった。


多くの罪を犯したルベストイ。

捕まれば間違いなく斬首刑、つまり死罪だ。


この地位につくまでの幾つもの苦労が彼の脳裏によぎる。

そして例の男からもたらされたあの水。


飲ませることに成功し、やがて前教皇ビーンジャはまるで突然死のように命を落としていた。


(くそ、ここまで来たのだ…捕まってたまるか……聖協国リーディルド、そこまで行けば…あの男が匿ってくれるだろう…)



※※※※※



ティアリーナとの抱擁を選んでいたライト。

将来の禍根となる教皇を逃していた。


勿論ライトはそれに気づいていなかった。


そしてこれが大きな転機となる。



彼ライトのその力。


ますます彼の想い、“スローライフ”は遠ざかっていくのであった。



※※※※※



ほぼ同時刻、王宮――


齎された教皇の所業の数々。

関係者の調査で分かったそれはまさに悍ましさに包まれていた。


「オルブートよ。それは誠か」

「はっ。この命に誓って」


そして伝わる驚愕の事実。

オルブード伯爵以下12名。


あの時教皇を束縛した近衛の一団。

彼等は教皇を捕らえ、そして城下の地下にある牢屋へと間違いなく連行していた。


しかし。

牢屋にいたその人物。


教皇ルベストイとは似ても似つかぬ、その辺のごろつき、それがなぜか喉をつぶされしゃべることのできない状況で茫然としていたのだ。


思いつくもの。

『身代わりのアーティーファクト』


実に国宝級。

マイハルド王国でもその存在は確認されていない、まさに伝説級のお宝だ。


「…リーディルド聖協国か」

「っ!?……お、おそらくは…」


国王のつぶやきに反応する宰相。

教皇をたどるとき必ず出てくるその国。


彼の母親の出身国だ。

そしてマイハルド王国と国交を断絶している“仮想敵国”でもある。


「厄介な……おい、国境の警戒を強めておくのだ。…すでにいないだろうがな。念のためだ」

「はっ」


指示を出し、天を仰ぐ陛下。

遠い目をし、つい口を開く。


「……女神が降臨し、この世界の真の敵が判明したというのに」

「愚かな我らは、なお同族に刃を向けるか」


「…陛下」


まるで懺悔をするかのような表情。

謁見の間はひとしきり静寂に包まれた。



※※※※※



夜の帳がおり辺りが暗闇に包まれる。


まったりとベッドで過ごしていた僕はゆっくりと意識が浮上する感覚にまどろんでいた。


「んう…おはようございます。ライト様」

「…おはよう」


僕のすぐ横で可愛い笑顔を向ける女神様。

魅力的な姿――思わず僕は視線を向けてしまう。


伝わる呼吸音、鼓動。

まだ『大人になってない』僕だけど…


変な気分になっちゃうよ?!


「コホン。えっと…そろそろ夕食かな?…ティア?」

「はい♪」

「そ、その…う、嬉しいけど…少し離れてくれる?準備しないと」


何故かほぼ下着姿の僕たち。

まだ9歳の僕だから、万が一誰かに見られてもごまかせるとは思うけど…


うん。


まるで『新婚さん』のようなこの状況。

他人には見せないほうが良い事は明白だった。



「ライトー、ご飯だよーって…っ!?…むうっ、ティ、ティア様?!!…もうっ、またライトとイチャイチャしてるっ!!ズルいっ!わたしもっ!!」


突然僕たちの寝室に飛び込んできたキャルン姉さま。

膨れっ面をしながらも一目散に僕に抱き着いて来た。


「ふわっ?!姉さ…むぎゅう?!!」

「ライト、ライトー」


キャルン姉さまの力いっぱいの抱擁。

僕は思わずベッドに押し倒された。


見つめ合う僕とキャルン姉さま。

何故か瞳が潤んでいる?!


「…ねえライト」

「う、うん?」


「…………ちゅっ」

「っ!?」


頬に伝わる温かい感触。

僕は固まってしまった。


途端に火が出るほど顔が赤くなる姉さま。


そして僕に体を預け…



「このエロマセガキ!!」

「ひうっ?!」


鬼のような形相のティアに引きはがされた。



ハハ、ハ。


王都に来た初日にこれ?

しかもまだ夕食前なのに?


僕は何故か背筋に寒いものが走っていたんだ。



※※※※※



そして夕食時。


さらなる大事件の情報がもたらされてしまう。


つい先刻。


仮想敵国であった『聖協国リーディルド』の国境にて。

武装した『かの国』の軍隊が押し寄せていた。



動き出す世界――

それが、僕たちの日常を静かに飲み込んでいくことを。


この時の僕はまだ知らなかった。


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