第27話 お仕置きと新たな出会い
女神降臨。
世界の常識を覆す驚愕の事実。
女神教の教皇である彼が把握する必要のある案件だ。
ロキラス殿下の報告の後、教皇は宰相をはじめ協会の幹部たちとの打ち合わせ、そしていくつかの領の貴族とのすり合わせを行っていた。
何より陛下の言葉。
いくら権威あり協会とは言えそれに対しては異を唱える事などできない。
焦る素振りをごまかしつつ、どうにかその務めを果たしたルベストイ。
気付けばすでに午後の3時。
真っ直ぐに教会へと戻った彼は苦虫をかみつぶしたような顔で頭を抱えていた。
※※※※※
この国の教義。
女神を信仰する聖教会。
彼、ルベストイは急病で死去した前教皇から引き継いだ男だった。
賄賂にでっち上げ、裏工作。
ありとあらゆる汚い手を使い、人の欲望と本能を巧みに操り…
大金を費やし今の地位を確保していた。
ついに手にした権威。
彼はそれを歪め自らの利益の為その権力を振りかざしていた。
数え切れない人の道を外れた行為。
そしてもう隠蔽する時間は――残されていなかった。
「まずい、まずいぞ。…まさか本当に女神ティアリーナ様が降臨なさるとは……それも2日後だと?諜報は何をやっていた?どうしてその情報、私に届かないのだっ?!!」
高級な酒をあおり、横にいる年若いシスターにグラスを投げつける。
「うぐっ?!」
「ああっ?!なんだその顔はっ!!貴様も私をそんな目で見るのか?……“教義を叩き込む”必要があるな?」
いきなりの仕打ち。
顔をしかめてしまうのは仕方のない事。
つまりこれはいわゆる“言いがかり”に過ぎないのだが。
「ひ、ひっ、お、お許しを…」
『教義を叩き込む』
それは『身体への接触』を伴う人の道を逸脱した拷問。
内容を理解しているココナは絶望の表情を浮かべてしまう。
※※※※※
教会にいるシスターはそれなりの地位の子女と、孤児を召し上げたものと明確な線引きがされていた。
爵位のある娘たち。
彼女たちはそのほとんどが“箔付の為”にその務めを果たしていた。
ゆえにいくら権威があろうとも、あまりの事をすれば貴族の反発をかう。
しかし今の腐った教会。
人の道を外れた欲望はとどまるところを知らなかった。
ゆえに犠牲になる“生贄”――孤児などを召し上げ。
美しい女性はそのほとんどが“毒牙”に穢されていた。
『教義を叩き込む』という行為として。
今ここにいるココナ。
つい数か月前、孤児院から連れてこられたばかりの少女。
下働きを終え、今日初めて教皇の部屋のお仕えを指定されたばかりの生娘だった。
※※※※※
怯え、目に涙を浮かべるココナ。
その様子に、まるで見定めるような『身の毛もよだつ視線』を向けるルベストイ。
「ふうむ。なかなかどうして……。くくく、どうせもう間に合わぬ。惜しいが逃亡するほかあるまい。……ならばその最後の時まで――せいぜい楽しむとしよう」
いきなりココナの細い腕をつかむ教皇。
その目には、欲望にまみれた暗い表情が浮かぶ。
「い、いや……やだ、お、お願いします…な、何でもします……そ、それだけは…」
「んー?くくっ、怯える表情もそそるなあア。なあに。すぐに良くなる。いずれ自分から懇願するというもの……さあ、たっぷり可愛がってやろう」
欲を全開にした大人の男性。
その大きな体がココナに覆いかぶさり――顔を近づけた。
発せられる酒と男性特有の匂い。
絶望と恐ろしさが彼女の感情を逆立てる。
「あうっ、や、やだ…」
「くくくっ、良い。良いぞ!…その表情、この匂い、――やはり若い女はたまらぬ」
逆らえぬ立場の弱い少女のささやかな拒絶。
それすらも楽しむように教皇はココナを押し倒す。
呼吸を荒げ――まさに獣。
「…はあ。どこでもそうだけど、偉い人ってのは…どうしてこうもクズばかりなのかな。……しかも倫理観――忘れちゃったのかな?」
「そうですねライト様。でもここまでのクズ、そうはおりませんわ」
清廉な気配が部屋を包み込む。
突然現れる二人の人物。
いやらしく歪む教皇の顔が引きつる。
「なっ?!なんだと?……だ、誰だ?ええい、侵入者だ!!衛兵は何をしておる?」
「うん?そんな人誰もいないよ?ていうかもうバレていて、ここ囲まれているのに…逃げるよりも『いかがわしい事』しようとは……しかも無理やり?―――あなた馬鹿なの?」
心底愚かなものを見る瞳を向けるライト。
その視線に、ルベストイは激昂する。
「き、貴様っ!?わ、わしを誰だと…ま、まさか?…ラ、ライト?…ふ、二日後では?!」
突然のことで思考の追いつかない教皇。
しかし導かれた答えに、全身から冷や汗が噴き出してくる。
「ライト『様』ですわ。この俗人。…女神の名の元、処刑されたいのかしら?」
「ひうっ?!め、女神、ティアリーナ様?!!」
まさに死の宣告。
視線は彷徨い、小刻みに震える体。
ライトはその隙に押し倒され涙を浮かべているココナを優しく抱き上げ、上着を着せハンカチで涙を拭いてあげた。
「えっと、大丈夫?…ごめんね。僕たちがもっと早く来ていれば…こんなひどい事…」
「う、あ…い、いえ…そ、その…ありがとうございます」
経験のない暖かい男性のぬくもり。
「怪我とかない?……よかった。……君は下がっていて。ちょっとお仕置きしちゃうから」
「は、はい」
ずっと孤児院で酷い目にあわされてきた。
初めてともいえる他人の優しいしぐさに、すでに心を奪われていた。
ライトを見つめる瞳に熱がこもる。
「っ!?むう。やっぱりライト様は生粋の人たらしですわ。もう」
「な、何言っているのかなティア。コホン。…それよりも、教皇?」
「ぐぬう」
「はあ。『ぐぬう』とかじゃなくてさ。……この落とし前、どうするの?きっと他にもいろいろ悪いことしているよね?…自分で出頭してくれるのなら見逃すけど?」
ライトは正直、この悪党のことなど眼中にない。
只の小物。
慌てて早馬で訪ねてきた殿下に協力しただけだ。
サッサとケリをつけ、馬車に戻りたい。
「…わ、分かった。出頭する。……女神さまの御前。誓おう」
「…うん。じゃあさ…入っていいよ」
突然ドアが開き入ってくる近衛騎士数名。
明らかに教皇の顔色が変わる。
「き、貴様っ!?たばかりおったな?み、見逃すと、言ったではないかっ?!」
「うん?僕は見逃すよ?でもあなた、逃げる気満々だったでしょ?――それは看過できない」
拘束される教皇。
放たれる異質な魔力。
その目には憎しみの色がはっきりと浮かんでいた。
(はあ。魔物だけじゃなかったのか……この人、“眷属”が擬態している。……自分でも認識していないみたいだけど。一応魔力反応だけは登録しておくかな…良し、オッケー)
改めてライトは入ってきた近衛兵を見つめる。
(それはそうと…この国の兵士で大丈夫かな?…レベルは…うん。まあいっか。何とかするでしょ…)
強くはないけどそれなり。
何より教皇自体には大した力は無いのはすでに把握済みだ。
(一応保険かけとくか。近衛兵とかどうでも良いけど…この子はちょっとかわいそうだよね)
ライトはそっと印を切る。
隠蔽を使いながら、うっすらと少女に自分とつながる『ゲート』を付与していた。
「…それでは近衛兵の皆さん、後はお願いしますね」
「はっ。ご協力、感謝いたします」
「うん。でもお礼はロキラス殿下にしてね。僕は頼まれただけだから。あっ、その女の子ちゃんと保護してあげてね。かなりショックを受けているみたい。『優しく』だよ?」
「承知いたしました」
うん。
これでいいかな。
「じゃあティア、もどろっか」
「はい♡」
そして消える二人。
ココナはそんな二人を『自身が知らない初めての感情』を募らせ、見つめていた。
鼓動の高なりが落ち着かない――
何もなかった少女ココナ。
彼女の運命が動き出した瞬間だった。
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